第328話 三日目・夕方
九月に入ったばかりの王都は、夕方になってもまだ明るい。
この時間になってもまだ私たちは戦うことを止められない。
「ルチア姫、どうぞお休み下さい ! 」
「後は我々がっ ! 」
一緒に戦ってくれている騎士様や冒険者さんが労わってくれるけど、正直なところ一瞬でも気を抜いたら、急ごしらえのバリケードなど一瞬で突破されてしまう。
止まりたくても止まれないのだ。
「
そう宣誓した。
だから、戦う。
立ち止まらない。
戸惑わない。
明日は日曜日。
多少寝坊したって許される。
最悪アルと兄様たちは
兄様たちはお仕事はなくても溜まった家事とかリフレッシュとかしたいだろうし、アルは文化祭本番まで六日しかない。
とにかく倒す、倒す、倒す。
「第一
「
「酒屋ギルドから酒樽が到着しました ! 」
「砂の充填完了しています。各道路に配置します ! 」
衛兵隊の工兵部隊や冒険者ギルドの建築系の人たちが新しいバリケードを作る。
建築ギルドの人たちは参加していない。
彼らの出番は復興作業が始まってからだ。
『戦線が広がっている。救出部隊を下がらせろ ! 』
『はいっ ! 』
エイヴァン兄様からの指示で、その辺をウロチョロしている怪我人回収部隊に撤収を告げる。
貴族街へと引き上げる人たちを見送って前線へと戻ろうとした時、視界の隅をピンク色の髪が掠めた。
怪我人に肩を貸して城壁の秘密の出入り口に向かっている。
「ラーレさん、あなたも早く貴族街にもどって ! 」
「はい、この人を渡したら私も一緒に・・・」
『ルー、そっちに一匹行ったっ ! 』
アルがこちらに向かってくる。
ラーレさんが怪我人を城壁の中の人に渡す。
と、ラーレさんの姿が消えた。
「・・・ラーレ・・・さん ? 」
◎
ルーの前を恐竜型魔物が横切った。
僕はそれを切り捨てる。
「ラーレさん ?! ラーレさん ! 」
ルーの前には二本の足が残されている。
・・・ラーレさんは魔物に・・・。
「ルーっ ! 」
残された足が白く輝いて消えていく。
ルーはその光を両手でかき集めようとする。
そうしたらラーレさんが戻ってくるかのように。
「ルー。落ち着いて ! 」
「だってラーレさんがっ ! 」
「落ち着いてってばっ ! 」
光と共に消えたラーレさんの足に呆然としゃがみ込んでしまったルーを立ち上がらせる。
ルーは足に力が入らないみたいで、僕は彼女の背中に手を回して支える。
ルーの大きなエメラルドの瞳から涙が流れる。
「落ち着いてよ、ルー。僕たちはベナンダンティだよ」
「・・・」
「
しゃくりあげるルーの背中をトントンと叩く。
以前ルーが僕にしてくれたように。
しばらくするとルーの震えが治まってきた。
ホッとして顔を上げる。
と、僕たちは周囲の異変に気が付いた。
「アル・・・静かだわ」
さっきまでの闘いの音が一切聞こえない。
叫ぶ声も、剣の音も、魔物の咆哮も。
それだけじゃない。
「みんな・・・どこに行ったの ? 兄様たち、騎士様もいない」
「ルー、魔物が・・・」
さっき倒したはずの魔物の死体が消えていた。
「アル・・・」
ルーが不安げな目で見上げてくる。
その細い腕で僕にギュッとしがみついてくる。
その手に右手を重ねて、僕たちは歩き出した。
◎
いつのまにか僕たちのまわりから全ての存在が消えていた。
穴の開いた道。
落ちている剣や矢。
壊れた家。
なのに、生きているものだけがいない。
一度治まったはずなのに、ルーの身体がまた震えだした。
「兄様たちがいない。ギルマスも、騎士様も、誰もいない・・・」
歩くことのできなくなったルーが小さな声で呟く。
「みんな私をおいていっちゃう。誰も私の側にいてくれない」
夕焼になる前の少しだけ暗い空。
それが今は周り中セピア色になっている。
音が消えた。
風の音も、僕たちの足音も。
ただ、ルーと僕の声だけが響く。
「アルも・・・私をおいていってしまうのね」
「・・・」
ありがちな設定と展開。
なんでそんなことで悩むんだろうって思う。
だけど、それは全てを知っている読者の目線だからだ。
当事者にとっては本当に辛くて苦しくて。
それを嘲り笑うなんて出来るだろうか。
ルーの悩みも悲しみも、ルー以外の人には理解できないし共感もできない。
だから僕は、せめてルーの心に寄り添いたい。
「ねえ、ルー。知ってた ? 」
「・・・」
「ハル兄さん、結局二百五十才まで生きたって」
ルーの身体がビクッとする。
うん、知ってたんだね。
「最後の二十年は皇室の霊廟にこもって外に出てこなかったんだって」
「・・・アルは何を知ってるの・・・」
ルーの手が僕の服をギュッと掴む。
なら
だから北と南に問い詰めたんだ。
自分の子供どころか孫もひ孫も見送るまで生きた。
傍に四神獣がいたとは言え、どれだけ寂しく孤独だっただろう。
「ルー。ルーは
「・・・」
「二百年、一人で過ごすつもりだったの ? 」
腕の中の小さな体がガタガタと震えだす。
ごめん、ルー。
怖がらせるつもりじゃないんだ。
悲しませるつもりも。
ただ、一つだけ信じて欲しくて。
僕はずっと内緒にしていたことを告白した。
「ルー、僕はね、『
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