第367話 別に人気者でなくてもいいんだけど

「ねえ、マール君。さっきっからヒロインのお話が全然出てこないけど、どうしてかしら」

「ヒロインって、あっ ! 」


 そうそう。

 君の目の前にいるのがヒロインの『ルチア姫』兼『冒険者のルー』ですよ。

 やっと気づいてくれたかな ?


「それで、ヒロインの評判は ? 」

「えっと、そのぉ」

「はっきりと言え」


 さっき攻略対象で一番不人気と言われたディードリッヒ兄様が促す。

 兄様、なんか口元が少し笑っているような。

 マール君はと言うと、なんだか気まずそうな、言いにくそうな、言いたくなさそうに口を開いた。


「えっと、ヒロインはですね。女子に言わせると自分の分身だから、顔さえよければどうでもいいそうです。で、男子はって言うと、その裏表ある性格が今一つ・・・」

「裏表 ? 」

「ひっ ! 」


 アルが笑顔で『威嚇』を放ってる。

 だめよ、脅かしちゃ。

 ちゃんとお話ししてもらえないでしょ ?


「そのっ、貴族令嬢の時と冒険者の時と、性格が全然違うから評価が分かれてるって言うか、全然別人格みたいで、どんな子かってわからないって」

「ふーん、それで ? 」


 アルの笑顔がなんか胡散臭い。

 あら、そんな表情もできるのね。

 でも、アル、そのあたりで止めてあげて ?

 相手はまだ中学生よ ?


「えっと、RPGのところ、印籠出すあの老舗時代劇そっくりだから、それのご隠居様のイメージもあって、手下を顎でこき使ってる悪役っぽくて、その」

「ふーん、お姉さまが悪役なんだぁ」

「ひっ ! 」


 アンシアちゃん、参戦。


「お、俺が言ってるわけじゃなくってっ ! 完璧すぎて手が出せないって、その、美少女だし、侯爵令嬢だし、でも冒険者の時と性格違いすぎて、なんだか信用できないって言うか、友達になりたくないって言うかっ ! 何かあったら切り捨てられそうでっ ! 」

「こいつ盛大に墓穴掘ってますよ、兄さん」

「アルとアンシアの怒りが半端ないな」


 兄様たちがあきれ返ってる。

 そっかあ。

 私って裏表があって、信頼できなくて、友達になりたくない人間だったんだ。


 ・・・頑張ってきたんだけどな。


 貴族令嬢としてお父様とお母様に御迷惑をかけないよう、冒険者としてみんなの足を引っ張らないよう、きちんとその場その場で使い分けてきたつもりだったんだけど。

 傍から見たらそんな人間に見えるんだ。

 あ、ダメだ。

 マール君の言ってるのはゲームのヒロインのことで、私じゃない。

 わかってる。

 大きく息を吸って平常心を取り戻す。

 それでも、ちょっとだけ涙を浮かべてしまった。


「よっくもお姉さまを泣かせたわね ! 」


 アンシアちゃんが新人マール君の襟首をつかむ。

 何もなかったように振る舞ったのに、アンシアちゃんには見られてしまったようだ。


「世の中は知っていても言っちゃいけないことで溢れてるのよ。それをまあペラペラとっ ! 」

「待って、アンシアちゃん。誤解だわ」

「お姉さまは黙っててください ! 」


 アンシアちゃんはマール君より背が高い。

 侍女仕事と冒険者で鍛えられたアンシアちゃんの腕力。

 片手で持ち上げられたマール君は足をプラプラさせている。

 あー、それ前に御老公様にもやったよね。

 そして今回は誰もアンシアちゃんを止めない。


「ねっ、マール君が言ってるのはゲームの中のヒロインのことよ。私とは全然別人なの。聞いたことを話してるだけで、彼がそう思ってるわけじゃないのよ」

「だとしても限度があります ! お仕置きしないと我慢できません ! 」


 いや、止めてあげて ?

 それより誰か引きはがして !

 マール君が死んじゃうから !

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