第330話 キスの余韻にも浸れない

 私のファーストキスはオデコでした。


 ダイレクトではなかったのは、アルが私に気をつかってくれたからだと思う。

 だって踊るとき以外は手を繋ぐだけだったもの。

 いきなりの唇では私がびっくりするだろうって考えてくれたのね。

 やさしいアル。

 それだけ大切に思ってくれたってこと。

 その想いに何を返せるだろう。

 でも、時間はたっぷり過ぎるほどある。

 ゆっくりゆっくり近づいていこう。


 と心を決めた次の瞬間、私は妙な浮遊感に教われた。

 遊園地のフリーフォールに似た無重力のような感じ。

 でも足はしっかり地面についている。

 

「アル・・・なんか、変」

「変なのは最初からだけど、また何か起こってる ? 」


 私を抱きしめているアルの腕に力が入る。

 その腕の隙間から恐る恐る周りを見渡す。

 すると私の目に飛び込んできたのは王都の屋根だった。

 と言っても見上げてはいない。

 いる。

 城壁も大聖堂の鐘楼も全て私たちの下にある。


「ルー、浮遊魔法、使ってないよね ? 」

「使ってない。だって足が地面についてるもの」


 地面というのは少し違う。

 展望台の硬質ガラスの上に立っているようだ。

 声も出ないでいるうちに。まるで透明なエレベーターに乗っているかのように王都から離れていく。

 上へ上へと。

 すると遠くに『大崩壊』で半壊になった街が見えてきた。

 きれいに整備されていた街道や畑が魔物に破壊されているのもわかる。

 私たちはさらに上に登っていく。

 小さく小さく見えるのはヒルデブランドの街。

 反対側には去年訪れたカウント王国に続く道が見える。

 もっともっと登って行くと私たちが住んでいる東の大陸の全体が見えてきた。

 そして西と南、北の大陸も。

 ポツンポツンと見えるのは東の諸島群だろうか。

 次は球体の世界が見える。

 そう思ったのに、景色は長方形の枠の中で止まった。


「・・・世界地図 ? 」

「なんだか古地図みたいだ、中世ヨーロッパの」


 アルの言うとおり、枠の外には何もなく、さっきまではっきりしていた世界が少しづつ変わっていく。

 王都オーケン・アロンの場所にはお城の絵が、ヒルデブランドの場所には砦のような絵が描いてある。

 砦の絵がある場所は各領都だろう。

 西の大陸にある穴の絵は多分ダンジョン。

 海には船や海竜の絵が描かれている。 

 

「・・・ゲームの世界だから、球体じゃないんだね」

「『エリカノーマ・アルティメットコレクション』には王都の地図しか載っていなかったけど・・・この世界はこんなふうなのね」


 木札がパタパタとひっくり返るようにして全てが木版画に変わる。

 すると地図の東西南北にはあの子たちの絵が浮き上がった。

 それはとても稚拙で滑稽で、ギロリとした目や口は決してあの子たちに似てはいなかったけど、辛うじてそうだと見えないこともないおかしさに私もアルも思わず声を出して笑ってしまった。

 そんな風にしばらく二人で笑っていたら、変化はまた起きた。


「アル、下から何か来るわ」


 私たちの真下。

 王都の方からぼんやりとした明るいものが立ち上っている。

 それはゆっくりと私たちに向かっている。


「ルー、上」


 アルに言われて顔を上げれば、何もなかった真っ暗な空間から同じような光が降ってくる。

 上からの光と下からの光。

 それが私たち二人を包んで合わさって一つの柱になる。

 それはとても暖かくて優しい、全てを包み込むかのような不思議な光。

 とても気持ち良くて、それに身を任せていると突然上からの光が陰った。


「あれ、なにかしら」

「黒・・・い、塊 ? 」


 名前、ください


「アル、何か言った ? 」

「いや、何も言ってないけど・・・」


 欲しい、名前。

 

「欲しいって」

「うーん、急に言われても・・・ルー、何か思いつく ? 」

「黒いから、クロ、は駄目よね」

「黒曜、も使い古されてると思う」


 名づけっていい加減な気持ちでやっちゃいけないと思うけど、今は色々ありすぎて熟考している時間はない。


「ありきたりだけど、ノワールでいいかしら」

「そうだね。仮名って感じで後でもう少し良いのを考えよう」


 だんだん近づいて来るその黒い塊に手を伸ばしたら、今まで優しかった光が急に閃光を放った。

 あまりの眩しさに目をギュッとつむる。

 そうしていたら、誰か知らない人の声が響いた。


『今ぞ、世界、成れり ! 』

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