第436話 末姫さまの思い出語り・その40
葬儀はしめやかに行われ、出棺の時が来た。
棺を運ぶのはエリアデルのおじ様とギルおじ様。
そしてマールとスケルシュのおば様だ。
本来女性は棺を担ぐことはないのだけれど、おば様はすでに亡くなられているおじ様の代わりだそうだ。
四人は軽々と棺を担ぐ。
まるで中に父がいないかのように。
霊柩車と呼ばれる黒塗りの馬車が屋敷から出ていく。
親族はここまでだ。
王都の外にある火葬場で荼毘に付され、後ほど職員が骨壺を届けてくれる。
翌日、銀の眉月の御印をつけた母の馬車が行く。
黒い布で馬車の上部を覆い喪中であることを示している。
貴族街から城下町。
たくさんの人が頭を下げてそれを見送る。
父の遺骨を領都のヒルデブランドに送り届けるのだ。
スケルシュのおば様とギルおじ様が付き添って下さる。
私はお仕事があるから、城門までのお見送り。
母は父の遺骨を入れた骨壺を抱えているはずだ。
・・・空っぽの、何も入っていない壺を。
あの葬儀の朝、私は見た。
いえ、何も見なかった。
最後のお別れをと開けた棺の中に、父はいなかった。
花々が、父の周りの花だけが、父の
まるで父がそこから取り出されたように。
まさか、誰かが父の遺体を盗んだ ?
だが今この時まで、父の棺の近くから人がいなくなったことはない。
そんな卑劣な真似は出来なかったはずだ。
なら、父はどこへ ?
もしかして父は、生きている ?
死んだふりをしてどこかへ立ち去った ?
いや、それもない。
間違いなく父は亡くなった。
私だけではなく、母やマール、セバスもそれを確認している。
なのに・・・。
何かがおかしい。
何かが引っかかる。
『女学院事件』の時にスケルシュのおば様が言ってらした。
繋がるはずなのに繋がらない。
今の私は繋がらないはずなのに、なぜか繋がりそうだと感じている。
だが何と何が繋がるのかがわからない。
何か重要な大前提があるはずなのだ。
それが解れば何もかもがスッキリとするはずなのに。
そんなイライラとした気持ちを抱えながら仕事を続け、一ヵ月もした頃母が領都から戻って来た。
「お帰りなさいませ、お母様」
「ただいま、
喪服の母は私を気遣ってくれるが、母こそやつれて見える。
父を侯爵家の納骨堂に納めた後、スケルシュのおば様とギルおじ様は引退した知り合いが住む村に出かけると領都に残ったそうだ。
帰宅した母は以前の夫婦の部屋ではなく、娘時代の小さ目の部屋に移った。
これからゆっくり父の遺品を整理して、次期当主である義兄夫婦に譲り渡すらしい。
移って来るのは喪が明けた後。
それでも出来るだけ早く片付けたい。
いつまでもダラダラとしていても未練が残るから。
母はそう言って儚げに笑う。
聞きたいことはたくさんある。
けれどそれを聞いて良いものか。
葬儀の日から私の中で少しずつ不安が大きくなっていく。
けれど、その原因を知りたくないと言う気持ちの方が強い。
葬儀の日。
本来であれば参列者全員が最後のお別れをする。
けれど父の葬儀では母だけがお別れをし、母が棺の蓋を閉めた。
宰相府から密かに探ってもらったところ、スケルシュのおじ様の時もエリアデルのおば様の時も同じようだったそうだ。
出身地である東の諸島群の習慣だと言われたが、そちらからの移民の多い領都ヒルデブランドではそんなことはないと言う。
なぜ。
もし私が考えていることが正しければ、おじ様方が亡くなられた時にも同じようにするはずだ。
そして母やグレイスのおば様が亡くなるときにも。
だが確証が得られるのは何年も後になるだろう。
領地経営をし、父の荷物を片付け。
母は忙しく過ごしている。
私は相変わらず宰相府で過ごしている。
一年の服喪中なので夜会には出ない。
週末にはグレイス家で次期公爵夫人としての教育を受ける。
フィッツパトリック様は公爵家がお持ちの伯爵位を頂いているので、結婚してしばらくはグレイス伯爵夫人と名乗ることになるだろう。
一年の締めくくりである『仕舞いの夜会』。
私は出席しなかったが、その場でエリアデルのおじ様が
「私の時も終わりなんだよ、
久しぶりに訪ねて来られたおじ様が寂しそうに言った。
「ルーほどではないけれど、波乱万丈な人生だったと思う。でももうこれでルーの騒ぎに巻き込まれなくて済むと思うとホッとするよ」
「酷いわ、ディードリッヒ兄様。私、騒ぎなんて起こしていません」
「お前が全ての起点で、お前が諸悪の根源だ。お前と出会わなければ四神獣にも出会わず『大崩壊』に巻き込まれることもなかったし、神位なんてもらわなくても済んだ。いや、そもそもお前の近侍になることもなかったんだ」
「しょうがないじゃありませんか。兄様はアルの対番でしたもの」
「あそこで仏心を出したのが俺たちの最大の失敗だ」
そうね、ある意味ルーちゃんのせいよね。
スケルシュのおば様がコロコロと笑う。
父がここにいないと言うだけで、居間の空気はいつも通りだ。
そう、父がいないと言うだけで。
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