第378話 マール君の大、大、大冒険 ! ・その6

 姫の帰還を歓迎する人の波は、大きな鉄の門の前で途切れた。

 ここからは貴族街って言って、高級住宅地になるらしい。

 さっきまでの大歓迎はないけれど、馬車を見ると歩いている人たちは止まって最敬礼をする。

そして立派なお屋敷の前にもたくさんの人たちが頭を下げている。

 そして馬車が通り過ぎるまでそのままだ。

 やっぱり姫は貴族の中でも一目置かれる存在らしい。

 一直線の大通りの向こうに大きな建物が見える。

 あれが皇帝陛下の住む王城。

 政治の中枢で兄さんたちや現侯爵が務める場所。

 出仕する貴族のお供は控室から出ることが出来ないけれど、兄さんたちには特別に許可がおりて城内を好きに動いている。

 皇帝陛下のお許しがあれば、俺も出入りできるようになるらしい。

 でもそれは秋くらいになるんじゃないかと言われている。

『大崩壊』で尽力いただいた西の大陸に、姫がお礼の親善使節団の一員として向かうからだ。

 当然その中には俺も入っている。

 西の大陸にはエルフとかドワーフとか獣人がいるっていうから楽しみだ。


 王城の正門に近づくと、左右に分かれてきっちりと制服を着た騎士の人たちが立っている。

 みんな剣を抜いて顔の前にまっすくに立てている。


「マール、捧げつつは知っていますか。あれはそれと同じもので捧げとうと言います。騎士団の皆さんがルチアお嬢様のお帰りを知って出迎えてくださっているのでしょう。お嬢様は『騎士団の女神』と呼ばれておいでですから」


 反応せずに黙って通り過ぎればいいんですよとアル兄さんは言うけれど、大きくひるがえる騎士団旗の中とか騎士様の服の模様の中に、姫のペットそっくりな可愛らしいウサギやらパンダやらを見つけて、いかつい顔の騎士様とのギャップに目を丸くしかけて、慌てて平常心を取り戻す。

 あれは一体なんだろう。

 さて、その正門前を右折すると、もう騎士様はいなくって俺たちだけになる。

 道の左右には俺の膝当たりまでしかない木が点々と植わっている。


「ここはダルヴィマール侯爵家の私道。以前は大きな木が植えられていたけど、すべて復興のために供出したんだ。今植えられているのは桜の若木。いつかここは花見の名所になるだろうね」


 人の目がなくなっていつもの口調に戻ったアル兄さんが説明してくれる。

 感覚としては三車線半。

 結構広い。

 大型の馬車が余裕ですれ違える。

 花の季節には屋台とか出せそうだなあとボーっと考える。

 そのうち駅前ロータリーのような広場に着いた。

 そこをグルっと回って向きを変えて馬車が止まる。


「ダルヴィマール侯爵令嬢ルチア姫のご帰還である。開門 ! 」


 エイ兄さんの声に大きな門の横から騎士様が現れる。


つつが無きご帰朝、お慶び申し上げる。いざ、奥にお進みあれ」


 すると門が左右ではなく大きな音をたてて上にスライドしていった。

 俺がポカンとしてるとアル兄さんは当たり前のように馬車を進めていく。

 あの、ここ侯爵邸だよな ? 

 要塞じゃないよな ?



 ダルヴィマール侯爵家別邸の門をくぐっても、いつまでたっても建物は見えない。

 どこからか長閑のどかな牛やら羊やらの声が聞こえる。

 ここは牧場か ?

 そんな長い時間でアル兄さんからエイ兄さんたちの婚約者さんについて聞いた。

 お二人ともベナンダンティで十年以上かけて距離を狭めていったこと。

『大崩壊』への対応であちらでも付き合うようになったこと。

 もうお互いの家への挨拶は終えて、五月の連休で結納をして年末までに結婚式を挙げること。

  

「ベナンダンティはこちらの人とは結婚できない。ベナンダンティ同士が結婚してもこちらでは子供は生まれない。それでも二つの世界のどちらでも一緒にいることを選んだ兄さんたちを僕は尊敬するよ」


 エイ兄さんもディー兄さんも純愛系なのか。

 人は見かけによらないってホントだな。

 それとそういった個人的なことを表に出さない兄さんたちはカッコいい。

 偉そうにしている俺の本当のにーちゃん。

 なんだかお子ちゃまに見えてくる。

 だってどう見たってアル兄さんの方が落ち着いて大人って感じるもん。 

 確かに二倍の経験してるんだからって言うのは簡単だけど、それだけでこんなに差が付くもんかな。

 違う人生を送ってるんだから経験値が増えて当たり前だけど、兄さんたち見てるとそれだけじゃないって感じる。

 それがなんなのか、俺にはまだわからない。

 だから兄さんたちを良く観察して、たくさん考えてたくさん練習して、少しでも兄さんたちに近づけるよう頑張るんだ。


 俺がそろそろ二桁になるそんな決意を固めた頃、馬車は漸くダルヴィマール侯爵家王都別邸が見えるところまでやってきた。

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