第312話 バナナはおやつに入りますか

 訓練二日目。

 今日は昨日の第五騎士団に加えて本来の訓練日の第一騎士団の皆さんがいる。

 ちなみに第一の団長様はエイヴァン兄様のところに行っている。

 さすがに重役二人を私が見るのは荷が重い。

 かわりにシジル地区のギルマスが参加してくださっている。

 この方は若い頃は出自をナイショに冒険者をしていらして、こうクラスまで上がっている。

 登録はそのままで、今でもシジル地区の若者を鍛えるために討伐に出ている現役で最年長の冒険者。

 長年お庭番さんの教官役も務めているそうで、今日はサポート役としてお手伝い下さるそうだ。

 心強いことこの上ない。

 昨日の分まで頑張んなきゃと思ったら、集まった皆さん全員お馬さんを連れていましたよ。


 その場解散してしまったから気が付かなかったけど、昨日も後ろの方にお馬さんはいたんだ。

 ・・・従者つきで。

 騎乗して戦うから騎士様。

 忘れていた。

 騎士様とお馬さんは人馬一体。


「はい、従者の皆さん。お馬さんを連れてお帰り下さい。荷物だけは置いていってくださいね」


 と、その前に全員で荷物チェックをしてもらう。

 すると出るわ出るわ。

 こちらの指定したもの以外に余計なものが一杯。

 必要になるかもしれないって荷物が多くなるのは、あちら現実世界こちら夢の世界も同じだなあと思ったら、荷物持ちの従者の皆さんがついてくること前提でした。

 そりゃ自分で持たないんだったらあれもこれもってなるわ。

 文句言いたげな、でも昨日のこともあるので黙って言うことを聞かなければならない騎士様たちの目が怖い。

 怖いけど負けるわけにいかない。

 だって、兄様たちのほうがずっと怖いもん。

 後でちゃんと指導してなかったって思われたら・・・私は誠心誠意、真心こめて指導することに決めた。

 もしかして新しい魔法って必要かな ?



 訓練三日目。

 各騎士団隊舎では実践訓練の終わった騎士たちが、前日の内容と反省などを提出するために食堂に集まっていた。

 どの騎士たちも手際よく報告を書いている中で、ある一群れだけはペンを握ったまま硬直している。

 唸っているのは第一と第五騎士団のメンバー。

 どちら同じ冒険者から指導を受けていたはずだ。


「おい、どうした。報告書はもうかけたのか ? 」

「ああ、書こうとしてはいるんだが、どう書いて良いのか迷ってしまって・・・」


 来尾をかけた同僚ははてと首をひねる。 

 昨日の訓練は基本的なもので、それほど難しいことは無かったはずだ。


「初歩的な注意と簡単な実戦だけだったな。特に悩むこともなかったろう」

「・・・あれが初歩か ? 我々は何度死にかかったことか」


 第一の、もうすぐ副隊長に上がると噂の騎士は、ぐったりとテーブルについた両手に頭を預ける。

 その様子に彼らはどんな訓練をしたのだろうと、その場にいた者たちは顔を見合わせる。

 だが本当に報告書の作成にやらんでいるようで、その様子は気の毒ですらある。


「あー、うちの班はもう報告書は完成しているんだ。手伝う訳にはいかないが、

話くらいは聞くぞ。言葉にしたら要点もまとまるんじゃないか ? 」

「言葉にすれば・・・確かにそうかもしれない。すまないが少し時間をもらってもいいか」


 そして彼らは物語り始めた。



 検察側の証人・その1


 僕・・・私は今年騎士養成学校を卒業して第五騎士団に入隊しました。

 まだ正式団員になって一か月という新人です。

 と言っても六年制の五年生から騎士見習として働いていましたから、まるっきりの素人という訳ではありません。

 ですからどこかに奢る気持ちがあったのでしょう。

 実際に魔物と対峙してみて、知識に偏った己の頭の固さを思い知らされました。


「ちゃんとマントのフードは被っていますか ? 森の中を歩く時は必ず頭を守って下さいね。でないとその若さで頭頂が悲しいことになりますよ」


 赤毛の少女に言われて、持ち物にフード付きのマントと書いてあったことを思い出しました。

 私は騎士団のマントがあればいいかと思って用意していませんでした。


「生まれたばかりのスライムは親指くらいの大きさしかありません。木の上から落ちてきたのに気が付かないで、髪の毛どころか毛根まで溶かされてしまう人がたまにいるんです。それだけならいいんですけど、本当に稀なんですが森から出たときに仲間の肩から上が無くなってたって事例もあります。フードがなければせめて帽子くらい被って下さいね」


 という赤毛の少女は帽子もフードも着けていませんでした。

 

「休憩中はまわりに注意しながら立ったままで。座るとすぐに動けませんから。必ず仲間と背中合わせにして警戒を忘れないように。木に寄り掛かるのもよくありません。後ろから襲われる可能性は低くありません」


 と、木に寄り掛かって座り込んだ彼女は言いました。


「あ、私は索敵魔法を常時発動しているので突然襲われる心配はないんですよ。逆にどこに魔物がいるかわかりますから、今日は皆さん全員が討伐を経験できるようご案内しますね」


 ニッコリ笑った彼女はとってもかわいくて、年下にも見えるのに本当に高位冒険者なのかと疑いました。

 魔物と出会うまでは。


 検察側の証人・その2


 冒険者ギルド発行の『討伐の手引き』は熟読したつもりだった。

 だが赤毛の小娘はその内容は半分以上は必要ないと言う。


「皆さんは魔物を探しに行くのではなく迎え撃つ側ですから、『大崩壊』当日は身一つでいいんですよ。でも武器のお代わりは用意してくださいね。安物でいいですから二、三本」


 そう言うと小娘は右手を高く上げた。

 と、彼女の背後で何か重い物が落ちたような音がした。


「このように魔物の血や毛がつくとすぐに切れなくなってしまうんです。私は物を綺麗にする魔法が使えるのでその都度めんどうでも刃を洗っています。でも皆さんはそうはいかないでしょう ? 必ずお代わりを持ってくださいね」


 ルチア姫と同じ槍に刃を付けたような武器は、小娘がスッと手をかざすと血糊などが消える。

 そしてその後ろには三メートルはあるかという大きな赤いクマが倒れていた。

 ほんの一瞬の出来事。

 我々はその魔物が近づいてくるのに気が付かなかった。

 目の前にいたというのに。

 常時索敵魔法を発動しているとは言っていたが、まさか背後の大型魔物を目視もせずに一撃で倒すとは。

 確かに彼女は高位冒険者で間違いなかった。


 検察側の証人・その3


「いいですかー。魔物や獣に出会ったら目を合わせるなって言われてますけど、あれ、討伐では悪手ですからね。絶対やらないように」


 昼食を終える頃には、我々はこの小柄な少女の言うことには逆らってはならないと肝に銘じるようになった。

 午後からはいよいよ討伐の実践だ。


「目を見ないというのは戦闘力のない市民の皆さんがたまたま出会ってしまった時です。魔物は一番弱い人間に向かってきますから、しっかり相手の目を見て、心の中で自分はお前より強いと唱えてください。その気迫が通じれば、まあ勝てると思います。とにかく強気で。負けない気持ちが大切です。もちろん個体のどこが弱点かは周知しておいてくださいね」


 笑顔はかわいいなあ。

 笑顔だけはな。


 検察側の証人・その4


 少女は突然木の上に飛びあがった。


「今、狼王ロボに従えられた五十匹の灰色狼に囲まれようとしています。一人当たり三匹倒せばいいので楽勝ですね。では展開してください」


 そう言い終えると同時に我らのまわりに魔物の群れが現れた。

 普通の狼より一回り大きな灰色狼は、狼王ロボの指示で集団戦が狡猾になる。

 

「普通の狼と違って頭がいいですよ。闇雲に襲ってきませんから逆に楽です。危なくなったら手助けしますから、騎士団様のかっこいいところ、ばっちり見せてくださいね」



「確かにやられると言う時には不思議な魔法で魔物を退けてくれたし、ところどころで反省点や助言をもらったりしたんだが」

「その次は紫大豚、四角熊、最後はケロべロスだった。どれも集団では動かないと聞いていたのに、なぜか群れなんだ」


 一晩寝たというのに次から次へと現れる魔物の姿が忘れられないと、参加していた騎士たちが口々に言う。


「『大崩壊』はこんなものではないと言われれば立ち向かうしかないが、魔物の討伐を甘く見過ぎていたと思う。次はもっと真剣に、ああそうか、これを報告すればいいのか」


 ありがとう、なんとか報告書を書けそうだと、先程よりも少しだけ明るい顔で紙に向き合った同僚にがんばれと声をかける。

 だがその一方で自分たちが経験した討伐とあまりにかけ離れていることに不安を隠せない。

 

「私たちの時は魔物が見つからず討伐を体験できない者もいたというに・・・」


 あの程度の経験で『大崩壊』をやり過ごすことが出来るのだろうか。

 訓練はもう一回ある。

 若い騎士らは次こそ実りのある経験をと気を引きしめた。



「おい、ルー。新しい魔法を構築・・・してないよな ? 」

「え、しましたよ。魔物を集める魔法。おかげで騎士様は全員討伐を経験できました」

「それでか ! 俺たちの近くに魔物が全然いなかった。おまえのせいだな ? 」

「ルー、ごめん。明日は別の森に行ってくれる ? さすがにこのままだと騎士団の経験値が上がらないんだ」

「・・・アルまで私を辞魔者扱いする」

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