第390話 私はナラ・では、ごきげんよう !
密かに大騒ぎになったルーちゃんとアル君の結婚式の後は、特筆すべきことはあまりない。
二人は年に一、二回踊った。
アル君の仕事の関係でそれ以上は無理だったからね。
『ボレロ』を鏡合わせのように踊った時は特に反響が大きかった。
『ロミオとジュリエット』の時はエイヴァンとディードリッヒが主要キャストとして参加した。
最後に二人で踊ったのは『ジゼル』だった。
ルーちゃんの「どうしてもアルと踊りたいの」という我儘についに負けたのね。
アル君があんなに嫌がった浮気野郎、アルブレヒト。
若気の至りで二股かけてしまったけど、政略結婚で本当に愛していたのはジゼルだけだったこと。
己の心の思うままに振る舞って、二人の女性を傷つけた後悔。
そんなものを前面に出して、こいつただの二股男じゃなかったと印象付けた。
それと農民の振りをしながら、どうしてもチラチラと滲み出る貴族としての所作と気品。
ストーリーを知らなくても、彼にはなにか秘密があると観客に思わせるのに十分だった。
二足の草鞋など履かずにダンサーとして活動すれば、さらに素晴らしい舞台が見られただろうに。
そしてルーちゃんのヒロイン。
心臓が弱くて家からほとんど出られないジゼル。
そりゃ騙されるよなっていう純真無垢で純情可憐なヒロインはルーちゃんにぴったりだ。
とても四十過ぎには見えない初々しさは、「これぞジゼル ! 」と語り草になっている。
そんな二人は
久しぶりの二人での海外公演。
劇場のある都市へ移動中、乗っていた長距離列車が土砂崩れに巻き込まれた。
不思議なことに列車は横転しただけで、乗客乗員にはほとんど怪我がなかった。
ただルーちゃんとアル君のコンパートメント、個室部分だけが土砂に流された。
そして遺体や荷物は土をすべて撤去しても見つからなかった。
「危ないってわかった時、他のお客さんたちを助けなきゃって思ったんです。赤ちゃんとか小さい子とかいたし。だから土を私たちのいる場所に集めました」
目が覚めたら寝室だったのはいつもと同じ。
もう戻れなくなったのも。
「体は置いてきたはずなんですけど、どうして見つからないんでしょうね」
まるで他人事のように二人は言うけれど、残された人たちはかなり傷ついている。
お子さんたちはもう成人しているので、それは心配していないと言う。
どちらも医師とダンサーを目指しているけれど、偉大過ぎる両親の重さは重々承知しているようだ。
そして私たちも静かに年を取って、
◎
全員が本物の体を捨てて、晴れて
ルーちゃんにはその日が解っていたらしく、それを告げられたフロラシーは粛々と老い支度をした。
次に逝ったのはエイヴァンだった。
続いてアル君、ディードリッヒ。
残ったのはルーちゃんと私とあと二人。
アンシアは今や立派な公爵夫人で、『ダルヴィマール候杯』の十一人抜きを覚えている人も少ない。
瓦版やら『ルチア姫の物語』とか、東西南北の力を借りてこっそり処分してしまったし。
『大崩壊』の時に失われたと言っておけば問題なかった。
マールはと言えばダルヴィマール家で執事をしている。
家令と家宰は依子のセバスティア家から出る決まりなので、マールはただの執事だ。
ただし、その中でも筆頭執事として腕を振るっている。
侯爵家を裏で牛耳ってるなんてルーちゃんが笑って教えてくれた。
あ、彼はまだ
マールは大学在学中に取れる公的資格をガンガン取り、卒業後は合間に貯めたバイト代を使ってイギリスに行ってしまった。
そっちで何をしていたかと言うと、世界的に有名な執事養成学校に入り主席卒業して帰国。
そのまま親の会社でコンシェルジュでもするのかと思ったら、なんとアル君のご実家に事務方見習いとして就職した。
「姫とアル兄さんの結婚式の時、事務方の津島さんが動いてるのがカッコよくて。あの時に俺、
ちょうど跡取りを探していたという津島さんと意気投合して、アル君のご両親に頭を下げて迎え入れてもらったと言うわけだ。
なんだかね、侍従見習いしてた頃は面倒くさい、やりたくない、かったるいなんて言ってたマールが嘘のよう。
今は新しい執事見習いを育てていると四神獣が教えてくれた。
・・・それ、私の孫なんだけど。
そして仕事に精を出しすぎて未だに独身だ。
さて、子供たちは三家で丁度よく夫婦になった。
うちの跡取り娘にはルーちゃんの長男が来てくれたし、息子はディードリッヒのお嬢さんと一緒になって、エリアデル家の持っている爵位を一つもらった。
ルーちゃんの長女はディードリッヒの嫡男に嫁いでいるし、次女は女帝陛下の第三王子と恋仲になって、二人でダルヴィマール家を継ぐ予定。
末期のファザコンの三女は、アル君が亡くなった後アンシアの嫡男の押しかけ女房になった。
そして私の番がやってきた。
体から力がどんどん無くなってくるのがわかる。
まあ、もういい年どころじゃないし、そろそろとは思ってた。
私たちは輪廻の輪には入らないことはルーちゃんに聞いている。
だから、みんなあっちで神の一柱になる日を待っているんだと。
その日がいつになるかはわからないけど、また皆に会える日が来るのだと信じている。
だって、ルーちゃんがそう言ってるんだもの。
私に残されたのはあと一週間。
やるべきことは全てやったとは思う。
だから、そうね。
後はみんなに会っておこうかな。
ルーちゃんと、アンシアと、マールと、そしてギルマスと。
楽しい一生だったわ。
どちらの世界でも精一杯生きたわ。
だから、今度は神の一柱として励むだけよ。
ルーちゃん、その日を待ってるからね。
また皆で楽しみましょう !
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すみません。
まだ続きます。
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