第316話 閑話・『大崩壊』までの色々

このお話はフィクションであり、実在する人物、団体、事件とは一切関係ありません。

ありませんったら、ありません。


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「エリカノーマ・ネクストジェネレーション」


 十六の侯爵令嬢が身分を隠して冒険者として活躍し、陰謀に立ち向かったり恋をしたりする波乱万丈の物語。

 細かいシナリオはまだ完成していないのだが、まず新人イラストレーターを集めてキャラクターデザインを決めようとしている。


「冒険者とお姫様だと明確な対比が必要だな。やはりお姫様の時は清楚に、冒険者の時は大胆にっと」


 男はサラサラとタブレットにペンを走らせる。

 指示書にはメインキャラクターの容姿と大まかなストーリー。

 シナリオライターたちはキャラデザが出来てから妄・・・詳しい内容を詰めるようだ。


「銀色の髪が映えるのは真紅か黒か。濃紺も捨てがたい」


 原作付きとは言えネット連載も持っている新進気鋭の漫画家。

 原作にはない色っぽいシーンがあるので原作ファンから批判の声が上がっているのは知っている。


「わかってないなあ。少年誌でもサービスがないと読者は逃げていくんだぞ」


 新作ゲームのキャラクターデザイン。

 コンペで数人が争うのだが負ける気はしない。

 受注できればアニメ化やコミカライズでどれだけの実入りがあるか。


「選ばれるのは僕だ。僕が一番に決まっている」


 そうやって描き上げたのは真っ赤なビキニアーマーの美少女。


『駄目だ、こやつは。こんなものは我らの娘ではない』

『こんなものが許されるはずがない』


 北と南はコンペ参加者たちを訪ねて進捗状況をチェックしているのだが、初っ端からこれだ。


「女冒険者と言えばミニスカ」

「ボンテージにガーターベルトはかかせない」


 レオタードにセーラー服にゴスロリ。

 彼らはゲームの趣旨を理解しているのだろうか。

 女性向け恋愛ゲームにエロな要素は必要ない。


『なんだ、あのメロンのような胸はっ ! 』

『あの馬のような尻などありえない ! 』


 ルーと思しきキャラクターがどんどんエロゲ仕様になっていく。


『やめろおぉぉっ ! 我の娘はそのようなはしたない座り方はせんわっ ! 』

『なぜだっ ! 何故そこでこのポーズを取らせるっ ! 』


 男たちの欲望は計り知れない。

 指定書にはしっかりと乙女ゲームと書いてあるはずなのだが。


『むむっ、このままではこのゲームは失敗する。なんとかまともな絵をかける人間をさがさなければ』

『元の絵描きは引退したというが、あれが手掛けてくれれば間違いないのだが。なんとかならないものか』


 光の珠であるのに神獣二柱は盛大なため息をつく。

 時間稼ぎのためのゲームだが、それでも納得のいくものを作ってもらいたいし、強制的にやらせている以上せめて儲けは出させてやりたい。


「・・・由良ゆら

「・・・早池峰はやちね


 これはもう、やるしかないだろう。

 かなり強引なやり方なのだが。


『制作責任者はオリジナルのファンだったはずだ。奴らのイラストがどれだけ酷いかを見せた上で原点回帰を吹き込むぞ』

『新人イラストレーターに疑問を感じてきたところで、ダメもとでオリジナルに参加を要請させる』


 製作スタッフの中には親の代からのファンもいる。

 あんなコスチュームのヒロインを採用するわけがない。

 そして引退してしまったオリジナルだが。


『まず友人から数年ぶりの新作ゲームの情報を伝えさせて・・・』

『オリジナルの夢に男どもの描いたイラストを見せると』


 そして近侍達の映像も。

 かなり面倒くさい込み入った手を使い、半年後に無事にオリジナルがキャラクターデザインに決定した。

 この時ルーは中学一年。

 まだベナンダンティですらなく、自分がゲームのヒロインになることも知らない。


『やれやれ。これでなんとか製作に入れるな』

『次はシナリオか。となると導入部分はあれしかないな』

『もちろんアレは外せない』

『当然アレは必要だ』


 時を遡ることが出来る神獣たちの行ったり来たりの暗躍は続く。

 問題のゲーム発売後『ベナンダンティ・ネット』は大爆笑と阿鼻叫喚で盛り上がるのだが、それはこの時間軸の数年後の話。



「ついに赤い狼煙が上がりましたね。こうやってお茶を飲めるのは後数日と言ったところでしょうか」


 ダルヴィマール侯爵邸の客室。

 ギルマスが滞在しているその部屋には、エイヴァンとディードリッヒが訪ねて来ている。


「ルーが構築した新しい魔法。すばらしいね。あの子は本当に突拍子もないことをする。見ていて飽きないね」

「・・・傍にいる俺たちからすれば、ろくでもないことしかやらない迷惑娘ですがね」


 まあ確かに面白いことは面白いんですが、とエイヴァンは続ける。


「で、アルの奴が突然すっきりした表情になりました。この間まで何か企んでいるような目をしていたんですが」

「そう言えばそうだね。でも、エイヴァン。悪さをしそうな感じではなかったと思うんだが」

「どーせルー絡みですよ、ギルマス。あいつは自分からなにかしたいとか欲しいとか言いませんが、ルーのことになると目の色が変わる」


 アルはこちらの世界に来てから、一度だって我儘を言ったことがない。

 対番であるディードリッヒの助言を素直に受け入れ、冒険者としての仕事に励んでいた。

 欲しい物はないか、食べたい物はないか。

 そんな問いにはいつも「特にないです」と言う。

 それがルーが現れてからはあそこに行きたい、あの依頼を受注したいと言うようになった。

 ただし、全てがルーありき。

 この依頼はルーのいい経験になる。

 ルーが少し疲れているみたいだから、あの店でのんびりさせたい。


「もう、生活のすべてがルーの為なんですから、なんと言うか、もう甘々のデレデレで、高校生の恋愛ってあんなあからさまなもんですか。しかもそれは全然ルーに伝わっていない」


 呆れかえった風のエイヴァンに、ギルマスは笑いをかみ殺す。


「私の若い頃とは価値観も違うし、なんとも言えないね。それに君たちだって高校生だったことがあるだろう ? その頃のことを思い出せばいいんじゃないかね」

「俺は決めた未来のためにやるべきことをやっていましたから。女子とベタベタしている暇なんかなかったんですよ。第一、モテる面でもありませんでしたからね」

「俺も兄さんと同じです。夢をかなえるのに精いっぱいで、色恋沙汰なんてどうでもよかった」

「やれやれ、君たちときたら」


 二つの世界を行ったり来たりして、夢に全力で向かっていって。

 確かにそこに恋愛要素は必要なかったのだろうが、その年齢でしか味わえない経験や感情があるということに気づいていない。

 それもまた彼らの選んだ道かもしれないが、やはりもったいないことをしたとギルマスは思う。

 

「君たちは二人を愚かしいと思うかもしれないが、あの振舞いこそが年相応だと言えると思うよ」

「年相応、ですか」

「愛情の表現なんて年齢によって色々だよ。幼稚園児がいつでも手を繋いでいたいとか、小学生があの子の隣の席に座りたいとか。みんな全身で好きだと伝えているんだ」


 よわい九十余才。

 孫どころかひ孫もいる。

 彼らの可愛らしい恋愛事情は、そんな感情を抱くことすら自分に許さなかった身としては羨ましくもある。


「恋をしているとして、あの二人は少し幼い感じがするね。高校生なんてもっとギラギラして相手しか見えないものなのに、どちらもきっちりとセーブしている。なのに束縛したい、誰かに触れられたくない。そんな矛盾した気持ちもある。可愛いじゃないか」

「・・・可愛いんですか」

「無邪気で、浅ましくて、愚かで、突っ走ることしか知らないのが若い子だよ。なのにあの二人は待つということを知っている。『大崩壊』が終わったら、いつか暴走するんじゃないかな。まあ真面目な二人のことだから、受験が終わって高校を卒業する時期がゴールだろう」


 その日が楽しみだよと笑うギルマスは、ところでとグイっと二人に身を乗り出す。


「君たちの方はどうなんだい。年齢的にそろそろ、だろう。さあ、白状したまえ」

「俺たちですか。さして面白い話はありませんよ」



「すごいわ、エイヴァン。ちっちゃなお祭だと思ってたのに、すごい盛況 ! 」

「おい、はしゃぐのはいいがはぐれるなよ」


 ナラは広い敷地の模擬店や浴衣姿の子供たちに目を輝かせる。


「習志野ってついてるけど住所は船橋なのね。不思議」

「ずいぶんと行政区がクルクル変わったらしいからな。戦前からの名前を引き継いでるんだ。しかし、本当にここでよかったのか ? 都内ならもっとおしゃれなイベントがあるだろうに」

「そういうのは見慣れてるからいいの。こんな近隣住民と触れ合えるような大きなイベントってあまり行く機会がなくて。ありがとう、連れて来てくれて」


 ものすごい勉強になると微笑むナラは、興奮した様子であちこち写真を撮ったりメモを書いたりしている。

 小さなイベントプランニング会社の社長として、どんな小さな情報も次の仕事に生かしたいと思っているのだろう。

 

安蒜あんびる、おい、おまえ、安蒜あんびるだろう ?! 」

「あー、もしかして若杉か ? ずいぶんと筋肉がついたなあ、じゃない。よく俺がわかったな。帰省したら親以外別人扱いされたのに」

「噂は聞いてるからな。三十キロのダイエットに成功したんだって ? 」

「訂正してくれ。四十キロだ。久しぶりだな」


 こちら現実世界での変化をダイエットでごまかす。

 実際、無駄な筋肉が無くなっただけでガンガンと体重が減っていった。

 今では立派なモデル体型だ。

 あまりの変化に上司からは検査入院を勧められた。

 もちろん完全健康体である。


「こんにちは、お嬢さん。安蒜あんびるとは大学で一緒だった若杉太一と言います。もしかしてこいつの彼女さんですか」

「はじめまして。奈良美笛みてきと申します。まあ、ええ。そんな感じですか」


 ちくしょう、痩せた上にこんな綺麗な彼女まで。

 お前、どこかで闇討ちに会うぞ。

 そう言ってからかう元同級生は、今度飲みに行こうと言って去って行った。


「楽しい人ね。ところでディードリッヒも来てるですって ? 」

「ああ。空挺館の前で待ち合わせている。そろそろ行くか」


 その後ダブルデートの美男美女の二組はパシャパシャと盗撮されまくるのだが、それがとんでもない結果になったのは本編と全然関係のない話。

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