第389話 私はナラ・その7
無事に結婚することが出来た私たちは、同じマンションに新居を構えた。
ルーちゃんのご両親、佐藤一佐のご自宅の両隣だ。
ルーちゃんのおじい様方はかなりのご高齢で、老い支度をして介護付きホームに入られた。
それで空いた部屋を借り受けることにした。
立地も間取りも問題ないし、私の会社へのアクセスも悪くない。
どうせ自分は転勤族だから、私が住みやすい場所で構わないとエイヴァンが言ってくれた。
ディードリッヒも同じらしい。
と言うわけでフロラシーと相談して勝手に賃貸契約させてもらった。
後から二人が「うそだろ・・・」と言ってたけど、ほら、良いって言ってたじゃないって返したら黙った。
上官と一緒って、官舎に住むのとあまり違いはないでしょう ?
ルーちゃんは相変わらずアル君の家に下宿している。
ご両親が一人暮らしを認めなかったからだ。
そりゃあれだけ危ない目にあったら心配でしょう。
文学部に入ったけど、専攻は宗教文学にするそうだ。
人間が宗教に何を求めるのか理解したいし、好き勝手する神様にはなりたくないとのことだった。
ルーちゃん、頑張りすぎちゃ駄目よ。
私たちもいるんだからね。
いくらでも頼りなさい。
バレエ団の新人公演の時に分かったのだけれど、ルーちゃんとアル君は特にバレエ団と契約とか所属とかしていない。
ルーちゃんはスクール生だし、アル君はレッスン料を払って通っているだけだ。
百合子先生からは入団を勧められているけれど、正式に契約した芸能プロダクションから待ったがかかっている。
「小さい頃からプロを目指していたならともかく、この先どんな未来が待ってるかわからないでしょう ? アルはお医者様になるって決めてるし。だから拘束力のある団員になるよりはフリーでいた方がいいんじゃないかって」
担当マネージャーさんからそうアドバイスを受けたと言う。
百合子先生ならルーちゃんの学業とか予定とか無視してスケジュール入れそう。
高校生の頃ならともかく、大学生ともなればゼミや研修旅行もある。
好き勝手に舞台やイベントを入れられても困るだろう。
今後はまずマネージャーさんを通してから。
本人との口約束は認めない。
ルーちゃんも何かあったら必ず「持ち帰って検討します」と答えるようにと釘を刺されたそうだ。
エイヴァンとディードリッヒは、舞台の後もスタジオに通っている。
後腐れのないチケット制なのは変わっていない。
彼らにとってバレエとはスポーツなのだ。
◎
結婚して子供が生まれてからも、私たちの生活はあまり変わらない。
旦那様が地方巡業してるから、会う機会が少ないのは結婚前と同じだ。
単身赴任先に会いにいったら緊急出港でいませんでしたなんてのはざらだ。
ルーちゃんの「いないものと思えばそんなものだと慣れますよ」というアドバイスにそっかーと気にしないことにした。
もう「私と仕事とどっちが大事 ! 」なんて拗ねる小娘じゃないものね。
そうやって旦那様たちが海外に出た時に各国の兵隊さんのお遊びの襲撃を撃退したり、またまたバレエ公演に引っ張り出されたり、色仕掛けのぺ天使を追い払ったりと結構忙しい生活を送っているとき、ルーちゃんたちは穏やかな学生生活を送っていた。
芸能活動はせいぜいアパレルのポスターモデルとか映画のカメオ出演くらいで、年に二回ほどバレエ公演に出る。
長期休みを利用して海外のバレエ団に客演で出演する。
それ以外は特に目立った活動はしていない。
大学卒業後は就職せずに、( 百合子先生はバレエ団に入って欲しかったようだけど ) 大学院に進学してアル君の卒業を待った。
アル君は最短で医師資格を取り、そのままご実家の病院で研修に入った。
「本当は研修期間中は知り合いのいない病院に行きたかったんだけど、年に一度とは言えバレエ公演があるからね。親のナントカって言われても、使える手は使わなきゃ」
そして研修医二年目に入る前にルーちゃんとお式を挙げた。
二人が出会ってから十年近くが経っていた。
◎
「随分と賑やかねえ。さすが総合病院の跡取り息子の結婚式」
「これでも少ないほうだそうだ。緊急呼び出しに応えられるよう、病院近くのホテルだしな」
確かにアルコールに手を出していない人たちが数名見られる。
いざと言う時に静かに退出できるよう、立食パーティにしたと聞いている。
披露宴の始まる前の時間。
ウェイティングルームで軽くシャンパンを頂きながら始まりを待つ。
子供たちは別室のシッターさんに預けてある。
子供たちが先に寝てしまった時のために、私たちには一泊ファミリールームを取ってもらっている。
ルーちゃん、ありがとー。
今日は久しぶりでゆっくりさせてもらうわ。
「姫、綺麗でしょうね。楽しみだなあ」
無事に大学生になったマールも招待されている。
二人がマールの親御さんの会社のCMに起用された縁で知り合ったとかで、今は
小っちゃかったマールも今では立派に長身枠だ。
結婚式に招かれたのは初めてで、ワクワクしているそうだ。
「なんかテレビとかで見た人がいますね。ほら、あのバイオリニストの人とかお坊さんとか」
ダルヴィマール騎士団のディノさんね。
あとローエンド師とお弟子さんたちも来ている。
お互いこちらでは知り合いではないから、挨拶には行かない。
「ごきげんよう。少しお話をよろしくて ? 」
声をかけられて振り向くと、灰色の修道服を着た小柄なシスターが立っていた。
「わたくし、めぐみさんの通っている大学の学長をしております。めぐみさんとは中学からの御縁ですのよ」
「それはそれは。私たちは・・・」
「存じ上げておりますわ。めぐみさんは入学当初から引っ込み思案で人見知りが強くて、一番心配させられた生徒さんでしたわ。それがこんなに素晴らしいお友達が出来て。わたくし、どれほど安心しましたことか」
かなりのご高齢とお見受けするけれど、とても生き生きとして若々しい感じがする。
そしてなんだか楽しそうだ。
「改めて自己紹介させていただきますね。聖ジェノヴァーハ女子学院総長の森本と申します」
「森本様ですか」
「どうぞシスター・セシリアとお呼びください」
笑顔に笑顔で返そうとして、手にしたフルートグラスを落としかけた。
ハッと気を取り直して周りを見ると、みんなも私と同じような反応だ。
「「「セシリア様っ ?! 」」」
「マール、その呆けた顔を止めて口を閉じなさい」
「は・・・は、はいっ ! 」
マールが条件反射で背筋を伸ばす。
顔は真っ青で引きつっている。
・・・だろうね。
「東の諸島群で羽を伸ばしているそうですね。随分と気が抜けていますこと。帝国に帰国したら、ヒルデブランドで再教育をしますよ」
「え、そんなっ ! 」
「よろしいですね ? 」
ローエンド師が速足で近づいてくる。
その後ろからディノさんも。
だけど、それ以外にも何人か集まってくるんだけど ?
なんだろう、このベナンダンティ率の高さは。
それより、この状況をどうルーちゃんとアル君に伝えればいいの ?
「お待たせいたしました。皆様、会場へご移動をお願いいたします」
ああ、披露宴が始まってしまう。
もうっ、胸のドキドキが止まらないのは、ワクワクしてるからじゃない !
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