第428話 末姫さまの思い出語り・その32

「私と結婚してください、フィッツパトリック様」


 跪いて指輪を差し出す。

 古式ゆかしい求婚の方法だ。

 ただし、申し込みは男性からと決まっている。

 いや、決まってはいないが、とにかく男性が女性に申し込むのだ。

 そして差し出された指輪を受け取れば求婚を受け入れたということになる。


「副団長殿の貴族婦人就業計画は、人任せにせずご自分で伴侶を持たねば完成いたしません。ぜひ私にその役目を」

「・・・これはアレかい。『成人の儀』の『主従の絆』のお返しかい ? 」


『主従の絆』 ?

 ああ、あの「悪漢に襲われた主を助ける侍女とそれを思いやる令嬢」を皆で楽しむって言うめちゃくちゃ悪趣味なやつね。

 私の時はマールのおかげですっぽ抜けた感じで終わって、母の時は反撃した母に全員倒された上に牢にぶち込まれたとか違うとか。

 遥か昔の話なので話半分どころか尾鰭がついて面白おかしく伝わってるらしい。

 それはともかく !

 ほら、早く受け取って。

 膝が痛いから。


「いえ、後から冗談でしたと言うつもりはございません」


 そんなお遊びをしている余裕なんてない。


「もう一度聞くよ。これは本気なんだね ? 」

「はい、全く持って正気の沙汰ですわ」


 そう言ってズィっと指輪を差し出すと、フィッツパトリック様ははあっとため息をついて首を横に振る。


「君はわかっているのかな。私は君より一回りも上のおじさんだよ。君にはもっと若くて未来のある青年がいるんじゃないか ? 」

「私だって任官して数か月の小娘です。それに未来があろうが若かろうが、遠巻きにしているようなヘタレなんてお断りです」

「婚約の打診もあるだろう」

「いいえ、打診どころか夜会では近寄っても来ません。ついでにどなたも紹介してくださいません」


 なんか周囲で「ええっ! 」と言う騒めきが起こる。

 ・・・そうなのよね。

『成人の儀』の後からは有力貴族のご令嬢にはたくさんのお申し出がある。

 直接的なものではなくて、お茶会や夜会や趣味の集まりとか。

 そんな場所でご親族やご両親のお友達やらが、ご令嬢の気質や性格を見て婚約打診をする。

 私は平日日中の催しには参加出来ないから、様々な良縁から弾き出されているのだ。

 そう言うのはご婦人連絡網でこっそりやるから、大抵の殿方は気づかないようね。


「夜会でお話するのはお年寄りの殿方ばかり。ご婦人方に声をかけると数秒で消えていなくなってしまう。もちろんダンスには一度も誘われていません。そんなわけで私に懸想する殿方は一人もいらっしゃいません」


 宰相府勤めの成人直後の小娘なんて、他国の『蜜の誘惑ハニトラ』の対象になるんじゃないかと両親は心配していたけれど、清々しいくらいに誰も近寄って来ないんだもの。

 

「あの、もしかして・・・」


 あまりの縁談の無さは私のお仕事のせいだと思っていたけれど、そう言えばもう一つの可能性があったのを思い出した。


「フィッツパトリック様は『面食い』でいらっしゃいますか ? 」

「は ? 」

「私みたいに両親のどちらにも似なくて、目立たなくて平凡な十人並みの容姿の娘はお気に召しませんか? 」


 父のような優し気な顔立ちではないし、母のように華やかかつ清楚でご婦人すら顔を赤らめるような美貌でもない。

 似ているのは父の髪の色くらいだ。

 整った容姿の多い貴族の中でも美男美女揃いで有名な『御三家』の中では鬼っ子である自覚はある。


 それって、つまり・・・。


「やはり殿方はご自分の隣にはお美しいご婦人にいて欲しいものですものね。私みたいに人の目を引かないような者では・・・」


 わかっていたけど、やっぱり悲しい。

 でも認めなきゃいけない。

 現実なんてこんなものだ。

 私は父を安心させてあげられない。


「失礼いたしました。私のような醜女しこめが分不相応な申し出をいたしました。お許しあそばして」


 女は度胸。

 私は勇気を出した。

 そして敗れた。

 ここはすっぱりと諦めよう。

 私は指輪をはめ直して立ち上がった。


「貴重なお時間をいただきありがとうございました。皆様方も愚かな小娘がしでかした一夜の夢とお笑いくださいませ」


 マールから羽扇子を受け取ると、泣きたいのを我慢してニッコリ微笑み膝を折った。

 さ、後は胸を張って颯爽と帰るだけだ。


「ちょっと、待ちなさい ! 」


 傷心を抱えて帰ろうとする私の背中をフィッツパトリック様の声が追いかけてきた。

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