第393話 末姫さまの思い出語り・その2
学校は四月始まりで、夏は二か月ほどの長いお休みがある。
社交界はシーズンではあるが、社交をしない母と私は領都ヒルデブランドで過ごす。
領館には執事のマールが付いてきてくれて、一緒に街へ出かけたり河で魚を釣ったりする。
マールは若い頃は冒険者もしていたそうで、一人で出かけては食べられる魔物を狩ってきたりした。
そして母が「素晴らしいわ、マール君」と言うと、彼はとても嬉しそうに頭を下げる。
彼もまた父同様に母のことが大好きだ。
今は亡きスケルシュのおじ様が「あいつらはルチア姫信者だから」と呆れていたけれど、それだけ母は魅力に溢れているのだろう。
領都に滞在中は女学院に通うせいで遅れがちな勉強をガンガン進める。
母が家庭教師役をしてくれる。
ダンスや礼儀作法、歴史、文学、数学など母の知識は多岐にわたる。
マールは法律や国際儀礼、各国の情勢や宮中での立ち居振る舞いなどを教えてくれる。
社交はしないのに、何故かそういう情報はしっかりと集めているらしい。
なので私も高位貴族の名前や家族構成を全て頭に叩き込まれている。
ついでにやけに精密な姿絵で顔貌も覚えさせられた。
それが成人後とても役に立ったのは当然だ。
五年生の夏。
素晴らしい休暇を過ごして王都に戻る途中のことだ。
いつもの街のいつもの宿で、今年もあの男爵一家に会った。
女学院で私を嘲り何かと嫌がらせをしてくる令嬢。
父親は文官をしているらしく、いつも彼女と男爵夫人の二人だけで帰省している。
そして何故か偉そうに護衛が少ないとか冒険者なんか雇ってとか言ってくる。
彼女の馬車のまわりには二十人以上の護衛やら侍女やらがいる。
私たちは専属も含めて侍女は三人。
護衛は二人だ。
どちらも冒険者に見えるが、実はダルヴィマール騎士団の団員だ。
馬車の御者たちもそう。
そして元冒険者のマールがいる。
これ以上は過剰戦力だと母は言う。
だがあの娘にはそうは見えないらしい。
「騎士爵ではきちんとした護衛は用意できないのかしら。そんな年寄りの侍従しか雇えないなんてお気の毒ねえ」
「お止めなさい、恥ずかしい ! 」
オーッホホホッと高笑いする娘を男爵夫人が窘める。
ああ、この方にお会いするのは初めてだわ。
五年も同じ宿に泊まっていたというのに。
「ごめんなさいね。娘が酷いことを言ったわ。まさか学校でもこんなことを言われていたのかしら」
「・・・恐れ入ります」
娘はアレだけど、母親の方はまともなんだなあ。
申し訳なさそうに馬車に向かう彼女を見送って、私とマールは母の待つ馬車へ向かった。
そう言えば男爵令嬢も私の母に会ったことがなかったわね。
◎
「閣下、前方でなにやら騒ぎが起きております。確かめて参りますので、このまま車内でお待ちください」
護衛の騎士が窓から声をかけてくる。
あ、『閣下』というのは母のこと。
父が侯爵だったら『奥様』とか『奥方様』だけど、爵位を持っているのは母なので『侯爵閣下』と呼ばれている。
と、道の向こうから馬車や馬が駆けてくる音がした。
窓のカーテンの隙間から覗くと、あの男爵家の一行だ。
にしてはおかしい。
主の乗る紋章付きの馬車がいない。
それに一緒に走ってくる護衛騎士の数が多い。
「閣下、男爵家の馬車が大型の魔物に襲われているそうです。いかがなされますか」
戻ってきた騎士が状況を報告する。
「もしかして、後方に走っていったのは・・・」
「男爵家の使用人を乗せた馬車です。それと護衛対象を見捨てて逃げた恥知らず共かと」
「そんな・・・」
では男爵夫人と娘は誰が守っているのだろう。
引き返してこないということは、まさか ?
「馬車を進めなさい」
「お母様 ?! 」
「救助に向かいます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます