第335話 閑話・とある家令の昔語り
私の名前はセバスチャン・・・ではございません。
セバス・セバスティアが正式な名前です。
セバスティア家当主の長男は必ずセバスと名付けられます。
ちなみに弟はモーリスです。
セバスティア家は代々ダルヴィマール家にお仕えしております。
普通の貴族家と違うのは、長男は王都の別邸、次男は領都の本宅で使用人たちを束ねます。。
そしてセバスティア本家はその次に生まれた子供が男女関係なく継ぐのです。
現在セバスティア家の当主は年の離れた妹が務めております。
そして長男と次男には結婚する権利がありません。
一生を主の為に尽くす。
次に主にお仕えするのはセバスティア子爵家の長男と次男。
私たちはその育成をすればよいのです。
上の甥は私の下で次期家令として修行中。
下の甥は領都の本宅で弟にしごかれています。
三番目の甥は次期当主となるべく励んでおります。
二人の甥はどちらも優秀なのですが、ルチアお嬢様の近侍たちに比べると一歩どころか何周も遅れているのは認めざるを得ません。
それだけ彼らが優秀過ぎるのです。
いえ、立ち位置からして違うのでしょう。
彼らは侍従でありながら、生まれついての支配者階級なのです。
仕える者としてではなく、上に立つ者の目線で日々の仕事をこなしているのですから。
話がずれてしまいましたね。
そうそう、なぜ私がセバスではなくセバスチャンと呼ばれているかでした。
「アンナちゃんなの」
そう仰るシルヴィアンナお嬢様はその時二才。
領都の本宅から王都の別宅に移られて初めてのお目見えの時でした。
金色の髪と透き通るような青い瞳はご当主様ゆずり。
とても愛らしいお方で、私たち使用人はすぐにこの方を大好きになりました。
亡くなられたお母様は他国の低位貴族のご出身とのことで、お嬢様のお口振りにもところどころ砕けたところが見えました。
きっとお母様は愛情を込めて『アンナちゃん』とお呼びになっていたのでしょう。
「アンナちゃんはおかしをめしあがるわ」
「アンナちゃんをおだきもうしあげて」
使用人の言葉をマネされているのか、ご自分に敬語を使われるお嬢様のお可愛らしいこと。
甘やかし申し上げるつもりはございませんでしたが、侯爵令嬢としてのマナーをお教えする侍女長のメラニアよりも、親しくしていただいたかと思います。
そしてお嬢様が上京されてひと月ほどしたころでした。
突然お嬢様が私のことをこうお呼びになったのでございます。
「アンナちゃんはセバスちゃんが大好き」
持っていた書類を落としかけました。
『ちゃん』とは、私のような使用人をそのような温かい可愛らしい敬称をお付け下さるとは !
「セバスもシルヴィアンナお嬢様が大好きでございますよ」
一瞬で気を取り直してそうお返しすることが出来た私は褒められていい筈です。
その場にいた者たちは最速で去り、控室で大爆笑したそうですから。
その後メラニア侍女長から使用人に敬称をつけてはいけないと叱られておられましたが、「セバスちゃんはアンナちゃんの大切だから」と聞き入れていただけず、そのうち面白がってお館様までが『セバスちゃん』とお呼びになるようになりました。
あれから三十年近く。
いつしか私は『セバスちゃん』ではなくセバスチャンと呼ばれるようになり、その由来を知る者も今では少なくなりました。
なにしろ当のお嬢様が覚えておられないのですから。
ご養女のルチアお嬢様は私の事を『セバスチャンさん』とお呼びになります。
『ちゃん』に重ねて『さん』とは。
これは二重敬語になるのでしょうか。
私としてはぜひ呼び捨てにいていただきたいのですが。
「セバスチャンさんはこのお家の大切な人ですもの」
血の繋がりはないのに同じようにおっしゃる。
このようなお優しい方が次期ダルヴィマール女侯爵。
これからお仕えする者たちは幸せです。
たくさんのセバスがお仕えしてまいりました。
これからも多くのセバスがお仕えするでしょう。
ですが、『セバスちゃん』とお呼びいただけるのは私だけ。
ええ、私だけです。
すでに墓誌には『セバス・ちゃん・セバスティア』と書いてもらうよう遺言を残しています。
さあ、それでは今日も甥のセバスを鍛えましょうか。
最後の望みはたった一つ。
ルチアお嬢様のお子様を抱っこする栄誉に浴せますように。
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