第334話 まずは平常心を取り戻しましょう

『ざまあみろ、駄女神がっ ! 』


 この白い世界で出会った大御親おおみおや様。

 荘厳で冷静で慈愛に満ちた声が、突然豹変した。

 神様の声は音としては認識していないのだけど、なんだか高笑いまで聞こえてくるようだ。


『・・・すまん。少し喜びで興奮してしまった。このようなことは確かざまぁと言うのだったな』

「「「・・・」」」


 まさか神様の口からネット用語を聞く日が来るとは思わなかった。

 というかネット小説では読んだことがあるけれど、リアルで聞くのって初めて、だよね ?

 兄様たちも微妙な顔をしている。

 意味を知らないギルマスや現地人ロコの皆さんは、頭の上に見えないクエスチョンマークを浮かべている。


「あれだな。孫たちの会話をこっそり聞いていて」

「聞きかじった若者言葉を使ってみたいというジジババの、ですね。兄さん」


 エイヴァン兄様とディードリッヒ兄様がこそこそと話している。

 隣に目を向けると、アルがそうだよねと言いたげに微笑んでくれる。

 なんだか東西南北の時みたいに、尊び敬う気持ちが少し下がってきたような気がする。 


『コホン、それでどうしてこの世界が全き物になったのかだったな。まず先ほども言った通り、長い時間をかけて女神の力を排斥していったことが一つ。もう一つは四方よもの王の誕生だ。だが、前回はそれでは世界の完成には至らなかった。ではなぜ今回は成功したか』


 四神獣たちが私たちから離れてピッと整列する。

 

『それは放置された世界に新しき神が誕生したからだ』


 へ ?



 みんなの頑張りでこの世界から女神の力が消えて、代わりに新しい神様が生まれたと言う。

 さっきのざまぁにも驚いたけど、新しい神様の出現にも驚いた。

 私はナラさんの淹れてくれたお茶を一口飲んでハァッと息を吐く。


『この世界にいると言うことは、お前たちは魂だけの存在のはず。なぜ優雅に茶など飲んでいるのだ ? 』

『これは心の平安の為です』


 先程まで床に直に座っていたのだが、お願いだから精神安定の為にと我儘を言ってテーブルとティーセットを出してもらった。

 もちろんお茶請けもたくさん。

 光の珠の四神獣たちが自分たちは食べられないのにズルいと文句を言っているけど、そんなの私たちには関係ない。

 私たちだって実際には飲み食いはしてないんだからね。

 これは情報過多を整理して心を落ち着かせるための儀式です。


「ナラさん、このお茶甘くてとっても美味しいです ! 」

「学生時代に煎茶同好会に入ってたの。かじった程度だけど、お口にあってよかったわ」


 私たちが頂いているのは緑茶。

 紅茶ではなく日本茶。

 お茶請けはおせんべいにかりんとうにお香々こうこ

 後はクッキーやチョコレートとかのお茶会仕様でないスーパーの大袋のお菓子たち。

 お母様たちはおせんべいにバニラアイスを乗っけるという甘味テロをしている。

 アンシアちゃんと皇帝陛下はご家庭用チョコレートファウンテンに夢中だ。 

 非日常的な話題を消化するには当たり前の日常を。

 一通り食べてお茶のお代わりをしたところで神様から声がかかった。


『落ち着いたか。そろそろ続きを話してもよいか』

「はい。お待たせいたしました。よろしくお願いします」


 テーブルの上から茶器とお菓子が消える。

 私たちは背筋を伸ばして椅子に座り直した。


『正直な話、私も『四方よもの王』から先は賭けのようなものだった。世界の完成にこうすればこうなるなどと言う法則はないのでな。だから新しい神の誕生は思いもしなかった』


 おじいちゃま先生と同じことを言う。

 人生に公式はないって。

 なら決まった手順のない中で、どうやって世界が成ったのだろう。


『まず大地の王が生まれた。続いて天空の王が生まれた。そして大地と天を繋ぐ神獣が現れた。心通わせた結果として全き世界が生まれたのだよ」

「ああ、そういうことですか ! 」


 ギルマスがポンと手を打った。


「何かご存知なんですか、ギルマス」

「ルー、これは五行思想に似ているのだと思うよ」


 ギルマスがお願いしますと言うと、みんなの前にホワイトボードが現れた。

 ギルマスがそこに斜めに方角記号を書く。


「四神相応は知っているかい、ディードリッヒ」

「はい、確か東に青龍、西に白虎、南が朱雀で北が玄武ですか」

「良く知ってるな、ディー」


 そう言うエイヴァン兄様に『四方よもの王』について似たような話がないか調べてみたとディードリッヒ兄様が答える。


「四神が似ても似つかないというのは置いといて、中国由来で欧米には同じようなものは見つかりませんでした。詳しく調べればあるのかもしれませんが、さすがにそこまでしなくてもと」


 実際目の前に四神がいますからね、とディードリッヒ兄様は小さいほうの光の珠をツンツンと突っつく。

 多分あれは桑楡そうゆのほう。


「そうだね。有名なのは平安京だけれど、江戸でも採用されたという説もある。四つの方角を神獣に守らせるのは有名な話だけれど、実はあれには続きがあるんだ」


 ギルマスは方向記号の真ん中にまっすぐ上下に伸びる線を書いた。


「この四方の交わる中心にもう一柱の神獣を置く。そこで初めて守りが完成する」


 ホワイトボードに難しい感じが書かれる。

 ・・・読めない。

 

「これは騰蛇。『とうだ』と読む。なんてことはない、蛇だよ」


 他にも黄龍や麒麟きりんを配置することもあるんだよとその隣に書き加える。


「今回は天と大地の王が現れたことによって、より強固な守りとなって世界が完成した。それであっていますか」

『その通り。さすが英雄。この世界は安定し強固なものになった。もう女神からの、いやどの神からの干渉も受けない。魂を奪おうとする神も現れるかもしれぬが、これだけの守りを掻い潜って来られるだけの神力を持つ者もいまい」


 私の前にポンっ小さな光の珠が現れた。

 北と南がバスケットボール、西と東がハンドボールくらいとすると、この小さな光はピンポン玉くらい。

 それが私とアルの周りをホタルのように飛び回っている。


『それは生まれたばかりの神獣。まだ自我ももたない。これから少しずつ成長していくが、おまえたちはそれの兄としてよく導いてやるのだぞ』


 その声に応えるかのように五つの玉がクルクルと舞い漂う。

 よかった。

 これで後は『大崩壊』の魔物を退治するだけだ。

 新しく生まれた天と地の神様に感謝。


「それで、私たちもその新しい神様にお会いできますか ? できればお礼を言いたいんですけど」


 光の珠たちがピタっと止まった。

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