第329話 この手は離さない
ラーレさんが死んだ。
いえ、それは
わかってる。
頭ではわかっている。
でも、目の前に残された彼女の足をみたら、とても冷静ではいられなかった。
ラーレさん。
トルコで生活していた彼女がベナンダンティになって四年。
たった一人で異世界に放り込まれ、そして酷い扱いを受けて来た。
夜になれば
逃げ場を求めて海を渡ってきたのに、私たちが保護するまでは生き残った仲間から虐待されていた。
そんな彼女がやっと明るく笑うようになったのに !
確かにアルにベタベタしていたときは良い気持ちではなかった。
でもそれは、アルが離れていってしまうみたいで悲しかったから。
アルの左手に誰かがふれているのを見るのが辛かったから。
ラーレさん自身を嫌いだとか憎いとか思わなかった。
北の大陸の鎖から解き放たれてみれば、ラーレさんは明るい普通の女の子だった。
だからこの『大崩壊』が終わったら、
それが・・・。
狼狽する私をアルは抱えるように立ち上がらせ、やさしく落ち着かせてくれる。
だけど、気が付いたら世界が変わっていた。
誰もいない。
私とアルだけの世界。
みんな消えてしまった。
みんないなくなってしまった。
次に消えるのはアル ?
それとも私 ?
「アルも・・・私をおいていってしまうのね」
覚悟はしていた。
一人で歩きださなくちゃって。
なのにアルったら、ハル兄様が幾つで亡くなったのか知っていた。
兄さまはずっと霊廟に籠っていて、最後の一年は四神獣たちとも口をきかなかった。
北と南が悲しそうに言っていた。
その辛そうな顔に声をかけることもできなかったって。
だから私もこの先の人生、ハル兄様と同じに一人きりで生きなければならないと思っていたのに。
「二百年、一人で過ごすつもりだったの ? 」
アルにそう言われて震えだすのが止まらなかった。
私の中では決着がついていたと思っていたのに、アルに言われてどれだけ孤独で寂しい人生になるか。
それを突き付けられて、もう何を言ったらいいのかわからなかった。
だから。
「僕はね、『
息が止まった。
本当に、空気を吸うことも息を吐くこともできない。
ドキドキを通り越して、私の心臓はボコンボコンと音を立てている。
アルが
アルは一体何を言っているの ?
「おかしくはないよ。だってギルマスも
「だって ! アルは、アルも一人きりになっちゃう ! 何百年も一人きりでっ ! 」
「一人じゃないよ。ルーがいる」
アルがギュッと私を抱きしめる。
「ハル兄さんのことを聞いて、ルーがずっと何に悩んでるのかわかったんだ。だから、東西南北に頼んだんだよ。僕を『
ずっとそばにいるって約束したよね ?
アルはそう言って微笑む。
「僕と、ルーと、四神獣たち。これだけいればきっと楽しく過ごしていけるよ」
「・・・」
「それとも僕と一緒じゃいや ? 」
嫌な訳がない。
アルが、アルが傍にいてくれるなら、長すぎる人生も辛くはない。
「・・・一緒にいてくれるの ? 」
「一緒にいさせてよ。僕を嫌いになるまで」
「アルを嫌いになるなんて、絶対ないわ」
絶対ない。
でも、アルの優しさと気配りに甘えている私が先に嫌われるわね。
私が抱えていた悲しみが、今、一つと消えた。
なのに涙が止まらない。
そんな私にアルは優しく話しかける。
「北の大陸に行こうよ。ギルマスが残してきたっていう海辺のお城が見たいな」
「・・・うん」
「僕たちの生まれ故郷にも行かないと」
「そうね、どこにあるのかしら」
「いろんな街に何十年か経ってから、孫です子孫ですってもう一度行くのはどう ? 」
「素敵だわ」
「西の大陸のダンジョンにも挑戦したい」
「私、得意よ。案内させて」
アルに言われると、一人寂しく暮らすはずの残りの人生が、とても素敵でワクワクするものに思える。
アルが好きだ。
恋してる、かどうかはわからない。
ただ、ずっとアルの側にいたい。
ずっとアルの手を握っていたい。
乙女小説の登場人物のような甘ったるい言葉なんて言わないアル。
でも、普通の言葉の端々が私を癒してくれる。
古い古い歌が頭をかすめる。
あの川を越えていこう、あなたとともに。
夢紡ぎし者よ。
心破りし者よ。
あなたとならどこへでも行ける。
二人で世界中を回ろう。
見るべきものがたくさんあるんだから。
虹のふもとを探しに行こう。
アルとだったらきっと、この世界の全てを見ることが出来るわ。
「最後まで、手を繋いでいてくれる ? 」
「もちろん。でも、先に逝ったらごめん」
私が先に逝くかもしれないわ。
それでも、暗闇のように感じていたこれからの人生が、穏やかなものに変わったのは間違いない。
「あの、ルー」
「なあに、アル ? 」
「キス、して、いい ? 」
・・・えっと、それって、私たち恋人同士になったから ?
して、いいんだよね ?
なんて返事をしていいのかわからないから、私はアルの目を見ずに何度も頷いた。
「ルー。
そんな初めから私を見ていてくれたの ?
全然気が付かなかったわ。
嬉しいけど恥ずかしくて、埋めていたアルの胸から目を閉じて顔をあげる。
そうしたら、私の額に柔らかくて暖かい物が一瞬だけ触れて離れた。
アルったら、こんな時まで紳士なの
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やっとここまで来ました。後少しです。
ルーが思い出したのは「ムーンリバー」という歌です。
映画の劇中歌ですが、とてもおしゃれですてきな映画です。
意訳ですのでツッコミはなしでお願いします。
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