第439話 末姫さまの思い出語り・その43

 こっそりと言うか、誰も咎めないので堂々と資料を持ち出した私は、祐筆課の中でも特に手が早く写本の技術に優れた数名に極秘任務を命じた。

 今では使われることの少なくなった誓約魔法で、この件で知りえたことは他言無用、文章で残すことも禁じるという契約。

 宰相執務室の近くの一室に閉じ込めて、これら資料の写本を作らせた。

 もちろん彼らは当惑した。


「絵がたくさんあるのですが、これも写さなければいけませんか」

「文字が右から左、上から下へ読むとは」


 普通文章は横書き、左から右へ読む。

 だが資料の中に絵物語のようなものがあって、それは文字を縦に読み左に向かって進んでいく。

 だからページを左に向けて開くのではなく、右に向けて開くのだ。

 文章を読むことになれている彼らでもかなり手こずっている。

 そしてその絵物語は、ほぼ台詞のようなものだけで構成されていた。


「これは台本ですか。誰が何を話しているのかまで書いた方が良いでしょぅか」

「おまかせしますので、出来るだけ早めに仕上げて下さい。絵は写さなくても結構です。文章だけをお願いします」


 文章だけであれば、瓦版や書籍なら写本はそれほど難しいものではない。

 が、あの絵物語はかなりの難物だろう。

 父が亡くなった初冬から始めて、写本が終ったのは年が明けて暫くしてからだった。



 両親の馴れ初めを記した書籍が見つからない。

 ただそれを探すだけのはずだった。

 だが実際にそれに関する書類を発見してみれば、長期で調べたいと考えていた謎がさらに深まっただけだった。

 あの時聞いた言葉。


 物語の強制力。

 女神の力からの脱出。

 神々の目覚め。

 そして『あちら』とはどこなのか。


 持ち出した物を禁書庫に返し、執務の合間に写された物を読む。

 その中には『大崩壊』に関する公文書もあった。

 公文書館に保管されている物には、『大崩壊』を官民一体となってどう乗り越えたかと書かれている。

 だが禁書庫に隠されていた裏公文書には、ダルヴィマール侯爵家が主体となって様々な対抗策を講じたと記されていた。

 避難訓練に国内の街や村への騎士団の派遣。

 その日に向けての様々な準備。

 領地に戻った貴族の代わりに平民が文官仕事を請け負う。

 残された名簿には王城の厩番や食堂の司厨員、城下町のパン屋の女将などが名を連ねている。

 そしてその平民たちの出身地はダルヴィマール領ヒルデブランドだ。

 文官仕事ができるくらい優秀な平民。

 ここでも名もない『優秀な人材』が現れた。

 他にも『四方よもの王』、四神獣、西の大陸からの貢ぎ物の子竜など、瓦版には当時の出来事が生き生きと書かれている。

 全て今では忘れ去られているものばかりだ。

 

 なぜ隠さなければならなかったのか。

 なぜここまでダルヴィマール家の功績を無かったことにしたいのか。

 多分そこに『物語の強制力』が関わっている。

 それが書かれているだろう書物。

 私はそれを読むことが出来ずにいる。

 知ってしまったら、答えが解ってしまったら、もう戻ることが出来ないような気がして。



『成人の儀』は滞りなく終わった。

 昨年マールのせいで肩透かしに終わった『主従の絆』も、ご婦人方の恐怖に怯える迫真の演技のおかげで盛り上がった。

 今は『始まりの夜会』。

 成人令嬢たちが父親とともに踊っている。

 帝国のダンスは男女が触れ合うことがない。

 他国や他大陸のように体を密着させるようなはしたない踊りではない。

 だが、この『始まりの夜会』ではその年の成人令嬢と父親だけが手を繋いで踊ることが許されている。

 一体いつからこの慣習が始まったのかは定かではない。

 けれど頬を染めて踊る父と娘の姿はとても微笑ましい。

 そういえば、私は父と踊っていない。

 父に連れられて顔つなぎという挨拶回りで忙しかった。

 気が付けば踊りの時間は終わっていたのだ。

 その後の様々な夜会でも同じように過ごしたので、一度も踊ったことがないのだ。

 なんてことだろう !

 私は父との大切な思い出を作り忘れた。


「エリアデル公爵、長の務め、ご苦労であった」


 女帝陛下のエリアデルのおじ様へのお声掛けで現実に引き戻された。

 この春宗秩そうちつ省総裁の職を辞したおじ様は、陛下のおねぎらいの言葉に深く頭を下げる。


「父の代からの忠誠と働きに褒美を取らせたい。何か望みはあるか」

「恐れ多いことでございます。この年まで皇室の方々にお仕え出来ましたのは、一重に陛下の御威光かと。けれど、もしお許しいただけますのならば・・・」


 おじ様、今それをお願いしますか ?

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