第441話 末姫さまの思い出語り・その45
家を飛び出した私の事は、母やグレイス夫人は一時的な家出だと思ったようだ。
けれど迎えに来たマールやセバスにも会わずに追い返した。
フェンリルのシロがキュンキュン言いながら袖を引っ張ったが帰らなかった。
御三家も説得に来たが、母がいると思っただけで実家に近づくことができなくなっていた。
屋敷から出ない母も一度やって来たが、私は裏口から逃げだして御所に用意されていた私室に籠った。
「困った子だね。一体なにがそんなに不満なんだい ? 」
「不満なんかじゃ・・・」
御所にやって来たギルおじ様は、やれやれと用意されたお茶を口に運ぶ。
「みんな心配していたよ。特にルーはかなり落ち込んでいる。何か理由があるのなら私にだけ教えてくれないか」
おじ様はいつものような優しい笑みではなく、少し困ったような顔をしている。
話してもいいだろうか。
でも・・・。
「おじ様も・・・
「あちら ? 」
「だから亡くなったら
◎
ギルおじ様の誘導に勝てず、私は思っていることをボロボロと喋ってしまった。
この世界が物語と似ていること。
物語の中には両親や祖父母が登場人物として書かれていること。
それが物語として読まれている『あちら』と呼ばれる世界があること。
不思議な光球が母の周りに現れること。
亡くなられた方とお話しできるらしいこと。
エリアデルのおじ様が『神位を授かった』と言っていたこと。
そしてこれまでの様々な会話から、『あちら』とは神々の世界ではないかと考えたこと。
「消えてしまうご遺体は神々の世界に戻られたからでしょう ? 母たちがこちらに残っているのは、まだ神としての力を取り戻していないからではないですか」
「当たらずとは言え遠からじ、と言ったところかな」
「物語や瓦版、公文書を隠したのは、天に戻られた後に私のように神々とダルヴィマール家との関わりについて知る者が出ないようにでしょうか」
困ったねえとおじ様は大きなため息をつく。
「私達は色々と情報を垂れ流していたわけだ」
あまり多くは話せないけれど、とおじ様は言う。
「こちらの生を終えて神々に戻られるのは確かだけれど、今は少し特別な魔法が使える人間と言うだけだ。アルもルーも間違いなく君の両親だよ」
「わかってます。でも私は ! 」
「心配しなくても君たち子供は人間のままだ。神にはならない。普通に生きて、普通に死んでいく。私もそうだし、マールやアンシアもそう。特別なのはあの六人だけだよ」
自分やヒルデブランドの一部の民は神の眷属ではあるけれど、神ではないし特別な力を持っているわけではない。
なにかあれば手伝いはするけれど、それも強制されてではない。
「なんだって細切れの情報から正解近くにたどり着くんだろう。優秀過ぎるだろう、
「ギルおじ様、私だってこんなこと考えたり探ったりしたくなかった。普通の貴族令嬢になりたかったんです。そうしたら、ずっと家族の傍にいられたんです。でも今は・・・」
「ルーの傍にはいられないのかい ? 」
・・・いられない。
母が何かの黒幕だったり王家の影を仕切っていたりする程度なら、それはそれで許容できただろう。
だが神ならば違う。
無理だ。
母の傍にいれば、知らなくてもいいことまで知ってしまう。
それは私には過ぎたる知識だ。
「私は宰相になるよう育てられましたけれど、本当は小心者の小娘です。もうこれ以上恐ろしい思いはしたくない。出来ることなら忘れてしまいたい。それが出来ないなら、近づかないという選択肢しかないんです」
領都で過ごした日々。
負けるものかと頭を振り絞った盤上遊戯。
家族と過ごした毎日。
「優しい父や自慢の母が、家族との楽しかった思い出が本物でなかったら。それら全てが神々の掌の中だったとしたら。そしてもしかしたら私自身も神々に作られた存在かもしれない。そう思いかけているんです」
疑いたくない、知りたくない、これ以上は。
だから、私は。
「母を母のままにしておきたいから、もう母には会いません」
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