第442話 末姫さまの思い出語り・その46
何だかんだあったけれど、私は渋々御所から帰った。
グレイス公爵家へ。
そのまま押しかけ女房として籍を入れた。
式は服喪中ということで挙げなかった。
実家へは義母となったグレイス夫人がフィッツパトリック様と二人で挨拶に行ってくれた。
「お姉さま、泣いていらしたわ。なんて親不孝な娘でしょう」
嫁姑の仲はしっかりと拗れた。
ギルおじ様が「アンシアはルー至上主義だから」と宥めて下さったけれど、一度こうなってしまっては親密になるのは難しい。
使用人も含めて、グレイス公爵家での私の立ち位置は面倒なことになった。
そこで私達夫婦は貴族街に屋敷を買ってそこに移り住んだ。
次期公爵と宰相が住むには小さ目ではあるが、社交をするわけでもなし、たまに旦那様の部下がお酒を飲みにくるくらいなので十分だ。
「・・・ダルヴィマール屋敷のように迷子が発生しないからいいでしょう」
グレイス夫人が引っ越し祝いがてら屋敷の見分にきた。そして私の耳に顔を近づけて小さな声で言った。
「あなたも、
アレってアレのことだろうか。
「グレイス夫人もご覧になったのですか」
「
あの頃は色々あって、些細な事で慌てたり怯えたりしている暇がなかったの。
アレは些細な事ではないと私は思うのだが、グレイス夫人は懐かしそうにそう言ってパチリと扇子を閉じた。
「よろしい。今日からは
「グレイス夫人 ? 」
「まず
あなたは頭でっかちの世間知らずの箱入り娘で殿方との社交しか知らない。
ご婦人方の交流の方法をきっちりと教え込みます。
「男女どちらからも情報が取れる。これは宰相として途轍もない武器になるはずです。しっかりと身に着けるのですよ。よろしいわね ? 」
「はい、お義母さま ! 」
アンシア夫人の力強い言葉に、私はどこまでも着いて行くと応えた。
すがれる人はもう少ない。
◎
とは言っても、夫婦二人の新婚生活は一年もなかった。
翌年の春から私が西の大陸への親善使節団に加わったからだ。
帝国の宰相はまずあちらとの繋がりをつくる。
そのため就任してすぐに渡航するという決まりがあった。
夫を置いて一人で活動して半年ほど。
帰国した私を港で待っていたのは義母で、スケルシュのおば様の悲報を伝えてくれた。
「あなたによろしくと言ってらしたわ。また会いましょうと言付かってきたの。出来るだけ早く伝えたくて来てしまったわ。それよりあなた、なぜ担架に乗せられているの ? 」
顔色も悪く疲れ切った私に義母は「そんなに船酔いが酷かったのかしら」と首をかしげる。
と、私の傍らからミィーミィーと泣き声が聞こえてきた。
「猫の子 ? 」
「いえ、違います。先ほど生まれたばかりの私の子です。ちなみに男の子です」
淑女の鏡と言われるアンシア・グレイス公爵夫人の口がパックリと開いた。
◎
使節団の船に乗ってしばらくして、私は船酔いの症状を感じた。
普通は船に乗ってすぐ感じるものだが、時間差で来ただけではなく、いつまでたっても吐き気が収まらない。
目的地に到着して陸に降りても駄目だった。
なんとか歓迎式典などをこなしたが、あちらの王族との会談中に倒れてしまったのだ。
そして目が覚めたところで御典医に告げられたのが「おめでとうございます。ご懐妊にございます」だった。
「船酔いではなく悪阻だったということ ? 」
「はい。全然気が付きませんでした」
その後は予定を変更して王城に滞在した。
王族や貴族のご婦人方から妊娠中の過ごし方や生まれるまでに用意するものを教えてもらったり、予定になかった乳児院を視察したりと充実した日々を過ごした。
本来なら大陸の各国をめぐるのだが、事情が事情なだけにあちらから訪ねてきていただけた。
手土産にと安産のお守りを頂いたり、妊婦の身体にいい料理のレシピを教えて頂いたり。
喧々囂々、丁々発止の外交を覚悟していたと言うのに、何故か「ルチア姫の娘御なら我らの孫も同然」と可愛がられたりと、ほのぼのとした生活を送らせていただいた。
そして産み月前に帰国できるようにと使節団より早く出港したのだが、到着前日から陣痛が始まって、接岸前に無事出産した。
移民希望の若い産婆さんが付き添ってくれていたので助かった。
「やっぱりあなたもお姉さまの娘ね。予測不能の事ばかり起こすなんて」
変なところでそっくりだわと義母が呆れ、さすが丞相、最大級の土産を持ち帰ったと王都がお祭り騒ぎになった。
夫婦の屋敷はとっとと引き払われ、私はグレイス公爵家本邸へと移り住んだ。
私そっくりの薔薇色の髪と虹色の瞳を受け継いでいる息子は、祖父母にデレデレに甘やかされている。
母が孫に会いに来ることはなかった。
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