第435話 末姫さまの思い出語り・その39

 呆然とする人達を置いて職場に向かう。

 演奏会に来た職員が笑顔で近寄ってくるが、それを止めて全員集めるように指示する。

 そして父が今朝亡くなったこと。

 葬儀のために一週間ほど出仕しないこと。

 緊急案件があれば遠慮なく侯爵邸に来てもらって構わないことを説明した。


「お父君のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます。こちらでの事は我らが良きようにはからいますので、お嬢はどうぞお父君のもとへ」

「副室長、お気持ちは有り難く。けれど仕事を放り出しては父に叱られます。昼までに出来るだけ片付けていきますから、重要案件を優先的に回してください」


 昨日半日留守にした分の書類を女帝陛下に提出する『天覧』と皇配殿下にお出しする『台覧』に分ける。

 これは可及的速やかに処理する必要がある。

 ちなみに宰相であるはずの皇配殿下は、仕事を私に丸投げして皇帝執務室に入り浸っている。

 各領地からの収支報告書などは財政省の扱いなのでそちらに回す。

 領地経営に慣れていないとどの書類をどの省庁に回せば良いかわからずに、取り敢えず宰相府に出しておけばいいかと投げ込まれることが多い。

 この選別は見習いたちにやらせよう。

 そろそろ正規職員に昇格する時期だ。

 こういう判断が出来るようになってもらわなければ。

 他の人たちにも一段上の物をお願いしよう。

 いつもと違う書類で仕事の幅を広げるのもいい。

 

末姫すえひめ様、そろそろお戻りを」


 サインして突っ返して繰り返していたら、突然ペンを取り上げられてハッと顔を上げる。

 隣にはモジャモジャ眉と口髭のマールが憮然として立っていた。

 

「そこまでです。もうお昼をかなり過ぎておりますよ」

「あ、ら。気が付かなかったわ。ごめんなさい」


 困ったお方ですねと、マールが机の上を片付ける。

 どうもお昼の鐘を聞き逃していたようだ。

 積みあがっていた書類は後十枚ほどに減っている。

 ここまで処理すればもういいだろう。

 副室長に後を頼むと席を立つ。


「お嬢、年長者として一つ助言させていただきます」


 帰ろうとした私を副室長が呼び止めた。


「悲しんで下さい。たくさん泣いてください。しっかりとお別れをしてください」

「副室長 ? 」

「中途半端に我慢をすると、後で辛いことになります。思い残しのないよう、お見送りをしてください。それが残された者の務めです」


 少し後になって、私はこの言葉の意味を思い知る。



 葬儀の準備は粛々と進められていく。

 父は救国の英雄の一人と言われているけれど、ダルヴィマール侯爵家の当主ではなく配偶者でしかないので、本人の遺言もあり身内だけで行われることになった。

 義弟である皇配殿下、兄弟の契りを交わした『御三家』の方々。

 父が結婚前に養子に入ったグレイス家の皆様。

 そして両親らが父親のように慕うギルおじ様だ。

 叔父の妻である女帝陛下はお出ましにならない。

 皇帝陛下は基本たとえ身内でも臣下の葬儀には参列しないのだ。


「自分より若い人達に先に逝かれるのは辛いよ。何度経験しても慣れない」


 屋敷の中の教会に安置された父に挨拶したギルおじ様は、棺の中に横たわった父の髪を何度も撫でた。


「わかっていても、ルーの横に君がいないのは悲しい。今はゆっくり休みなさい。また会おう、アル」


 また会おう。


 父も前に母に向かってそう言っていた。

 エリアデルのおじ様もスケルシュのおば様も、お別れの挨拶で父にそう言った。

 皆また会えるのだと信じている。

 これが『大崩壊』から王都を守り切った義兄弟の絆なのだろうか。

 そういえばマールも「またお会いできるのを楽しみにしております」と言っていた。

 ちょっとどこかに出かけるのを見送るように。

 

 朝に亡くなった父。

 夜には通夜があり、翌日には荼毘にふす。

 遺体をそのままにしておくと悪霊になって生きた死体 リビングデッドになって彷徨い続けるという伝説がある。

 だから余程のことがない限り、速やかに火葬にするのがこの大陸の習慣だ。

 土葬の習慣のある他大陸では、過去に戦争の後で大量の生きた死体 リビングデッドが徘徊してとんでもない騒ぎになったと言う。

 真実であるかはわからない。

 何故なら今はそんな魔物はいないから。

 けれど戦闘は昼間だけ。

 夜襲はしない。

 夕方からは敵味方に関係なく戦死した兵士の持ち物を回収して遺体を焼くと言うのが国際条約にある。

 他国を侵略することのない我が帝国には関係ないことだけれど。

 それでも出来るだけ早くその体を地に返すのだ。


「お母様、もうお休みになって」

「私はアルの傍にいたいの。ほっておいて」


 母はそう言うが、昨日から一睡もしていないのは聞いている。

 もう若くはない母にはベール越しでも疲れが見えている。


「お母様、お気持ちはわかりますけれど、少しでもお体を休めて。お父様のお傍には私がおりますから」

「でも・・・」

「お食事をして湯浴みをなさって下さい。その間だけ私が棺守りをいたします。決してお父様をお一人にはいたしません」


 マールやギルおじ様にも説得され、母は少しの間だけとお聖堂みどうから離れていった。


 葬儀の支度は下姉の夫、元第三皇子が進めている。

 葬礼の全てを取り仕切り、次期当主として貴族社会に周知してもらうのだそうだ。

 母が父のそばにいられるようにとの心遣いでもあるらしい。

 

「お母上様はお休みになられたそうでございます」


 かなり時間が経ってから、マールがそう知らせに来てくれた。


「やはりかなりお疲れになっていらしたようで、ギルマスが睡眠の魔法をかけて下さいました」


 末姫すえひめ様もお休みになりますかと聞かれたけれど、父の傍を離れないと母と約束した。

 だから軽食を持ってきてもらって、朝まで寝ずの番をすることにする。

 夜が明けたら参りますと言ってマールは戻っていった。


 フェンリルのシロが父の棺の傍らにはべっている。

 一人でないのが嬉しい。

 シロは両親が『大崩壊』の時に保護したから、以来ダルヴィマール侯爵家の番犬として知られている。

 きっと父の棺を守ろうとしているのだろう。


 空が白み始めてきた。

 直に堂守どうもりの修道士がやってくる。

 その前に父に最後のお別れをしておきたい。

 私は棺の蓋を開けた。 

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