第376話 マール君の大、大、大冒険 ! ・その4
なんだかんだ言って、俺は異世界に馴染んでいった。
冒険者としても侍従としても中途半端なのはわかってるんだ。
だからこれをやれって言われたらやるしかない。
毎朝のバレエのレッスンも、毎晩の主要五教科の勉強も、無理矢理だけど逃げ出したり出来ない。
だって俺、ただの中学生だもん。
逆らえるわけがないんだ。
「
おふくろに言われてあれって思った。
「それに前みたいにドスドス歩かなくなったし。スマホも見なくなったけど、何かあったの ? 」
そうかな ?
自分では気づかなかったけど、やっぱり毎日の訓練の結果がこっちでも出てるのかな。
スマホ握りしめるの止めたのは、投稿小説サイトを見なくなったから。
つか見る暇が無くなったから。
兄さんたちからの要求に応えようとしたら、毎日の予習復習に宿題は欠かせない。
やらなきゃいけないことが多すぎて、ぼーっと楽しみにふけってる暇がない。
朝だってバレエの癖がついちまったから、起きたらすぐに基礎レッスンをしてしまう。
そう、俺の意思と無関係に体が動くんだ。
それと紅茶の入れ方。
これも復習の為に下校してから家で淹れてる。
一人分って訳に行かないから、おふくろにも飲んでもらってる。
教えてもらったことと、こっちでの教則本を読みながらの実践。
やっと濃くて苦い味から脱却して、普通に飲めるものを淹れられるようになった。
まだ温度計と砂時計頼みだけど、いつか兄さんたちみたいに茶器を触っただけで適温か当てられるようになるんだ。
それと茶葉それぞれの淹れ方とお茶請けにあった茶葉を選ぶ技術と知識だな。
もちろんお茶をサーブするときの姿勢なんかにも気を付けてる。
まあそんな風に日常生活がガラッと変わってしまった俺を、家族は不思議な目で見てる。
「まさかと思うけど、将来執事喫茶でバイトしようとか思ってないわよね ? 」
・・・母よ、俺は現役の侍従見習いだ。
そして俺の目標は姫に「マール君、美味しいわ」と言ってもらうこと。
今は「ありがとう」しか言ってもらえないけど。
◎
兄さんたちの特訓のおかげか学年末試験では学年一位になった。
親は喜んでくれたけど、答え合わせをした兄さんたちは「まだまだ鍛えがいがある」と満足してくれなかった。
だけど「あの状態からよくここまでやった」と頭を撫でてくれたから、俺はもっと頑張ろうって思った。
そしてじーちゃんがギルマスを引退して、なんとか俺が人前に出ても大丈夫と判断されて、じーちゃんを含む七人で王都に向かった。
王都には兄さんたちの婚約者さんがいて、一人は姫の筆頭専属侍女だから先輩として優しく指導してくれるはずだって。
馬車の御し方を教わったり、本物の魔物の討伐訓練をしたりして少しずつ花の都『オーケン・アロン』に近づいていく。
それで春休みに入ってしばらくして、楽しみにしているテレビシリーズが放映された。
半年に一度か二度しかやらないから、録画して何度も見返してる。
いつもは一人で見るんだけど、今日はなぜか家族全員集まってる。
「ひいおじいさんが後援していた若手のバレリーナが出るんだよ」
「写真集で話題の自衛官が出るのよ、楽しみ ! 」
大学生のにーちゃんと高校生のねーちゃんまでいる。
写真集って例の女子が夢中になってるやつだよな。
ドキドキしながら待ってたら、『三時間スペシャル』のはずが一時間半で終わっちまった。
ねーちゃんが見たがってた自衛官も最初にチラッと遠目で紹介されただけで、なんか盛り上がりに欠けた感じで脱落者ゼロ。
不燃焼気味で「もう寝ようか」とか解散しようとしてたら、いきなり『特別編』が始まった。
・・・兄さんたち、何無双してんだよ。
ばっちり向こうと同じ呼び方だし、立ち位置も同じだし、知ってる人が見たら正体バレバレじゃん。
傍目には冷静に顔色一つ変えずにやりたい放題してるように見えるけど、俺は知ってるよ。
テレビの中の兄さんたちは、もう嬉しそうにスタッフやキャプターをからかっている。
あれは俺相手の訓練と同じ動き。
めっちゃ手ぇ抜いてんじゃん。
一度じーちゃんとの本気の訓練見せられて、俺って甘やかされるって思ったもん。
俺が出来るギリギリのラインのもう少し上。
諦めなければついていけるくらいの速さと距離。
画面の中の兄さんたちはそれよりもさらに緩い感じで動いている。
楽しそうだ。
んでもってこっちの兄さんたちもカッコいい。
ディー兄さん、天上に張り付いてキャプターから隠れてるし、エイ兄さん街灯の上をジャンプして移動してるし。
何の特撮映画だよ。
「凄いな、自衛官って」
「すっごい素敵 ! 何もう麗しいし強いし、動きがきれい ! }
侍従仕事は優雅に上品に無駄な動きはしない。
バレエの練習の成果ってこんなところにも現れるんだな。
俺、こっちでも教室に通ってみよう。
どうせ親には何か趣味を持てって言われてるし。
それとアル兄さん、ミッションの一つ『街ピアノで一曲弾く』ってやつで、さりげなく難曲『ラ・カンパネラ』弾いてたよ。
「こいつ春から俺の大学の医学部に入ってくるんだぜ。バレエダンサーでピアノも弾けて剣も強いハンサムな医者って、なんのドラマだよ ! 」
にーちゃん興奮して声が大きくなってる。
おふくろも感心して見入ってる。
「本当ねえ、この子たちって何処を目指してるのかしら。でも綺麗だし人目を引くし、お父さんの会社のCMにどう ? 」
「ああ、一度広報に聞いてみよう」
親父、じーちゃんのグループの観光系を任されてる。
採用されたらこっちでも知り合いになれるな。
なんて考えてて気が付いた。
姫、じーちゃんの枕元で俺を怒鳴りつけた人だ。
・・・その節はさーせんでした。
俺、立派な冒険者と侍従になって、必ず姫のお役にたちますから。
あっちに行ったらエイ兄さんに「テレビ、見たか」って聞かれたから「見てません」って応えておいた。
世の中知らない方が良いってこともあるんだよな。
まああれだけやったんだから騒ぎにならないわけがなくて、『脱走中』板とか『自衛隊』板とか大賑わいだった。
現役自衛官だって人が「レンジャーだってあれは無理だっ ! 」って書いてたもんな。
公式動画なんかもあるけど、動画サイトに勝手に投稿されたのが海外で評判になって、『ジャパニーズ・ネイビーには本物のニンジャがいる ! 』って盛り上がってるらしい。
でも俺が言えるのはたった一言。
姫、かわいい !
だけど姫、『力が正義』って、違くね ?
絶対なんか言い間違ってるよな ?
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