第440話 末姫さまの思い出語り・その44
「望みがあるなら遠慮せず申せ。国と帝位以外であれば叶えて進ぜよう」
そんな女帝陛下のお言葉に、エリアデルのおじ様がではと口にしたのは「丞相と踊る栄誉をいただきたい」だった。
ジョーショーって誰 ?
「ほう、だが丞相は未だ服喪の身。それをぜひとは、理由を聞かせてもらおうか」
「彼女の父君の遺言にございます。生きているうちに共に踊ることが叶わなかった。父親代わりに踊って欲しいと」
おじ様はそう言って頭を下げた。
それを見た陛下が後ろに立つ私を振り返る。
「だそうだ。死者の望みは叶えねばなるまい。踊ってまいれ」
「は・・・ ? 」
おじ様が私に向かって手を伸ばす。
陛下に早く行けと促されておじ様の手を取る。
控えていた侍従に羽毛扇を奪われる。
楽団が楽器を構え、それでは自分たちもと父子が列に加わる。
私の初めてのダンスが始まった。
「おじ様、ジョーショーって何ですか。私の事ですか」
「ああ、帝国始まって以来初の女性の宰相だろう ? そして史上最年少での宰相就任。何か特別な呼び方はないかと瓦版工房組合で募集していたんだよ。幾つか候補を上げて最終的には人気投票で決まった」
陛下の御許しもいただいて、明日の瓦版で一斉告知する。
おじ様の手がクルリと私を回す。
「君にバレないようにコッソリやっていたようだ。丞相と言うのは東の諸島群での宰相のことなんだよ。これからは女性が宰相職についたら、そう呼ばれるようになるだろうね」
「まあ、女宰相よりは柔らかい雰囲気でいいですけど。そう言えば女帝陛下も皇太子ではなく
この世界の人たちは二つ名とか大好きなんだよ、とおじ様は笑う。
・・・
「ところで末姫、好奇心は猫をも殺すと言う諺を知っているかい ? 」
「猫、ですか ? 」
「過分な知識欲は身を亡ぼす。お遊びはそこそこにしておきなさい。アルも心配していたよ」
「おじ様、何をおっしゃって・・・」
音楽が止まった。
拍手の沸く中、おじ様は私を女帝陛下の許にエスコートする。
「その件からは手を引きなさい。いいね ? 」
そう囁いたおじ様は、その翌々日鬼籍に入られた。
◎
私の周りの人は何故『時が来る』のを知っているのだろう。
エリアデルのおば様、スケルシュのおじ様、そして父。
今度はエリアデルのおじ様が逝かれた。
「マールはここで待っていて」
おじ様の本葬。
開始のギリギリまで仕事をする予定なので、早朝に大神殿へとやってきた。
棺守の神官様に最後のお別れをしたいと頼んだのだ。
国の重鎮が亡くなった時には、大聖堂と呼ばれる一番広い場所で葬儀が行われる。
おじ様の棺はその奥、祭壇の前に安置されている。
棺の中で花に囲まれて眠るおじ様。
刺繍の名手でその作品は今でも美術館に飾られてている。
母の花嫁衣裳の銀糸の刺繍もおじ様の作品だ。
冒険者から侍従、そして公爵家の跡継ぎに。
若い頃は波乱万丈だったとおっしゃっていた。
今はきっと穏やかなお顔でお休みだろう。
私は棺の顔の部分の蓋を開けた。
◎
結局のところ、私は逃げた。
どこから ?
ダルヴィマール侯爵家から。
マールの言うところの光の速さで逃げた。
どこへ ?
グレイス公爵家へ。
おじ様が亡くなってしばらくしてのことだ。
スケルシュのおば様が訪ねてこられた。
庭の
母たちに声をかけようとして、その近くを光の球がフワフワと舞っているのが見えた。
ああ、また蛍が来ているのか。
広大なダルヴィマール屋敷の敷地の中には小川が流れている。
夏になると暗くなってから家族で蛍狩りをしたものだ。
夜のお散歩は冒険をしているようで楽しかった。
ボーっと四つの光に囲まれて幸せそうなお二人を見ていたら、私は突然気が付いた。
今は昼間だ。
蛍の発光が見えるはずがない。
そして今の季節は春。
蛍が発光するのは夏だ。
あれが蛍のはずがない。
なら、
ずっと昔に亡くなったエリアデルのおば様が考えた文官服。
この世にいないはずのスケルシュのおじ様と母は会話したと言う。
そしてエリアデルネのおじ様を通じて伝えられた父の私を心配する言葉。
もしかしたら、そうだとしたら。
私が立てた幾つかの仮説。
多分全てが正しいのだろうが、一番当たっていて欲しくないものが大当たりのようだ。
ようだと言うのは、まだ確実な証拠を得ていないから。
けれどその証拠を掴んでしまったら、もう退っ引きならない状態にしかならない。
亡くなった四人の共通点は東の諸島群出身ということだ。
母とおば様、ギルおじ様もそうだ。
だから、多分、おば様と母が亡くなる時も同じことが起きるだろう。
あの時の話し合いからして、祖父母も上皇ご夫妻もご存じなのだ。
そしてグレイス公爵夫人も。
マールはどうだろう。
マールも知っている可能性がある。
誰にも話せない。
誰にも相談できない。
知りたがりは破滅に向かう。
おじ様のおっしゃる通りだ。
母が恐ろしい。
エリアデルのおば様も。
だって、母は、そしておば様は。
知ってしまえば今まで通りではいられない。
私は急いで部屋に戻り、マールに手紙を持たせて先触れを命じた。
そして侍女たちを集めてすぐに必要な物を急いで荷造りする。
仕事関係の書類は自宅にはないから、父から受け継いだピアノの楽譜を詰め組む。
服喪中なので夜会用のドレスはいらない。
普段着や外出着、文官服や靴。
必要最低限の物だが、それでも結構な量になる。
それを馬車に積んでもらい、母に気付かれる前に急いで屋敷を出た。
もう、ここへは戻らない。
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