第384話 私はナラ・その2

 引きこもり部屋の調度類を壊しては直し、壊しては直し。

 そうやってルーちゃんに延々と脅しをかけられた結果、我が国の最高権力者は白旗を揚げた。

 既に発布してしまったので撤回は不可能。

 ただし、施行はルチア姫の結婚一周年まで延期。

 それで納得してくれたと皇帝陛下はホッとしていたが、私はルーちゃんがニヤリと笑ったのを見過ごさなかった。

 後々それが何を意味するのかわかったときは、「ルー、恐ろしい子 ! 」とフロラシーと叫んでしまったわ。



 そこからはそれほど目立ったことはない。

 北の王子様を大量のお土産つきで送り出したくらい。

 昔ギルマスが分捕ったお城の中身は売り払ってヒルデブランドの財産になったけど、中には売ろうにも売れないものがあった。

 歴代王族の肖像画とか、国宝とか王冠とか印璽とか国王と王妃のマントとか。思い出の品とか書類の山とか。

 ギルマスの冒険者の袋の中で場所塞ぎたからと、綺麗に梱包して船に乗せた。

 ついでに城が何故あの場所にあるかも教えてあげた。

 すると凄く困惑した顔で「その件はご内密に」と言われた。

 謎は謎のままにしておいたほうが神秘的でよろしい。

 もちろん正しい情報は記録として残して禁書庫行きにするそう。

 北の王子は中々できたお人のようで、侍女姿の私が宰相補佐の許嫁と知るとちゃんと態度を変えてくれた。

 ラーレのことを説明するととても悲しそうな顔になったけれど、彼女の為にも立派に国を立て直すよう尽力すると言って帰国していった。



 その後は私たちも西の大陸に向かった。

 そう、私とフロラシーもだ。

 ルーちゃんの世話もあるけれど、新人マールの教育も含まれている。

 フロラシーは各国の装束について調査を頼まれていた。

 今回のように突然他国の衣装を作らなければならなくなった時の為だ。

 それと西の楽器事情。

 これは皇后陛下からのお下知なのだけれど、どういう意図があるのかわからない。

 まあ、向こうで少しは甘い時間を過ごせということらしい。

 ついでに時々はパートナーとして社交もして来いと。

 面倒くさいことこの上ないが、私たちはやり切った。


 お茶会などで文化系マウントを取られそうになったけど、逆に倍返しにしておいた。

 そっちのベナンダンティが持ち込んだシェークスピア擬きとかプラトン擬きとかの文学の話題なぞ怖くもなんともない。

 なんで知っているかと聞かれたら、『英雄マルウィン』によってもたらされたと答えておいた。

 和歌の短さを意味のない詩だと馬鹿にして来た若造もいたけれど、一見情景をうたっているだけのように見えて、実は深い意味があるのだと懇切丁寧に説明してあげた。

 大卒のアラサー職業婦人をなめるなよ。

 ちなみにその時話題にされたのが「大江山」で始まるアレです。

 二重どころか三重の意味を込めて、最後に裏の意味で「自己紹介、乙 ! 」ってやつね。

 その若造はって言うと、お茶会や夜会に出てこなくなった。

 その後で親御さんが「愚息が失礼した」と謝って来たけれど、「我が国の文学に心寄せていただいて光栄ですわ」と返しておいた。


 ついでに冒険者仕事もしておいた。

 一応私もフロラシーも冒険者ギルドからの派遣という形で働いているから、冒険者証は持ってるんだよね。

 もちろん討伐なんかはしない。

 街専という屋内仕事限定だ。

 短期の侍女補佐の依頼をルチア姫から出してもらって、ガンガンと位階をあげた。

 ルーちゃんたちはと言うと、アバターを駆使して社交にダンジョンに討伐にとかなり羽を伸ばした。

 彼女は昨年こちらに来ているから、その時の知り合いが色々便宜を図ってくれたようだ。

 それと最初こそナントカの洗礼を受けたらしいけれど、その後は実力でブイブイ言わせてトップに成り上がった。

 要するに冒険者って強い奴が偉い奴だから。


 西の大陸から帰国した私たちを待っていたのは、ご老公様重体の知らせだった。

 帰朝報告やらをフルスピードで済ませて、本来参加義務のある『仕舞いの夜会』をブッチして領都に駆け付けた。

 領館にはすでにお方様と御前、次期様が到着していたが、ルーちゃんたちは間に合わなかった。

 

「春くらいから少しずつお痩せになって」


 その様子は四神獣から聞かされてはいた。

 領都を離れる前にアル君がある程度の治療をしていたけれど、やはり高齢ゆえ少しずつ弱っていったのだろう。

 北風王にしかじ早池峰はやちねが憑依していたピンクウサギのモモが、まるで励ますようにずっと枕元にいたそうだ。


『こやつも逝ったぞ』


 モモはご老公様と共に輪廻の輪を潜った。

 ルーちゃんは「一度くらいお爺様とお呼びすればよかった」と涙をこぼした。

 アンシアも「くそジジィ・・・」とエプロンで顔を隠した。

 豪快で大らかで明るく楽しいお人だった。

 念願だった『ご老公様漫遊記』を広めるという夢は叶ったのだから、きっとご満足されたことだろう。


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『大江山』は「あんさん、おふくろさんが代作してはるやろ」と難癖つけられたご婦人が「そんなことはしていませんよ」と返すお歌ですが、古典の先生に言わせると裏の意味で「そんなことを言うなんて、あなたこそいつも誰かに代作してもらってるんじゃないの ? 」と言ってるらしいです。

 先生個人の見解なので、実際はどうなんでしょうね。

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