第433話 末姫さまの思い出語り・その37

 何のお祝いも無しに終わった私の両家顔合わせと婚約。

 その日のうちに『御三家』の兄姉夫婦に招待状を出し、祖父母と上皇ご夫妻にも連絡がされた。

 身内だけということでグレイス公爵とフィッツパトリック様はお招きしないことになった。


「見られたら困るからねえ」


 父はそう言って母と舞踏室に体を解しに籠る。

 エリアデルのおじ様とスケルシュのおば様もご一緒だけど、部屋からは何の音も聞こえない。

 何をしているのだろう。

 マールは私設騎士団の訓練場に仮設舞台を作る指揮をしている。

 家令のセバスは領都のヒルデブランド出身の人の何人かに招待状を出している。

 一部の領都出身の使用人も見ることができるらしい。

 別に古参だからというわけではなく、その選定理由がはっきりしないので使用人たちが文句を言っているらしい。

 けれど当主である母が決めたことだからと一蹴された。

 そんなドタバタの屋敷で、私一人することがなく傷ついた心をフェンリルのシロのモフモフに癒されることになった。

 そしてダルヴィマール侯爵家が慌ただしくしている頃、近衛や宰相府の部下たちは嬉々として瓦版工房の取材を受けていた。

 多分あの騒ぎを王城番の常駐記者が聞きつけて押し寄せたんだろう。

 月曜日に登城したら、なんかもう王城あげてのお祝いムードになっていた。

 そして今まで出来る女として尊敬と敬意を持って接してくれてたのに、ちょっと大人ぶってるけど父親想いの可愛くて庇ってあげたい見守り対象みたいな扱いになっていた。

 席を離れたそのすきに、執務机の端にクッキーやら飴やらが積み上げられている。

 燃やすぞ、コラァ !

 ・・・持って帰って侍女たちにあげよう。



 たくさんの仕事をみんなに割り振って急いで帰宅した月曜日の午後。

 久しぶりに『御三家』が勢ぞろいした。

 集まった美形揃いの中で、やはり私は浮いている。

 小さな甥っ子や姪っ子ですら美形要素がつまっているのだ。

 私が勝負できるのは、おじ様方に磨かれた権謀術数とか政策とか政治向きの事だけ。

 そしてそれは普通の貴族婦人には必要ないものだ。

 未だに『婦女に知識は不要』とか言ってる一部の貴族バカもいるし。


「男は一歩外に出れば七人の敵がいると言うけれど、女は軽く百人は待ち構えているのよ」


 殿方と同じ土俵で勝負しようとしたら、その三倍、五倍の成果を出さなければ一人前と認められない。

 母はそんな中で文官として働く勇気と覚悟はありますかと言った。

 それでも私の武器がこれしかないとしたら、これだけで戦っていくしかないのだ。

 そうだ。

 結婚してお茶会や夜会、領地経営などの貴族婦人ふつうの仕事だけをするなんて、私を育ててくれたおじ様方にいただいた時間と知識を無駄にするというものだ。

 流れに乗ったわけでも、勧められたからでもなく、私は私の意志で宰相位を継ぐ。

 その後の家庭的なことはフィッツパトリック様がなんとかしてくれるだろう。

 

 舞踏披露が始まった。

 まず母が踊った。

 見たことのない踊りだった。

 クルクルと回り飛ぶ。

 いつもの物静かな佇まいとまるで違っていた。

 平民のような表情がクルクルと変わる娘と、そう、スケルシュのおじ様に似た全てを従えるような、威圧的で挑戦的な目をした踊り子。

 子供世代はポカンと口を開けてしまっていたが、招待された領民と使用人たちは拍手と歓声を送っている。

 まるで当たり前の物を見るかのように。

 一息ついたところで両親の踊りが始まった。

 

 やはり常識では考えられない。

 足を高くあげるのも片足のつま先だけで立つ姿も。

 なのに決して下品ではない。

 優雅で上品で、なによりお互いを思う気持ちが伝わってくる。

 先日まで寝込んでいた父は、どこにそんな力が残っていたのかと驚くほど高く飛び、母を片手で持ち上げ、物凄い勢いでまわる。

 全ての踊りが終わった時、思わず立ち上がって拍手をしてしまった。

 周りの人達も同様だ。

 客席に戻って来た父を皆が拍手で出迎えた。

 

 エリアデルのおじ様の踊りも素晴らしかった。

 父同様に高く飛び回る。

 違うところは父よりも野心的で色気たっぷりなところか。

 流し目の破壊力に客席から悲鳴が上がる。

 おじ様の孫たちは「おじい様、素敵 ! 」と興奮している。

 ディーおじ様、こんな才能を隠していたのか。

 これで出し物は終わりかと思ったら、ピアノの横にバイオリンを持った男性が現れた。

 確か元ダルヴィマール騎士団の団員で、今は音楽学校の校長をしているヴィノ・マエストロと呼ばれている方だ。

 スケルシュのおば様がさざ波のようにピアノを弾き始める。

 そこに統べるようなバイオリンの音が重なる。

 舞台には衣装を変えた母が現れた。

 

「ああ、なんて綺麗なんだろう」


 先ほどまでの飛んだり跳ねたりする踊りと異なる静かな曲。

 父が小さく呟く。


「君に出会えてよかった。君のおかげで僕の人生はずっと輝いていた」

「お父様・・・」

「しばらくのお別れだよ、ルー。また、会おう」


 ピアノ音が途絶えて踊りが終わっても、誰も動くことが出来なかった。

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