第437話 末姫さまの思い出語り・その41

 エリアデルのおじ様のお仕事は今年度一杯とのことだったが、『有休消化』と言って週に二日ほどしか出仕しない。

 次期総裁である副総裁への引継ぎはもう済んでいるらしい。

 そして息子夫婦に爵位を譲渡したり様々な権限を委譲したりと老い支度で忙しい。

 その合間を縫って何故か我が家にやって来る。

 その時はスケルシュのおば様やギルおじ様もご一緒だ。

 居間でくつろいでいる横にはマールが立っている。

 ここに欠けている人たちがいれば、どれだけ心が落ち着くことだろう。

 けれどもうすぐ、また一人いなくなるのだ。

 少しずつ大切な人たちがいなくなって、最後に誰が残るのだろう。


「お、アルが来ているのか ? 」


 仲間内だけでの話もあろうかと、近頃は挨拶だけをして失礼することにしている。

 マールが開けてくれた扉から部屋を出ようとして、エリアデルのおじ様の声に振り向いた。

 すると母の周りを白い光が飛び回っているのが見えた。

 蛍だろうか。

 死者の魂が蛍になって愛しい人の許を訪れる。

 そんな昔話があったような気がする。

 その光は母の右手にとまる。

 母は嬉しそうにそれを見つめていた。



 また春が来て、今年も『成人の儀』が行われた。

 叔父である皇配殿下は、この春をもって宰相を辞任。

 後を継いだ私はまだ服喪の真っ最中なので、侯爵令嬢ではなく宰相として参加した。

 いつもの文官服ではなく、夜会用に袖口や襟元と裾には金糸で細かい刺繍が入っている。

 これはエリアデルのおじ様が手ずから刺して下さったものだ。

 華やかかつ宰相としての威厳のある意匠。

 扇子も普段使いではなく羽毛扇だ。

 例のコーメー扇よりも小ぶりだけれど、女帝陛下御自ら「これを」と仰せられた。

 そんな感じで私は昨年成人したばかりなのに、何故か数十年勤め上げた老兵のような扱いになっているのが解らない。

 私はまだ十七だ。

 両陛下への成人令嬢のご挨拶が続く。

 昨年、一昨年に間に合わなかったご令嬢も混じっている。

 色々とあったけれど、無事に成人婦人になれてよかった。

 


 私は『御三家』について調べている。

 親や親しい人を疑うなどしたくはないが、何か隠し事がある。

 だが、一番知りたいことについては時間をかけて調査しなければならない。

 だからまず、手近なところから始めることにした。

 これまでご婦人方から漏れ聴いた両親の出自と馴れ初めについて不思議だったからだ。

 東の諸島群から幼馴染と手を取り合っての逃亡。

 おじ様たちやグレイス夫人と出会って兄妹の契りを結ぶ。

 侯爵家の養女となって、近侍となったおじ様たちと一緒に幸せになる。


 何の冒険小説だろう。

 あまりにご都合が良く、劇的でご婦人方が胸をときめかせるのに十分な内容。

 手がかりになる言葉は『ルチア姫の物語』だ。

 だが、絵入りで発売されたその本はどこにもない。

「貸して差し上げるわ」というお申し出の数日後には、「どうしても見つからなくて」とお手紙が来る。

 それも何人もの方から。

 各ご家庭や神殿に学術ギルドの図書室はもちろん、王城の図書館にも存在しない。

 そしてさらに不思議なことに、母の『成人の儀』からの瓦版が保管されていなかった。

『大崩壊』の三日後から瓦版工房は動いている。

 しかしそれ以前、約一年半の間に発行された物は、どの工房の物も見つからない。

 不自然なほどに見あたらないのだ。

 母が養女になる前と『大崩壊』の後の分はしっかりと保存されているのに。

『大崩壊』で紛失したとされているが、城下町ならばともかく、被害の少なかった貴族街や王城で保管されていないとは考えられない。

 書籍は高価で平民が気軽に買えるものではないから、瓦版に連載されたそれを、大切に切り取って保管していた人も多かったと言う。

 だが、それすらも消えてなくなっていた。

 そこまで完全に無くなってしまうものだろうか。

 考えられるのはただ一つ。

 知られたくない人物が意図的に排除した。

 では知られたくない『人物』とは ?

 決まっている。


 当の『ルチア姫』、母だ。


 けれどそこでも疑問が残る。

 所有者に知られずに回収できるものだろうか。

 それもかなりの量だ。

 これだ。

 繋がるものがあるはずなのに繋がらない。

 どこかに回答を導き出す物があるのではないか。

 私はそれを探しに王城の禁書庫へ行った。

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