第443話 末姫さまの思い出語り・その47

 年内は育児休暇を取ったらどうか。

 そう勧められたけれど、さすがに半年も放置していた宰相業を休むわけにはいかない。

 一月休みをもらい登城しようとしたのだが、産後七十五日は無理は厳禁と言われて週に一日、それも半日の出仕を言い渡された。

 私の渡航中は皇配殿下が仕事を変わって下さっていたが、お役御免になるところを期間が伸びたと苦情が入った。

 母は私の出仕の日に孫の顔を見に来たようだ。

 お守りの組紐を置いて行った。



 帝国史上初めての女性宰相。

 開闢以来初めての宰相の出産。

 それならばと私は子連れ出勤を決行した。

 どうせ何もかもが初めてなのだ。

 前例がないのなら幾らでも作ってやる。

 執務中は隣に揺り籠を置き、執務室の隣に授乳室を設け、背負子を作ってもらって子供を担いで各省庁を回る。

 そうやって一歳になるまで手元で育てた子供は全部で四人。

 今年の春には末っ子が『成人の儀』を迎えた。

 私は十分頑張ったと思う。

 私の後継者にはスケルシュ家に婿養子に入った兄の三番目の子を選んだ。

 スケルシュのおじ様似の黒髪にアイスブルーの瞳。

 おじ様ほどではないけれど、しっかりと育てれば十分次期宰相としてやっていける。

 騎士養成学校を卒業した今は、宰相補佐として私の隣で学んでいる最中だ。

 ちなみに船上で月足らずで生まれた長男は、グレイス家の習いで近衛騎士団で働いている。


 今夜は『仕舞いの夜会』。

 一年を締めくくる最後の大夜会だ。

 低位貴族が参加できる年に二回の機会。

 私はお声がけする皇太子ご夫妻の後をついてまわる。

 陛下の許に戻ろうとしたら、入口付近からざわめきが上がった。


「ねえ、あのご令嬢はどなた ? 」

「なんてお美しいのでしょう。それに愛らしくて」

「優雅な御裾捌きをご覧になって」


 そちらに目を向けると、末の娘と同じような年頃のご令嬢が歩いてくる。


「母上、母上、どのお家のご令嬢かご存じありませんか」

「どなたかお知り合いは ? ぜひご紹介いただきたい」

「まあ、目の覚めるようなお美しさ ! 」

「歩くお姿がまるで白薔薇のよう」


 ざわめきはどんどん広がり、貴族たちは彼女の後ろを遠巻きについてくる。


「丞相、あれはどちらのご令嬢だろうか」

「・・・」

「あの髪と瞳はダルヴィマールの色だが、侯爵家には今あのような年若いご令嬢はおられなかったと思うが。丞相は何か知っているか」

「・・・とても良く存じております」


 その人は女帝ご夫妻に膝を折る。

 女帝陛下に何か言われたのか皇配殿下が立ち上がり手を差し出す。

 ダンスが始まるようだ。

 だが共に踊ろうとする者が一組もいない。

 ダンスは一組のみで始まった。


「・・・美しい身のこなし。なんて優美なの」

「扇子を持ったままとは。新しい踊りの作法だろうか」


 貴婦人は踊る時は扇子を控えている侍従や侍女に渡す。

 だがその人は手に持った扇子を開いたり閉じたり。

 その開き具合や角度にまで気をつかっているのがわかる。

 そう、あれは、父が亡くなる前々日の。

 音楽が終わりワッと歓声と拍手が沸く。

 その人は優雅に礼をすると両陛下の前を辞する。


「まるで夢を見ているようですわ」

「いつもの踊りがまるで別のもののよう」


 ざわめきが広がる中、彼女は静かにこちらに近づいてくる。

 そして皇太子ご夫妻に挨拶をすると、お返事も聞かずに私の前に立った。


「ひさしぶりね。元気そうで安心したわ」

「・・・はい、私も」


 鈴を転がすような綺麗な声は記憶の中のものと同じだ。


「アンシアちゃんは ? 」

「今日はもう帰られました。もう少し早ければお会いできましたのに」


 残念だわと言ってつくため息にも見惚れる人々がいる。


「・・・わたくしの時が終わるの」

「 ! 」

「だから、最後にどうしてもあなたに会っておきたかったの」


 時が終わる。

 父が、エリアデルのおじ様が、そう言っていた。

 今度は母の番なのだろうか。


「もっと早く話し合うべきだったわ。でもあなたをこれ以上怖がらせたくなかったの。許してちょうだい」

「・・・」

わたくしもお父様もあなたを心から愛しているわ。ずっと見守っているから、どうぞ今まで以上に幸せになって」

「・・・いつ、時の終わりが来るのですか」

「明日の明け方」

「そんな、早過ぎます ! 」


 仕方がないわ。誰にでも平等に来るの。

 母は昔通りの屈託のない笑顔で応える。


「どうぞ見送りに来て。お願いよ」


 そう言って離れようとして、母は思い出したように振り返る。


「アンシアちゃんに、ごめんなさいと伝えてくれる ? あの子、きっと荒れる思うから、寄り添ってあげてね」

「・・・はい、お母様」


 また、会いましょう。

 母は静かに去って行った。

 これが親不孝な娘の母との今生の別れだった。

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