第431話 末姫さまの思い出語り・その35

 告白とかお付き合いとか全部すっ飛ばした求婚。

 泣き止んで気が付けば、お父上のバルドリック様がいらしていた。

 この騒ぎを聞きつけて来られたのだろう。

 そしていついらしたのだろう。

 エリアデルのおじ様が婚約証書を差し出してくる。

 すでに女帝陛下と宗秩そうちつ省総裁のおじ様のサインが済んでいる。

 後は私達と両家の親がサインをすれば婚約は確定する。

 グレイス公爵家側は済んでいるので、私と侯爵家当主の母がサインするだけだ。


「いつ来るかと待っていたのだけれどね」


 一夜明けて、我が家にグレイス公爵家の皆様とエリアデルのおじ様、そしてスケルシュのおば様がいらした。

 寝たきりだった父は晴れやかな顔でに皆様を出迎えた。


「別に治ったわけじゃないんだよ。ギリギリまで時間を引き延ばしていただけで、すぐに終わりの時が来るから」


 父はそう言って客間に案内させる。

 この部屋が使われるのは何年ぶりだろう。

 当主である母が社交をしないので、この部屋にお客人が入ることはない。

 おじ様たちがいらしたときは居間でお話しするから、多分下の姉が婚約した時以来だと思う。

 数年前に結婚した姉夫婦は、しばらくは夫婦水入らずが良いだろうと言う両親の判断で、今は王城近くの貴族街で暮らしている。

 本来なら次期当主の義兄も立ち会うものだが、領内の視察で王都を離れている。

 父の危篤の連絡で今はこちらに向かっているはずだ。


「やっとお姉さまの御血筋をいただけるのですわね」


 グレイス公爵夫人が感慨深そうに言った。


「何度もお願いいたしましたのに、一の姫はディーお兄様のところに差し上げてしまって、二の姫はというと殿下をお迎えになって。わたくしだけ除け者にして、酷いお姉さまですわ」


 平民出身でありながら筆頭公爵家の夫人。

 その所作は美しく、「グレイス公爵夫人のように」と言うのが母から娘への定番の躾けの言葉になっている。

 あまり口煩く言われるので、『平民出のくせに』と一部のご令嬢方から疎まれている。

 けれど身のこなしと言えば母はさらに美しい。

 正直に言って公爵夫人と母が並んで立てば、母のその美貌と相まって夫人の影は薄くなってしまうだろう。

 もっとも母を慕う夫人がそれで僻むとは思えない。

 いつも通り「さすが、お姉さまですわ ! 」と笑顔で自慢するに違いない。 

 そして淑女の鏡とも讃えるられているアンシア夫人は、ホホと扇子の向こうで満足気に笑う


「そんなつもりではなかったのよ、アンシアちゃん。こればかりは当人の気持ちとご縁がありますもの」

「もちろんそうですとも。でもまさか末の姫さんがうちの子を好いてくれていたとは思いませんでしたわ」

「あ、全然そんなのじゃありません」


 なんだかいいお話にもっていかれそうなので、私は全力で否定してかかる。


「私はただ父を安心させたかっただけです。家柄が合って独身で、真面目にお仕事をしている誠実な殿方だったら誰でもよかったんです」

「ちょっと・・・随分な言い方ね」

「たまたまその条件に合うのがフィッツパトリック様だけだったと言うだけです」


 アンシア夫人はムッとした顔をされるけど、女学院事件の時の例もある。

 変に美談にされたら恥ずかしい思いをするのは私ではなくフィッツパトリック様だ。

 初恋の幼馴染なんて書かれた日には一週間ほど出仕拒否する自信がある。


「恋だの愛だのはまだありませんが、私はこんな不細工な私でいいと言って下さるフィッツパトリック様に心から尽くします。もちろん二人で帝国を全力でお支えするつもりです」

「・・・だから君は何か勘違いをしている」


 フィッツパトリック様は額に手を当ててフルフルと首を振る。

 父やおじ様たちもやれやれと言った顔をしている。

 母はと言うと、あらそうなの、素敵ねとノホホンと微笑んでいる。


「本当に、もう。エイお兄様似の切れる女性だと思っていたら、鈍感さと言い天然さと言い、お姉さまにそっくりではありませんか。これは息子が苦労しそうです」

「心配かけるけど、よろしく頼むよ、アンシア」

「アルは気にしなくてよろしくてよ。当主夫人として足らないところは、わたくしがしっかりと補いますわ。なにしろお姉さまで慣れておりますからね」


 出来の悪い子ほどかわいいと申しますものね。

 高らかに笑うアンシア夫人は、流行りの少女歌劇の悪役令嬢のそのもの。

 これってもしかして嫁姑戦争が始まったのかしら。

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