第356話 もう一人増えました

「今までは私が指示を出していたんだよ、ベナンダンティ・ネットは」


 ギルマスのベッドの足元に、この部屋に迎え入れてくれた男性が立っている。

 年のころは三十前後。

 優し気な雰囲気がギルマスにちょっと似ている。


「孫の丸山誠だ」

「丸山です。よろしくお願いいたします」


 筋肉質な感じのその人は軽く頭を下げた。


「本来は経済学部の出身なんだが、何を思ったのかスポーツジムのインストラクターで就職してね。そちらの方が水に合ってたのだろうけれど、まわりの評価は役不足ということで、今回無理に本部に引き抜いた」

「私はジムで子供たちの指導をしていたかったんですよ、おじい様」


 うちの傘下のジムに就職なんかしたからだよ。

 諦めなさいと言うギルマスに、丸山さんは困ったように笑う。

 どこかで見たような笑顔に確かにこの方はギルマスの血筋なんだと思った。


「この後エイヴァンやローエンド師にも引き合わせるつもりだけれど、まず最初に君たちに紹介したかったんだ」

「信じられないようなお話ですが、任せられた以上精一杯やらせてもらいますよ」


 微笑みあうギルマスたちに、私はこの部屋に入ってから感じていた違和感、異世界感を口に出してしまった。


「・・・タタンさん」

「え ? 」

「タタンさんでしょう ? 財政省の」


『大崩壊』の後、兄様たちと私たちは今までと違う魔力を感じていた。

 こちら現実世界での魔法の行使。

 それは神位を得たからだと思う。

 私たちは魔力の違いが解るようになった。


「タタンさんの魔力です。ギルマスと似てるけど、間違いなくタタンさんです」

「・・・さすが、ルチア姫ですね」


 去年ヴァルル帝国に来られたエルフのアマドール様は魔力の流れが見える方だった。

 そして魔力の性質や量も。

 けれどそれは本当に曖昧なもので、こうだとはっきり言えないということだった。

 今の私とアルは違う。

 魔力は人それぞれ違う。

 指紋のように完全に同じ人はいないのだ。

 はっきりとわかる。

 目の前にいる丸山さんは、『人間蝋燭ろうそく事件』の時エイヴァン兄様からただ一人文句を言われなくて、『領都対抗芸能合戦』でメインダンサーを務めたタタンさん。

 間違いない。


「驚いた。まさかこんな近くに仲間がいたとは」

「私もわかりませんでしたよ、ギルマスがおじい様だなんて」


 祖父と孫が驚きながら握手をする。

 私もアルも数奇な出会いもあるものだと少し離れてお二人を見守る。


「やれやれ、これなら死んだ後も心配ないな」

「そうですね。たくさん相談させていただきますよ、おじい様」

「何を言っているんだね。よほど困った状態でなければアドバイスなどしないよ。自分の力で頑張りなさい」

「昔の人は言っていますよ。立ってる者は親でも使え」


 まして死人はこき使え。

 つい呟いたらギルマスからこれこれと叱られた。


「さて、これで私の仕事はもう終わりだ。なんの後顧の憂いもない。後はあちら夢の世界で好き勝手生きるだけだ」

「そんな、急に旅立ったりしないでください。まだギルマスに教えていただきたいことは沢山あるんですから」

「ああ、まだ行かないよ。だって、君たちの結婚式を見なくちゃね」


 君たち。

 君たちって誰だろう。


「ルーとアルの結婚式だよ。アンシアの後で式を挙げるんだろう ? お方様から聞いているよ。こちら現実世界での式に合わせて冒険者としてもう一度挙げるってね」

「私と・・・アル、ですか ? 」

「他に誰かいるのかい ? 君たち、お付き合いを始めたんだろう ? 」


 お付き合い。

 えっと、アルに好きだって言われた。

 私もよくわからないけど、アルとずっと一緒にいたいって言った。

 アルに、オデコだけどキスしてもらった。

 だから、私たちは恋人同士で。


「お付き合いのその先は婚約、結婚だろう ? まったく、ルーは天然と言われているけれど、そろそろ先の未来を考えて然るべきじゃないかね」

「ギルマス、僕たちはまだ高校生ですから、そこまでは・・・」


 進路も決まっていませんから、とアルが勘弁してくださいと苦笑する。

 そうか。

 このまま大学生になって就職して、それでもずっとアルといたいって思ったら結婚するしかないんだよね。

 なんか顔が熱くなってきた。


「ゆっくり進んでいきますから、ギルマスは今まで通り見守っていてください」

「仲人というのを一度やってみたかったんだかね」

「出来ればあちら夢の世界でお願いします」


 色々と話し込んでいたら、アルの予備校の時間になってしまった。

 そろそろ失礼しようと腰をあげる。


「ギルマス、またお伺いしてもいいですか」

「もちろん。だって君は私の恋人だろう ? 」

「こいっ、えっ ?! 」

「ルー、ゲームの中の設定だよ。ギルマスも兄さんたちも攻略対象なんだ」


 乙女ゲームは男性キャラと恋を楽しむゲーム。

 と、言うことは、もしかして・・・。


「無理っ、無理ですっ ! 兄様たちと恋なんてっ ! 」

「だろう ? だからあのゲームには手を出さないほうがいい」


 待ってるからまたおいで。

 楽し気なギルマスの笑顔に送られて、私とアルは病室を辞した。


 兄様たちと恋人に ?

 なんか見てみたいような絶対ダメみたいなような。

 そうか、これが『怖いもの見たさ』っていう気持ちなんだ。

 えっと、もしかしてアルもそうなのかな ?

 アルのだけ見てみたいかな。

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