第379話 マール君の大、大、大冒険 ! ・ その7
「ア・ゴーッ ! 」みたいな掛け声とドラムの音が聞こえてきそうな開き方をする門を潜って一時間。
ようやくお屋敷が見えてきた。
・・・でかっ !
「東京駅 ? 」
「うん、似てるね。でも奥はもっと広いよ」
侯爵家のご家族の専属と高位の召使はお屋敷の三階に住んでいるんだって。
見習いとは言え俺も姫の専属なので、兄さんたちの近くに部屋をもらえることになっている。
中は使用人用の隠し通路や隠し階段なんかあって、結構複雑怪奇な間取りになってるらしい。
矢印とか看板とかもあるけれど、万が一迷子になったら王家の
「色々あるんだ、面倒なことが」
正式な侍従になったら教えてあげる。
アル兄さんの穏やかないつもの笑顔が、なぜか今日は不安しか感じさせない。
俺、侯爵邸に向かってるんだよな ?
なんかとんでもない場所に行くんじゃないよな ?
「顔色が悪いね、マール。そんなに緊張しなくても大丈夫。すぐに慣れるよ」
「・・・はい」
お屋敷の車寄せが近づいてくる。
そこには数十人のお仕着せを着た人たちが立っている。
今日からの俺の先輩たちだ。
馬車が止まったので俺は慌てて御者席から降りる。
踏み台を用意して扉を開けるのは俺の役目だ。
まずはアンシア姉さんが降りてくる。
それに手を貸して二人で馬車の横に立つ。
続いて姫が優雅に現れた。
エスコートは筆頭侍従のエイ兄さんだ。
「「「お帰りなさいませ、ルチアお嬢様 !! 」」」
ズラッと並んだ使用人が一斉に頭を下げる。
俺も教えられた通り角度に注意して礼をする。
皇帝陛下には四十五度の礼。
皇后陛下ならびに王族には十度の礼。
他国の王にも十度の礼。
九十度は神様への最敬礼。
これを間違えると物知らずとか無礼者とか言われる。
深々と頭を下げれば良いわけじゃないんだって。
「ただいま戻りました。皆さん変わりはありませんでしたか ? 」
「みな息災に過ごしておりました。避難所も静かに春を迎えております」
「それは安心しました。マール君、いらっしゃい」
姫に呼ばれてお傍に駆け寄・・・ってはいけないので、ゆっくりと進み出る。
一緒にいるのは本宅の家宰モーリス様によく似たおじいちゃんだ。
「マール君、こちらは代々ダルヴィマール家に仕えて下さっている家令のセバスチャンさん。セバスチャンさん、お手紙でも知らせたけれど、
「マ、マールです。不束者ですが、精一杯頑張ります。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします ! 」
勢いよく頭を下げようとして、グッと我慢して十度で抑える。
ここで失敗したら、厳しく優しく指導してくださったセシリア侍女長とモーリス様に恥をかかせちまう。
「弟のモーリスからも知らせが来ています。とても熱心で、やる気だけは誰にも負けない真面目で教えがいがある少年だと」
やる気だけはって、それって全然ダメダメってことだよね。
いや、実際そうなんだけどさ。
あ、セバスチャン様ってモーリス様のお兄ちゃんなんだ。
どうりで似てると思った。
「正式な侍従になるのは成人を迎える十六。まだ時間はたっぷりあります。焦らず学んでいきましょう」
「はいっ、精進します ! 」
「元気があってよろしい」
俺は静かに兄さんたちの隣に戻る。
「ところでお嬢様。長旅でお疲れのところ申し訳ございませんが、急ぎで専属侍従の選定をお願いいたします」
「あら、なぜ ? マール君が加わって四名。もう必要ないでしょう」
階段に向かおうとした姫様が不思議そうな顔でセバスチャン様を振り返った。
「私一人にそんなに手をかけなくてもよろしいわ」
「いえ、実は皇帝陛下のご沙汰でございます。お嬢様の専属侍従の総入れ替えを行うようにと」
「・・・なんですって ? 」
姫が扇子をバサッと開いて口元を隠す。
驚いた顔を晒したくないんだろう。
「なぜ皇帝陛下が
「それは・・・」
アル兄さんの顔が怖い。
全然変わっていないようで、全身から黒いオーラが立ち上っている。
ディー兄さんからはギリッて歯ぎしりが聞こえてくる。
並んだ先輩使用人の皆さんは顔を青くして立っているのがやっとだ。
「セバスチャン様、私からご説明差し上げてもよろしゅうございますか」
階段の上から一人の侍女さんが声をかける。
セバスチャンさんがホッとした顔を見せる。
平気な顔しててこの人も怖かったんだ。
「ナラ、お願いします」
あ、この人がエイ兄さんの婚約者で筆頭専属侍女のナラさんか。
キリッとしててカッコいい。
侍女姿だから目立たないようにしてるけど、きちんとお化粧したらきっと美人さんなんだろうな。
と、その人はお腹辺りで揃えていた両手を腰に当ててグイっと胸を張った。
「細かいことはさておき、取り敢えず婚約解消しましょう、スケルシュ」
はい ?
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