第313話 根回しと過去を語るのも老人の仕事

「騎士団の討伐経験は順調に進んでいるようだな」

「はい。冒険者からの指導の後、自主的に外で魔物狩りをしております。もちろん通常勤務に支障の出ない範囲ですが」


 騎士団総長は配られた資料に目を通して満足そうに頷いた。


「やはり討伐の専門職から教わったことがよかったのだろう。特にこの四人の冒険者に指導を受けた者たちの成長が素晴らしい。一体どんな内容だったのか」

「は、それは。はい。素晴らしいものだったと・・・」


 第五騎士団長が引きつった顔でモゴモゴと答える。

 彼らの訓練に参加した他の団長たちも。

 あの一日をあまり思い出したくないのだが、あれのおかげで部下たちは慣れない討伐にも冷静に対処できるようになったと報告があった。

 そんな姿に総長は隣に座った人物に声をかける。


「いかがでしょうか。何か気になる事などありましたらぜひご意見を」

「そうだね。さすが騎士団というところかな。登録したばかりの冒険者よりも飲みこみが早いし、なにより基本的な技術を持ち合わせている。『不可ふか』になったばかりだと、剣を握ったこともない子供がほとんどだからね」


不可ふか』とは冒険者見習。

 色々な修行を終えて正式な冒険者と認められると『』という最低ランクを与えられる。

 つまり栄光ある騎士団は駆け出しの冒険者よりはマシと言われたということだ。


「それとその四人は・・・ああ、ルーのところだね」

「ルー ? 他の冒険者は二代目と呼んでいたようですが ? 」


 それはね、と白髪の参加者は言う。


「私の最初の二つ名と同じだからだよ。似たような名を付けられた人もいたと思うんだが、なぜか彼女だけが私の跡継ぎと認められたようでね」

「確かに、現役時代のあなた様と同じような破天荒振りらしいですな、マルウィン様」


 総長はニヤニヤとかつての師匠の顔を見る。


「いやだなあ、そんなことはないだろう ? 」

「何を仰います。カウント王国にテミドール王国。西や北の大陸でもお楽しみだったようで。確か南と諸島群以外は回られたようですな」


 そういえばあんなこともこんなこともありましたかと総長は続ける。


「あなた様に必ず糧となるからと二角紅オオカミの集落に放り込まれた時は、生まれ変わっても決して冒険者にだけはなるまいと心に誓ったものです」

「おおげさだなあ。ちゃんと無事に帰ってきたじゃないか。実際あれで君は冒険者として一皮も二皮も剝けた。そうだろう、アロイジオ君 ? 」

「依頼は冒険者の基本を教えることで一流の冒険者にすることではない。父がそう言って私を騎士団に放り込んだ時は、ああ、これで寿命を全うできそうだと神に感謝いたしましたよ」


 そんな二人の会話を聞いていた各騎士団長の六名は、歴代最強と言われた総長にここまで恨まれる男に育てられた冒険者たちなら、あの訓練内容もありだと納得してしまう。

 なんのことはない。

 彼等自身が課せられた訓練と同じことを要求されただけだ。


「ルーは今回のためにわざわざ魔物を呼び寄せるという魔法を新しく構築したんだ。集落を探さなければならなかった私と違って、効率的に討伐を経験できたと思うのだけれどね」

「悔しいですが確かにそうでしょう。ですが、魔物の集落を探す必要などなかったとおもいますがね。ところであの少女は何者です。ルチア姫と同じ武器を使い、無詠唱魔法も習得していると聞いています。姫と近侍達も型破りですが、あの四名も普通ではない」

「私の係累で数字持ちだからね。ルーはルチア姫と同郷で同門なんだよ」


 幼い頃から共に励んできた仲間。

 その幼馴染が命の危険から国を出た。

 それを聞いたルーという少女は自分も後を追った。

 国が見捨てるなら自分が傍にいて友を助けようと。

 しかしたどり着いた他大陸で、彼女は暖かく受け入れられている。

 ならば自分はここで友の幸せを見守ろう。

 そして冒険者として友の住むこの国に貢献しよう。


 例によってベナンダンティ・ネットの『ルチア姫の物語・製作委員会』の力作である。


「良い子なんだよ、ルーは。友達想いでなんにでも一生懸命で。泣き言は言っても逃げ出したりしない。素直で優しい思いやりのある、ルチア姫の親友だ。身分や境遇、依頼料などで差別はしない。必要であればどこへでも行く。それが数字持ちになった理由だと思うよ」

「そうでしたか。それにしても無詠唱魔法の使い手が八名も。かの国はすばらしい魔法の才能に溢れておりますな」


 いやいやとギルマスは総長の言葉を遮る。


「そもそもあちらは詠唱魔法が存在しないんだよ。無詠唱魔法は管理が難しくてあまり喜ばれない。逆に魔法が使えなくても普通に生きていけるから、特にそのような教育機関もないそうだ。別に魔法が使えたからと言って特別扱いされるわけではないしね」


 それとね、と彼は続ける。


「ダルヴィマール領は昔からあの国からの移民が多いんだ。だから血筋と言うか気が付いたら無詠唱魔法を使えていたという領民もいるし、私もそうだがそんな子たちはヒルデブランドで冒険者になることが多い。出身者に無詠唱魔法の使い手が多いのもそういうことだよ」

「なるほど。そんな理由があったのですか」


 そんな理由などあるわけがないけれど、ここは彼らの一人二役がバレるわけにはいかない。

 

「あの二人は髪や瞳の色が同じだから、幼い頃はおそろいの服で双子ごっこをしていたそうだよ。まあ育ちが違うからバレてしまうけど、座っていれば十分影武者が務まるよ」

「髪の色は赤だと聞いていますが」

「魔法で変えていたんだと思うよ。過去には数字持ちを取り込もうとする貴族もいたからね」


 だからこそ数字持ちのみ貴族扱いされるようになったんだけどね、とギルマスは少し額に皺を寄せて言う。


「始祖陛下の御代まで遡るのだけど、優秀な冒険者を配下において領地を守ろうとする貴族が多かった。家族を人質に取ったり、弱みを握って脅したりする者も少なくなかった。そこで始祖陛下自ら詔を出して、冒険者の地位と安全を守ることにされたわけなんだ」


 近頃の騎士養成学校では教えていないのかいという英雄の問いに、応えられる者はいなかった。


「私もマルウィン様に教わるまでは存じませんでしたからな。それに『無量大数』ともなると、伯爵位どころか一国の王ですら無理を言えない立場ですから」

「えっ ?! 」


 騎士団長と壁際に控えていた副官たちから驚きの声が上がった。


「・・・どうやら養成学校の教育計画を見直した方がいいようだね、アロイジオ君。必要な科目が消されている可能性がある」

「さようですな。ですが元々どのような教育をされていたかが解りませんと」


 英雄マルウィンはウーンと唸っていたが、机の上に何冊もの分厚い本を並べた。

 それがどこから現れたのか、若い副官たちにはわからなかった。


「これは代々の数字持ちが受けついで来た教本だよ。ルチア姫に写本魔法を使って下さるようお願いしておくから、『大崩壊』の後始末が終わったらよく検討しなさい」

「そのような貴重な物を・・・。ありがとうございます、マルウィン様。ですが冒険者にこの教本が必要なのですか」

「貴族扱いされるのであれば、貴族としての教養は必要だろう ? だから一人でも学べるようにと渡されてきた。私はルーにあげようと思っている。次の『無量大数』は間違いなくあの子だからね」


 それでは私はこの辺でと英雄が本を片付けて立ち上がった時、扉が慌ただしく叩かれ誰何も待たずに騎士が飛び込んできた。


「何事か。騒々しい」

「総長閣下、先ほど黄色い狼煙が上がりました ! 」


 伝令の口から幾つかの街の名前があげられる。

 だがそれは主だったものばかりで、その周囲には小さな村や集落も存在する。


「避難が終わっていればいいのだが」


 あきらめなければいけない命もあるのだろうと団長たちは唇を噛む。

 いよいよ始まる。

 王城が、王都が慌ただしく動き始めた。

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