第430話 末姫さまの思い出語り・その34

『号外 ! グレイス近衛騎士団副団長、ダルヴィマール宰相執務室長とご婚約』


 その日、『氷の貴婦人』と呼ばれた室長が勇気を出して申し出た求婚。

 成人して間もないご令嬢が女性の身でなぜそのような暴挙にでたのか。


「父の命の火が消える前に・・・安心させたいのです」


 伝説のミスリル鋼のように固く冷たいと言われていた瞳。

 美しい虹色の輝きから一粒の真珠が零れ落ちる。

 目の前の妹のような少女が、一人の愛する女性に変わった瞬間だった。

 


「なに嘘八百書いてるのよぉぉぉっ ! 」


 私は執務室の机に積まれた今日発行の瓦版を燃やし尽くした。

 傍に控えた副室長が「あ、もったいない」と言ったけど、知るもんか。

 灰の一粒だって残さない。

 私が求婚したのが金曜日。

 今日は月曜日の午前中。

 なんて仕事が早いんだ、瓦版工房。


「ですが、お嬢。華美な表現を除けばほぼ事実ですが」

「一分の事実と九割九分の想像になんの意味があるのですか ! 」

「作家は爪の先ほどの情報を基に作品を書くものです」

「彼らは記者で作家ではありません ! 」


 副室長は私より三十ほど年上なので敬語を使う。

 

「大体なぜ皆さん、記者の取材に応えているのです ! 」

「尋ねられたからですが」

「こんな微に入り細に入り話さなくでもいいでしょう ! 」

「とんでもない。目にしたことを正直に話しただけです。その後の記述は彼らが心のままに」

「・・・創造の翼を広げただけなのですね」


 未決箱の中の書類を束で取り出し適任者に振り分けていく。

 今日は半ドンで帰宅して両親と過ごすのだ。

 しなくていい仕事は全部押し付けよう。


 あの日、というか一昨日の金曜日。

 器量良しの女の子はそれだけで人生の半分は得をしていると思い知らされた。

 私みたいにコチコチに頭の固い可愛げのない娘なんて相手にする人はいないんだって。

 失意のうちに立ち去ろうとした私をフィッツパトリック様が呼び止めた。


「君はまだ成人したばかりじゃないか。なんでそんなに急に結婚しようとするんだい ? 」

「それは・・・」


 私は父の死が近づいていること。

 私の婚約が決まらないことが心残りだと言っていることを話した。


「心配ばかりかけてしまった父を、せめて心穏やかに逝けるよう安心させてあげたいんです」


 なので婚約者の振りでも構わない。

 父を送りだすまででいいので協力してもらえないか、と。

 するとフィッツパトリック様はやれやれと頭を振った。


「そんな大切なことでご両親を騙すようなことをしてはいけない。思い付きで求婚なんてなおさらだよ。君に相応しい若くて有能な男性はたくさんいる。もう数年も経てば・・・」

「もう時間がないんです ! それに、それに私みたいな不細工な娘を相手にする殿方なんて・・・ ! 」

「ああ、もう、君って人は」


 何もわかっていないとため息をついたフィッツパトリック様は、私の前に跪いてご自分の指輪を差し出した。


「求婚というのはある意味男の夢なんだよ。それを奪わないでおくれ」

「・・・私をもらってくださる ? 」

「年貢の納め時、かな。知り合いのご令嬢を紹介されるより、生まれたときから知っている末姫すえひめがいい。私の妻になってくれますか」


 ごめんなさい。

 フィッツパトリック様がこんなかっこいいとは知らなかった。

 単に知り合いの独身男性っていうだけで申し込んだのに。


「私、とっても年下ですよ ? 」

「私の両親も一回り違うよ」

「結婚してもお仕事は続けますよ ? 」

「私も続けるからお相子あいこだよ」


 それを聞いて私の涙腺は破壊された。

 私は泣きじゃくりながら指輪を受け取った。

 

「幾久しくお受けいたします」

「こちらこそ。末永くよろしく」


 周囲で拍手と万歳三唱が聞こえてきた気がするけれど、そんなの私には関係ないから。 

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