第315話 私、頑張ったはずだよね

 アルは色々と考えていた。

 色々との中身はほぼルーのことだ。

四方よもの王』になってから、彼女は使命感のようなものを感じているようだ。

 今まで通りに見えながら、先代の後を継ごうと思っているのか、同じようにこの異世界の国を守ろうとしているようだ。

 ずっと体中に力が入っているように見える。

 バレエ公演が終わってからは特にそれが強い。

 そしてあの頃からルーはアルと手を繋がなくなった。

 彼が手を伸ばしても、さりげなく避けられてしまう。

 時々泣きそうな顔をしていることに気づいているのはアルだけではない。

 そして護国の祠が消えた時、そっと触れた肩から力が抜けたのがわかった。

 やはり自分が傍で支えなければ。

 だから、そう思ったから、アルは四神獣を集めて頼み込んだ。


「おもしろいのお。今までそんな願いをする人間はいなかった」

「いなかったもなにも、我らは人を選んで姿を現しておるからな。あの娘にしても呼びつけようなどとせず時を待っていた」


 あの己よりも相手を気遣う質は、ベナンダンティならではだと北と南が笑う。


「ルーは自分の気持ちを他人に押し付けるなんて出来ないんだよ。だからこの間の騎士団での檄は凄く辛かったみたいだ」

「おもしろい見物みものではあったがな」


 四神たちはベッドの上で腹を抱えて爆笑した。


「それで僕のお願いだけど、僕じゃなくルーの為だって考えて欲しいんだ。言ってる意味、わかるよね ? 」

「ヘタレ・・・」

「タマが僕のことを好いていないってのは知ってる。だから、ルーの為なんだ」


 ヒヨコはアルの手でにクチバシをすりつける。


「娘のためにヘタレの手を取れと ? 」

「僕とタマの共通点はルーが大好きなところ。答えはわかってるばすだよ」

「まあ、そう言われたら断るのもどうかと思うが」

「我らは特に問題ないぞ」


 ギャイギャイと黄金の八頭龍が声を上げた。


「あれのためなら容易いことぞ」

「あの笑顔を曇らせるものは我らがゆるさない」

「ぐう・・・」


 六頭は寝ている。


「あのね、僕はやっとルーのオリジナル魔法『お取り寄せ』を覚えたんだ」


 アルはルーがやるように両手を前に出す。と、その手の平に取り寄せた者が現れた。


「こ、これはっ ! 『漆黒の稲妻』の箱買い ?! 」

「この黄色いのは・・・北の大地限定のっ ?! 」


 北と南がガバッとアルに詰め寄る。


「多分これ以外のものだって、僕が知ってるものならお取り寄せ可能だよ。こんなお礼しかできないけれど、それでもよければ少しだけ考えてくれないかな」


 アルは知っている。

 この誘惑に北と南が逆らえないことを。

 そして彼らをじっちゃん、じーじと慕っている西と東が反抗できないことも。


「それはとりあえず納めてもらって、返事は赤の狼煙が上がるまでに聞かせてもらえるかな。もちろん無理ならいいから。よく考えてね」


 とは言っても多分彼らは受け入れてくれるだろう。

 アルは自分の選択は間違っていないと自分の心に何度も言い聞かせた。


「願いを叶えなくともよいのだな ?! 」

「後から返せと言われても断るぞ ! 」


 うん、そう言うと思った。



「おかえりなさいませ、めぐみお嬢様」


 帰宅すると住み込みの家政婦さんが玄関で待っていてくれる。

 時間は八時。

 まだ山口家の皆さんは戻っていない。夕食は私一人でいただく。

 アルはこちら現実世界ではますます忙しくなった。

 二学期になって最大イベントの文化祭が二週間後に迫っているからだ。

 高校最後の舞台。

 練習にも勉強にも気合が入っている。

 そういえば衣装担当の用意した執事服が気に入らなくて、七海お姉さまの会社にお直しをお願いしていた。


「去年のを手直ししたんだけど、やっぱり着心地は悪いしパリッとしてないから執事っぽくないんだよ。お小遣いも増えたことだし、無理言って頼んだんだ」


 それで完成品を取りに行ったらなぜか元の服は返されて、新品の執事服が用意されていたんだとか。


「試着したらそのまま来客にお茶出しさせられたり、なんかポーズ取って写真撮られたり。お代はいらないからって働かされたんだ。なんだったんだろう、あれは」


 あれ、執事さんなんて雇ってるんですか。

 私の弟で山口波音なおとと言います。

 今日はお小遣い稼ぎに雑用をしています。

 もしかして今話題のバレエダンサーの方ですか。

 あら、よくご存知ですね。ええ、そうです。

 テレビで見ましたよ。

 あ、サインもらっていいですか。娘がバレエを習っていましてね。


 七海お姉さま、弟自慢がしたかったらしい。


「僕の文化祭が終わったら、春用のモデルを頼みたいって言ってたよ。事務所の方にはもう依頼を出してるって。勉強の邪魔にならないよう半日で終わらせるって言ってたから、お願いできる ? 」

「もちろんよ、アル。お世話になっているんですもの。お安い御用だわ」


 あのブランド、好きなんだよね。

 シンプルだけど地味じゃなくて、それで華やかな雰囲気もあって。

 二年前の服は千円以下じゃなきゃ買わないって決めてた頃から比べると随分な変化だと思う。

 たくさんの人に出会って、私は変わった。

 だから、その人たちの為に出来ることがあるなら、なんでも精一杯やりたいと思う。

 二つの世界のどちらでも。



 赤い狼煙が上がった。

 私はいつでも戦えるよう一日中ドレスではなく戦闘服を着ている。

 アンシアちゃんは冒険者装束だ。

 兄様たちとアルは執事服。

『ルーと素敵な仲間たち ( 仮 ) 』は黄色地区から魔物を追って来ていることになっているから、一人二役がバレないために着替えるわけにはいかないのだ。


 とはいえ王都周辺の魔物は狩りつくしている。

 これから来るのは祠の崩壊の反動で集まるものたち。


『ハールは帝国内の大型魔物が王都周辺に集まるようにしていた。そして当時の国境付にいるものは国外に出るようにしていたのだ』

『その時に王都が中心になるよう王城に印の魔法をかけた。だから魔物は王城を目指してやってくる。この国だけでなくこの世界全体から』


 北の大陸から使節団がやってきたのも、多分その影響ではないかと言う。

 だとしたら他大陸でもとんでもないことになっているんじゃないだろうか。

 海の向こうのこの国を目指して、湾岸地帯は大騒ぎになっているだろう。

 海と陸、両方で生きる魔物はいないみたいでよかった。

 西の大陸のゴブリンやオークはバカだから、あの大海原を越えることができるような船は作れないだろう。


「ところでルー。支援魔法の出来はどうだ」

「ばっちりです、エイヴァン兄様。なんたって三種の神器ですから」

「なんだ、それは。剣か、鏡か、勾玉か」


 いえいえ。

 三種の神器と言ったら洗濯機、冷蔵庫、炊飯器でしょう。

 白黒テレビが定番だけど、家事と言う点では炊飯器の方が上。

 次点で掃除機も入れておきたい。


「なんで魔法に家電が必要なんだ ? 」

「やだなあ、兄様。時短ですよ、時短。亡くなった曾祖母が、戦前は夜明け前に起きて火を熾したりしてたって言ってて、家事が楽になった、いい時代になったって喜んでました。だから、それを魔法にも使えないかって思ったんです」

「・・・意味がわからん」

「兄さん、ルーの頭の中身がわからないのは最初からですよ」


 あ、ディードリッヒ兄様。それって私を甘く見てますね。

 いいでしょう、この素晴らしい魔法の価値を身をもって経験してください。


「ディードリッヒ兄様、何か魔法を使ってみてください」

「魔法 ? なんでもいいのか ? 」


 フワッと小さなつむじ風が兄様の周りを舞い上がる。

 汚れを取って綺麗にする洗濯魔法だ。


「どうです ? 」

「・・・ルー、お前、何をやった ? 」

「うふふ、魔法に使う労力を減らしたんです」

「ディー兄さん、なにがあったんですか」


 驚いたまま固まったディードリッヒ兄様にアルが声をかける。


「何と言うか、魔力を使ったと言う感覚がない。魔力の流れをまるで感じない。何だ、これは」

「だから、魔力を効率的に使えるようにしたんです。当社比五割減ですよ。いつもの半分の魔力ですみますよ」


 洗濯魔法は無詠唱の中では生活魔法みたいなもので、それほど魔力を必要としていない。

 だからほぼ使っていないと同じように感じられるんだろう。

 さあっ、褒めろっ !


「ゲームだと魔法回復薬とやらを使って魔力を補充するんだが、最初から使う量を減らしておくってことか」

「効果は六時間。最初に私にかけておけば、結構な人数に使えると思います。どうでしょう」

「ルー、お前って奴は・・・」


 兄様たちが難しい顔をして黙ってしまう。

 あれ、どうしたの ?

 この魔法じゃダメだった ?


「兄さん、これは作戦を考え直すべきですね」

「ああ、ディー、そうだな。急いで各責任者を招集しよう、王城に行くぞ。お前たちもついて来い」

 

 アルとアンシアちゃんがバタバタと支度をする。

 ねえ、待って。

 誰も褒めてくれないの ?

 私の、私の成果ってどうでもいいの ?!

 誰か、ねえってばっ !

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