第360話 惜別の時
あの後ひ孫君は泣いてはいたけれど、大号泣はしなくなったらしい。
ただ病室の隅の方でシクシクと泣き続けていたと。
ベナンダンティ・ネット経由でタタンさんがそう教えてくれた。
私たちはヒルデブランド、タタンさんは王都。
「身内で初めての死ですから」
私は曾祖母で経験があるし、アルは病院の子だから小さい頃から人が死ぬということを理解していたらしい。
ある日、大切な人が突然いなくなる。
多感な時期のひ孫君には辛いことだろう。
曾祖母が亡くなった時の私は小学校低学年だったけど。
「おじい様大好きっ子で、孫やひ孫の中では一番懐いていたんですよ。親の言うことは聞かなくても、勉強嫌いのくせにギルマスに励まされたらビリっけつからトップ10に上がるくらいに慕っていたんです」
葬儀の日、そのひ孫君はもう泣いてはいないけど目は真っ赤だった。
一瞬だけ目があった。
私とアルに向かってペコリと頭を下げ、親族用のバスに乗る。
「ご出棺でございます」の掛け声と共に道の両端にたくさんの人たちが集まる。
「会長 ! 」
「ありがとうございましたーっ ! 」
「会長っ ! 」
霊柩車の移動に合わせて人の波が移動する。
おじいちゃま先生たちが車に向かって手を合わせている。
取り残された私たちはそんな光景をずっと見ていた。
「逝ってしまいましたね、ギルマス」
「ああ。夜には会えると言うのに、なんだか不思議な気持ちだ」
「私たちの時もこんな感じになるのかしら」
「あら、ここまで盛大にはならないわよ、ナラ。私たち一般人ですもの」
そんな声に目をやると、どこかで見たような制服姿の二人と、めちゃくちゃ美人なお姉さんが立っていた。
そのうちの一人は知っている。
バレエ公演の時に私の衣装を縫ってくれた人だ。
「ねえ、アル。もしかして・・・」
「うん、間違いないね」
私たちは気づかれないよう静かに近づく。
そして背後から声をかけた。
「ごきげんよう、エイヴァン兄様」
「お疲れ様です、ディー兄さん」
「ああ、お疲れ、って、おおっ ?! 」
振り返った制服組はイケメンだった。
個性派とかヘアメイクで誤魔化してるのとは違う、戦前の正統派俳優並みの美形だ。
いつも通り高いところから私を見下ろしているが、その目はびっくり見開いていて、口はポカンと開いている。
しばらくにらめっこが続いたが、数回の深呼吸の後にやっと口をきいてくれた。
「ルーとアルだな」
「はい」
「お前ら、俺たちが解るのか ? 」
「はい」
エイヴァン兄様がはあぁっと首を左右に振る。
「なぁんでバレちまったのかなあ」
「私とアルは魔術紋の違いが見えますから。今日も何人かベナンダンティの仲間が来てますよ。
多分仕事関係じゃないかなって感じで参加していたのは、某大企業の営業本部長の馬屋番さん。
すらっとした上品な和服は食堂のおばちゃんだ。
姿が全然違うので少し引いた。
「はあぁ、出会っちまったなら仕方ない。お前ら、この後用事はあるか ? 」
「特にないです」
「なら昼飯くらい奢ってやる。精進落としに付き合え」
「あ、ディー、私イタリアン・ファミレスがいい。パスタとかシェアしない ? 」
「ああ、あそこのハウスワイン安くておいしいのよね、フロラシー」
衣装のお姉さんがフロラシーさん。
キリっとした美女がナラさん。
無事に婚約できたのかな。
この後ちゃんと聞かなくちゃ。
「あら、めぐみじゃないの。あなたも来てたの ? 」
ふいに呼ばれて顔を向けると、そこには九州方面にいるはずの母が立っていた。
「佐藤一佐 ? 」
「珍しい組み合わせね。元気にしていたかしら。
兄様たちがピシっと敬礼する。
「今を時めく二人組がうちの娘と知り合いなんてね。どういう関係かしら」
「どういう関係と言われても・・・」
今を時めくって兄様たちのことかな ?
まあ、ここはアルとの出会いの延長線上の説明をすればいいか。
「なおとさんとはゲームで知り合ったんですけど、私の対番がなおとさんで」
「僕の対番が・・・」
アルはディードリッヒ兄様の名前が解らないので手と視線で示す。
「自分の対番が
「私の対番が亡くなった会長です。私たちは全員ゲーム仲間なんです。ゲームも終了したので最後にみんなでお別れに来ました」
あらまあ、不思議なご縁ってあるものねえと笑う母に、兄様たちは自分の婚約者ですとナラさんたちを紹介した。
「ところでお母さんはなぜここへ ? 船の方はいいんですか ? 」
「ええ、会長には色々とご教示いただきましたからね」
母から聞いたのはギルマスの経歴。
戦争中、片道切符で爆弾を抱えて敵の艦船に突っ込んでいくお役目。
ギルマスは出撃命令が出ないまま終戦を迎えたという。
「とても大切なことを教わったと思っているわ」
「・・・」
そうか。
アルを叱りつけたあの日。
なんであそこまで怒っていたのか。
そうなんだ。
だから、ギルマスは。
「じゃあ、私はもう行くわね。めぐみ、元気でね」
さすがに日帰りは疲れるわ。
そう言って母はさっさと去っていった。
相変わらず仕事優先だなあと呆れてしまう。
それでこそ私の両親なんだけど。
「よし、じゃあ行くか」
「兄さん、その前にコインロッカーから荷物を取ってこないと」
「ルーちゃん、パスタは何が好き ? 私はタラコとか明太子」
「ピザも頼みましょう。六人もいれば全種類制覇できそうじゃない」
三々五々去っていく人たちに紛れて、私たちは斎場を後にした。
夜になって
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