物語は続くよ どこまでも

第362話 兄様たちはうろたえる

 精進落としと言う名のこちら現実世界での初顔合わせ。

 リーズナブルだけど本場の人にも『マンマの味』と評判のイタリアン・ファミレス。


「つまり高級イタリアンではないし本場そのものでもないけれど、家庭料理を思い出させるってところだな」


 思い出させるというだけで、家庭料理そのものでもないらしいけど、日本でお店を開いているイタリア人シェフも時々食べに通っている。

 店の立て直しに効率化と生産性を学びにバイトに入ったミシュランシェフもいる。

 そんな話題をさらっと出せるのは、高校生と社会人との違いなのかな。


「社交界と同じだぞ ? さりげなく相手の興味をこっちに引き付けて、会話の主導権を握った上で情報を引き出す。もしくは誘導する。その為には引き出しはいくつあっても多すぎるってことはない。下らない話題だと思っても、アンテナはどこまでも張り巡らせておけ」


 パスタ美味しい。

 サラダも美味しい。

 だけど、物凄く気になることがある。


「ディードリッヒ兄様。あの、さっきからシャッター音が聞こえてくるんですけど」

「・・・料理の写真を撮っているんだろう」

「にしては目が合うと顔を背ける人たちが一杯・・・」

「お前たち二人が有名人だからだ。気にするな。慣れろ」


 会話術を学びたいなら対談なんかを動画で見るのも良い。

 そんなアドバイスで録画し始めたテレビ番組で、私とアルは驚愕の事実を知るのだった。



 ルールル、ルルル、ルールル、ルルル、ルールールールールールル


「お昼のひと時、皆様いかがお過ごしでしょうか。『とも子のおうち』の時間です。本日も素敵なゲストをお迎えいたしました。こちらのお二人です」


 画面には制服姿の二人の男性が映る。


安蒜あんびる止戈しかです」

五関ごせきあきらと申します」


「ようこそおこしくださいました。ご覧になっておわかりのように、お二人は特別職国家公務員でいらっしゃいます。そんな方たちが何故あたくしの番組にと思われますでしょうが、それはこちらをご覧いただきたいと思います」


 サッと一冊の本をカメラに向ける司会者。

 そこには逆光で黒い後ろ姿の二人の男性と遠くに煌めく波の写真。

 タイトルは『太洋兄弟』。


「演歌の雑誌ではございません。昨秋発売されました写真集でございます。老若関係なくご婦人に大人気で、安蒜あんびるさんと五関ごせきさんはそのモデルをされました」


 ゲストの二人は困ったような笑顔でうなづく。


「ご覧の通りルドルフ・ヴァレンティノの再来かと噂されるほどの目の覚めるような麗しい殿方で、来局されたときには俳優さんを見慣れた案内の女の子が思わず見惚れてお仕事を忘れてしまったそうでございます」

「大袈裟です。そんな特別な人間ではありません」

「まあ、安蒜あんびるさんたらご謙遜を。それを証拠に本来スタッフ以外立ち入り禁止のスタジオに、サインをもらおうと職員がつめかけております。あ、あたくしもサインをいただいてもよろしいかしら」

「サインの経験はありませんので、署名でよろしければ」

「ぜひお願いいたします、五関ごせきさんも」


 司会者が差し出した写真集に楷書で署名する二人。

 嬉しそうに受け取りスタンドに飾る司会者。


「職業男子の写真集はいくつかありますが、お二人のお仕事では初めてですわね。それではまずモデルに選ばれたきっかけなどからお聞きしたいと思います。このお話が来たときどう思われましたか ? 」


 司会者の問いにゲストの二人は声をそろえて言った。


「「あれは、盗撮です!! 」



 編集はしない。

 収録時間が延びれば前後編で放映する。

 そんな番組ポリシーのもと、写真集の裏話が続々と暴露される。


 広報写真の撮影が一回。

 それ以外は私服姿を含めて全て盗撮。

 そして写真集の存在は友人からの連絡で初めて知った。

 大抵の話題に動じない司会者が初めて狼狽する姿を見せた。


「で、でもこれだけ人気が出たということは、お二人にもそれなりのモデル料が入るのでは ? 」

「一切入りません。公務ですから」

「金一封もありません。ちなみに今日ここに来るまでの移動費は自腹です」

「ちょ、ちょっとスタッフさん ! お帰りはお車を出して差し上げて ! 」



 番組放映後、エイヴァン安蒜ディードリッヒ五関の周りは少し騒がしくなった。

 肖像権とプライバシー保護の観点から写真を撮るのを遠慮して欲しいと司会者とともにお願いしたので、カシャカシャというシャッター音はかなり少なくなった。

 少なくなっただけで無くなったわけではない。

 そしてなぜか省庁の門前に出待ちと入り待ちが現れた。


「・・・面倒だな」

「その通りです、兄さん」


 思えば上司命令での散髪禁止。

 切るなら省舎内の理髪店でと言われたあの頃から色々と計画されていたのだろう。

 それに気づかなかった自分たちは、バレエ団に騙されたルーを笑えない。


「かと言ってこのまま居座られてサインやら撮影やら強請られるのは迷惑だ」

「一時的なもので春には忘れ去られているとは思うんですがね」


 ストーカーや取り巻き連中を、ルーとアルは『目立たない』魔法で切り抜けた。

 神格を得てこちら現実世界で魔法の行使が可能になった二人もそれに追随する。

 ただし、『威圧』と『威嚇』で。

 寄るな、触るな、近寄るな。

 その冷たい態度に一気に人が減った。

 が、その「寄らば切るぞ」という尊大な態度に魅かれる者も一定数。

 

 そして「春には忘れ去られる」と言うディードリッヒの予想は、広報課の陰謀によって見事に裏切られることになる。

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