第314話 そして、始まった

 夏休みが終わった。

 

 私の自家用車登校は続いている。

 どうも夏休み中に学校周辺をうろつきまわる連中がいたらしい。

 男性だけでなく一眼レフカメラを抱えた女性もいたそうだ。

 女子校ということで同性の方が不審に思われないからという理由らしい。

 おまわりさんが登下校時間に自転車で回ってくれているし、学校近くにお住まいの方も気にかけて下さってるそうだ。

 安全のためにどこに行くにも執事係の津島さんが付き添ってくれているので、どれだけご迷惑をかけているのかと本当に申し訳ない。


「めぐみお嬢様を最優先でと申しつかっておりますから、どうぞお気になさらず。そろそろ津島と呼び捨てになさってくださいね」


 無理です。

 ずっと年上の男性を呼び捨てなんて出来ません。

 セバスチャンさんにも出来ないのに。

 私、平々凡々な庶民ですから。

 

 学校からの説明だとカメラ抱えて張っている人たちは、新聞社や出版社に所属はしていなくて、いい写真が取れたらそれを売り込みに行くお仕事をしているらしい。

 どうしてそんな人たちが私をターゲットにしているかと言うと、やはり『トーシューズに画鋲事件』が関係しているらしい。

 あの人たちは少しでも話題になりそうなことには飛びついてくる。

 私に非が無くてもやってくる。

 でもあれはもう終わったこと。

 話し合いは済んでいる。

 だから犯人捜しで盛り上がっているサイトには、弁護士さんがきっちりと話をつけてなにかあればこちらへどうぞと書いているみたいだ。

 みたいというのは、私やアルはもう関わらないようにと言われているから。

 今は受験勉強に専念しなさいと言われている。

 それでもやはりアルのご両親にはご迷惑をかけているという気持ちはあるので、通いの予備校はこの夏で止めた。

 今はネット授業の塾を利用している。

 学校、バレエ、下宿。

 これが今の私の生活。


 そういえば夏の公演。

 あれの出演料がかなりの額になるらしい。

 なんでもイギリスでの分も上乗せされているとか。

 貯金が増えたと喜んでいたら、津島さんから確定申告した後が本当の収入だから気をつけてと注意された。

 消耗品とかの必要経費をきっちり出さないと、税金をさらに払わなければいけないかもしれないんだって。

 私。知らないことがいっぱいある。

 レシート全部取っておいてよかった。

 アルも最初の契約書よりも支払われるって言ってた。

 でもそれは慰謝料みたいのも入ってるから、次からはもっと少ないんだって。

 お小遣い月に五千円なんて高校生の金銭感覚のままではいけないと津島さんからまた教えられた。

 まあ今のところギリギリ扶養家族からも外れないし、あまり心配はしなくていいとは言われている。

 これからも舞台出演するのなら、青色申告するようにって。

 アルの家の財政関係を全部取り仕切っている人だから、下宿している間にたくさん学びたいと思う。



 黄色の狼煙が上がってしばらくして、やり過ごしたという合図の狼煙が上がった。

 だがその数は一つ足らなかった。

 潰されてしまったのか、狼煙を上げるゆとりもないのか。

 だがそれを確かめに行くことは出来ない。

 祠が消滅したからだ。


 やり過ごしの狼煙が上がる少し前。

 突然地震みたいなものが起こった。

 下からズンと突き上げるような強い衝撃が一度。

 それが収まるとガラスが割れるような大音響が響き渡った。

 何かが消えていく。

 王都を囲っていた優しく温かい何かが失われていくのがわかった。

 あれはハル兄様の魔力。

 この物凄い消失感。

 それと反比例するかのように王都に向かってくる魔物の気配もまた感じられた。

 

『この土地に住まう者よ。今、初代皇帝の守りが消えた』


 王都中に力のこもった声が響く。

 これは北、早池峰はやちねの声だ。


『速やかに城壁より離れ避難せよ。決して王都を離れてはならん。生き延びたければ指示された避難所に向かえ』


 侯爵邸の中が慌ただしくなるのが聞こえてくる。

 かねての予定通り避難民のさらなる保護に動き始めるのだろう。

 私は窓の外から目が離せない。


 私には見える。

 ハル兄様の魔力が煌めきながら消えていくのが。

 アルや兄様たちにも見えるようだ。 

 三人とも窓の外を何かを思うかのように見上げている。

 ありがとう、ハル兄様。

 帝国をこんなにも長い間守って下さって。

 今からは私が、私たちが兄様が作り上げたこの国を守り抜きます。


「・・・ルー」


 どうやら私は泣いていたようだ。

 涙を拭いてくれたアルは、後ろから私の両肩を抱いてくれる。

 私たちはキラキラと輝くハル兄様の魔力の最後の一つが消えるまで空を眺めていた。



 そこからはとにかく時間との闘いだった。

 城下町の住人の避難。

 寝たきりのご老人や家にいるのが一番安全だと言う人たちを説得するのに苦労した。

 街の人や親戚、騎士様が言っても門前払いされる。

 仕方がないのでルチア姫とその近侍の出動だ。


「おじいさま、ここまで長生きされたんですもの。もう少し人生を楽しまれてもよろしいでしょう ? 」

「もう十分生きましたで、若い人にご迷惑をかけるくらいならいっそここで・・・」

「迷惑だなんて。お年寄りは国の宝ですわ。もっと長生きなされませ」


 アンシアちゃんがさっさと荷造りする。

 私は片足を引きずるご老人を支えてゆっくりと歩く。

 お一人様、確保。


「おばあさま、僕がお連れしますよ。あちらには介護する者も揃っておりますから、どうぞご心配なさらずに」

「あらあら、まあまあ。こんな素敵な殿方にお姫様みたいに運んでいただけるなんて。長生きはするものですねえ。あの世で夫が嫉妬しておりますよ」

「ではたくさん焼きもちを焼いていただきましょうね」


 おばあさんの顔が少し赤くなっている。

 幾つになっても女は女。

 美青年にお姫様抱っこされて嬉しくない女性はいない。

 でも、アル。

 あなたが運ぶ必要はないと思うの。

 ディードリッヒ兄様がいいじゃない。


「お姉さま、お口がへの字になってますよ」


 アンシアちゃんに言われて慌てて扇子で口元を隠す。

 べ、別に嫉妬なんてして・・・少しはしてるかも。

 アルがお姫様抱っこするのは私だけ、で、ありたい。


「これでほぼ避難は完了か ? 」

「はい、城下町で残っているのは冒険者くらいです。後は彼らが泊まっている宿屋とかですね」


 エイヴァン兄様とディードリッヒ兄様が住民リストをチェックしている。

 平民の暮らす城下町は今はゴーストタウンになっている。

 貴族街の公園やダルヴィマール侯爵邸の広大な敷地に作られた避難所に移動しいるからだ。

 もう王都から出ることは難しい。

 外の農地の作物は所有者の許可を得て収穫し、国が買い上げて宿屋や避難所におろしている。

 もちろん冒険者からは宿泊代や食事代は受け取らない。

 危険な仕事をしているのだから当然だ。

 そして宿屋には皇室から費用が払われている。

 一日の終わりのお酒も用意したのだが、夜中になにかあったら動けないと、冒険者のほうから断られた。

 全てが終わったら大宴会をするから、その時は心ゆくまで飲ませてくれと言われている。

 彼らの心は「『大崩壊』早く来い」。

 どうせ避けられない事態なら、準備万端して立ち向かうほうがいい。

 さすが高位冒険者たちだ。

 近頃は騎士団とともに集団で討伐に出ているそうだ。


「ルー、新しい魔法の構築は順調か ? 」

「うーん、あともう一息ってところです、エイヴァン兄様」


 詠唱魔法十倍速とか考えたけど、結局のところ本人の持つ魔力には上限がある。

 そこのところをなんとか出来ないかとみんなに相談していた。


「お姉さまなら簡単に作れるって思ったんですけど」

「信頼してくれてありがとう、アンシアちゃん。でも私の場合は想像力がメインだから、はっきりとイメージできないと難しいのよ」


 こうぼんやりしたものはあるのだけれど、今一つ形に出来ていない。やっぱり詠唱魔法は楽だと思う。

 決まった文言で発動できるものね。



 屋敷の者が寝静まり、夜警の靴音だけが響く。

 そんな時間にアルはまだ起きていた。


「東西南北、ちょっと来て」

『なんじゃ、こんな時間に』

『また我らを一括りにしおって。少しは敬意というものをだなあ』


 アルのベッドの上に四柱の神獣が現れた。


「呼びつけてごめん。でもみんなに頼みがあるんだ」

『ヘタレの頼み ? 聞くだけなら聞いてやる』

「聞くだけじゃなく叶えて欲しいんだよ、タマ」


 いつもと違うアルの様子に、四神はさてさてどんな頼み事かと彼の近くに寄っていった。

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