ネクスト・ジェネレーション

第392話 末姫さまの思い出語り・その1

 母が逝った。


 父は私の成人を待つかのように逝ったし、大好きだったおじ様方もとうに鬼籍に入られて、今は従兄弟たちが後を継いでいる。

 だから母もそろそろだと覚悟はしていた。

 母が亡くなったその日、義母と夫、子供たちと嫁いで以来の実家を弔問のために訪れた。

 なのに、一体何を見せられているのだろうか。


 まず、私の幼い頃の事から話そうか。

 私は侯爵家の末っ子だ。

 かなり甘やかされたという自覚はあるが、だからといってそれで傲慢不遜に育ったとは思わない。

 逆に低位貴族と比べれば、かなり厳しく貴族としての心得を叩き込まれたと思っている。

 けれどその価値観は両親の出身地である東の諸島群のものであったので、階級が上ならば好きにしても良いと言う我が国の低位貴族の考えとは違うものでもあった。


 母は美しい人だった。

 愛らしく清楚で、そこにいるだけで世界が輝いて見える。

 若い頃は騎士団の女神とも称されていたらしい。

 淑女の中の淑女。

 あのようなご婦人は二度と現れない。

 若い頃の母を知っている人は誰もがそう言う。


 だが女侯爵だった母は、一切の社交をしなかった。

 貴族であれば参加必須の大夜会に出ることもなかった。

 貴族令嬢は成人の儀を済ませるまでは公の場には出られないが、自宅での催しには顔を出してご挨拶することで他家との繋ぎをつける。

 だが母は自宅で夜会やお茶会を開くこともなかったので、私の交友関係は非常に狭かった。

 母を姉と慕ってくれるグレイス公爵夫人とご家族。

 そして我がダルヴィマール家とともに『御三家』と呼ばれるエリアデル公爵家、スケルシュ伯爵家だ。

 母はおじ様たちと従兄弟たちが訪ねてくる時以外厚いベールで顔を隠し、今では筆頭執事のマールの前でしか外さない。

 そして入り婿の第三王子の妻となった姉も、いつからか母と同様にベールで顔を隠すようになった。

 きっとそれがこの家の伝統なのだろう。



 侯爵家の子であれば、本来は家庭教師をつけられて家でしっかり教育される。

 だが従兄弟と一回りも年が違う私には同年代の友人はいない。

 それを心配した父は、私を貴族の娘が通う女学院に通わせることにした。

 そこは主に低位貴族が通うところで、良い家庭教師を雇うことができない貧乏な伯爵家が数名いるくらい。

 そこに筆頭侯爵家の娘が入ればどうなるか。

 母は最期まで反対していたが、父が一年だけでもと推し進めてしまった。

 結果は言わずもがな、である。


 さすがに本名で通う訳にはいかなかったので、依子の一つである騎士爵の娘を名乗って入学した。

 女学院は騎士養成学校と同様十歳で入学し、六年間で貴族としての『基礎』を叩き込まれる。

 そう『基礎』だ。

 私はそういったものはすでに身に着けている。

 出来るのが当たり前で、同級生や先輩が何故それを苦労して学んでいるのか。

 馬鹿にしているわけではないが、子供ながらにこんなことで目立ってはいけないと早々と理解した。


 金持ち喧嘩せずと言うが、ここはなぜか爵位がものを言う世界。

 爵位が上なら上であるほど、他人の嫌がる仕事を率先して引き受けるべきであるという考えは異端のようだ。

 そして子爵でも男爵でもない騎士の娘が彼女たちより優秀であってはいけないのが暗黙のルール。

 だから教室の端でとにかく大人しく、要求される五割から六割くらいの成績になるよう授業に参加していた。

 だがそれが良くなかったのだろう。

 私は授業についていけない出来の悪い娘と侮られることになった。

 私より格下の子爵や男爵の娘たちに無視され、仲良くしてくれるのは同じ騎士爵の子と裕福な平民。

 それはそれで楽しかった。

 成績の悪いことになっている私に勉強を教えてくれたり、手作りのお菓子を持ち寄ったり、食堂でお昼を囲んだり。

 お互いの家を行き来こそしなかったが、一緒に街やお祭りに出かけたりして友情を育んでいた。

 学習内容については、教本を読んだ母が真っ青になって家庭教師を手配した。


「レベルが低すぎるわ。これでは必要なことが身に付きません。下手をすると今まで培ったものを忘れてしまうかもしれないわ」


 女学院では手抜きしながら友人と楽しむ。

 自宅では騎士養成学校並みのスパルタ教育。

 そんな日々に終わりが訪れたのは、五年生の夏休み明けだった。

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