第385話 私はナラ・その3

 西の大陸から戻って二年。

 ついにアンシアが嫁いで行った。

 その前日、晴れて正式な侍従になったマールに、ルーちゃんのことを何度も何度も頼んでいた。

 ただしドロップキックと真空飛び膝蹴り付きで。

 

「これでやっと蹴られなくてすむ・・・」


 マールほどアンシアの結婚を祝福した人はいないだろう。

 小っちゃくて可愛かったマールも少し背が伸びた。

 成長途上なのでまだ伸びるんじゃないかしらね。

 ヤンチャなところは影を潜めて、落ち着いて仕事が出来るようになった。

 侍従としてはディードリッヒ寄りのアル君タイプ。

 出しゃばらないで静かに控えている感じ。

 もっとも三人の兄たちが近侍を外れたらどう変わるか。

 それも少し楽しみだ。



 その一年後、今度はルーちゃんとアル君が結婚した。

 偽装結婚である。

 ちゃんとした結婚はあっち現実世界のが済んでから。

 この二人は結構頭が固い。

 その前に私たち四人は婚姻届を出して、二人の付き添いが出来るようにした。

 もちろんあっち現実世界では既に結婚していて子供もいる。

 だからこっち夢の世界では式は挙げなかった。

 ルチアお嬢さまのお式を優先してと言えば理解してもらえた。

 救国の英雄の結婚式と言うことで、王都を挙げてのお祭り騒ぎ。

 各国の王族も呼びもしないのにやってきて、ダルヴィマール侯爵家とグレイス公爵家はてんやわんやだ。

 そのほとんどを王城で引き受けてくれたから、なんとか一日乗り切った感じ。

 そして、その翌日の早朝。

 私たち八人はこっそり静かに王都を後にした。

 三組の夫婦とギルマスとマールだ。

 飛び出してきてしまった祖国に戻り、先祖の御霊に無事と婚姻の報告をするためだ。

 そしてアル君は医療の勉強をするので、帰国するのは早くて二年後。

 それを書置きして速やかに東の諸島群を目指した。

 例のご褒美騒ぎの時にルーちゃんが悪役スマイルを浮かべたのは、こうやって楽しい時間を稼ぐためだった。

 逃走経路は皇室の秘密の地下通路。

 気づいた時には後の祭りだ。

 あ、アンシアはもちろん置いていった。

 だってあの子、今一人目がお腹にいるんだもの。

 冒険者は引退しているしね。

 もう道は分かたれている。



 東への旅は楽しかった。

 四神獣とフェンリルのシロも一緒だったし、大きな姿に戻った桑楡そうゆのおかげで高い山もひとっ飛び。

 この旅のために馬も私たちも乗れるゴンドラをこっそり作っておいたんだよね。

 それを桑楡そうゆに吊り下げてもらうの。

 もちろんずっとそれでは旅を楽しめないから、運んでもらうのは難所と言われるところだけ。

 さすがに港には入らなければいけないので、海はちゃんと船で渡った。

 それでも大嵐にあっても凪になっても、ルーちゃんのチートな魔法で安全に航海できた。


 東の諸島群はジパングな文化で、思っていた通り全員黒髪と黒い目。

 食事も和食だし、きっと過去に日本人ベナンダンティがいたんだろうなと推測する。

 この世界を作った駄女神にも、東は和風というテンプレな考えがあったのかな。

 で、ナイフとフォークはなくてお箸や匙。

 朝食を食べようと初めて入った食堂では、頼んでもいないのに納豆や焼き魚がサービスとして出された。

 周りの人たちは綺麗に食べられるのかニヤニヤして見ていたけれど、食べなれた和食だもの。

 ありがたく美味しくいただいた。

 納豆に生卵をトッピングしたら「勇者 ?! 」と驚かれた。

 やっぱり卵の生食ってありえないのね。


「あんたたちよりずっと箸使いが上手だよ」


 食堂を出た私たちの後ろを女将の声が響いた。

 その後は私とフロラシーは街専の冒険者として、みんなは普通に討伐に護衛にと大活躍。


 里帰りとか言ってたけど、当然のことながら私たちの祖国である『豊葦原扶桑とよあしはらのふそうこく』なんてものは存在しない。

 だからもともとはどの国の出身かと聞かれても、「千年以上も昔の話なので」と誤魔化すしかない。

 そしたら 遥か昔に西に渡った子孫が戻って来たと評判になった。

 エイヴァンの帯の結び方やディードリッヒの刺繍。

 ルーちゃんの組紐など。

 今は廃れた礼法や忘れられた技術、文化を持ち帰った。

 そんな感じで大人気。

 諸島群がかつては一つの大陸だったという話も、歴史学者から「もっと詳しく ! 」と引っ張りだこだった。

 貴族や武家のお屋敷にまで招待された。

 私たちは参加しなかった。

 だって面倒くさいんですもの。


 だけどおかげでまともに冒険者仕事が出来なくなって、私たちはまたまた諸島群の中をウロウロし始めた。

 帝国を出てから一年以上が経っていた。

 そこでついに、先延ばしにしていた問題と向き合うことになったのだった。

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