第311話 騎士と冒険者の温度差
昨日はなぜか『子供の頃食べられなかった野菜のカミングアウト宴会』になった。
まあ理由はなんでもいいから、大騒ぎして気分を変えたかったというのもある。
だが、そろそろ魔物の大群が黄色地帯に押し寄せそうだというこの頃になって、まさか身分による訓練拒否が起こると思わなかった。
「立派な偏見のない方たちだと思っていたのに、まさかあんな目で見られるとは思いませんでした」
「ルーにはショックだっただろうが、そんなもんだぞ、貴族なんて」
若い頃に冒険者を経験しているグレイス近衛団長とご子息のバルドリック様はともかく、他の方は良くも悪くも『お貴族様』らしい。
ご自分たちが平民より教育も訓練も受けていて、平民を教え導かなくてはならないという矜持があるからこその態度だという。
貴族は貴族、平民は平民。
住む世界がまるで違うというのを実感してしまった。
日本人感覚は封印しなければ。
結構きつい。
「俺は正直まさか騎士団長が全員で頭を下げに来るとは思わなかったぞ。それだけでも破格の扱いだ」
「でもエイ兄さん、あの人たちなんかまだ言い足りないことがあったみたいですよ」
お弁当のサンドイッチを包みながらアンシアちゃんが言う。
今日の彼女は第四騎士団の担当だ。
「ああ、あれは明日は宜しくお願い致しますくらい聞けると思ったんだろう。下の者から譲歩するのが当たり前だと思ってるんだ」
誰が言うか、馬鹿め。
そうエイヴァン兄様は受け取ったお昼を冒険者の袋にしまう。
「俺たち近侍が王城で受け入れられたのは、まずダルヴィマール侯爵家の後ろ盾があったからだ。後は皇帝陛下の特別扱い、グレイス公爵家の後押しがなければ今の地位はない」
もちろん母国では高位貴族の末裔だと瓦版で宣伝活動したし、その後はもう実力でガンガン成り上がっていった。
「だが侍従とは貴族の世界ではそこにいない者。無視しても構わない者だ。俺たちの扱いはイレギュラーだし、階級格差を考えれば団長たちは真っ当で温厚なほうだ。だが、第五のやつらは慣例を破った」
ディードリッヒ兄様が紙に貴族の爵位と冒険者のクラスを書いた。
「冒険者は定住者より下と見られることも多いが、それは『
『
「『
『
「さてここまでが普通の冒険者だ。俺たちは数字持ちになった。これになると一気に待遇が変わるんだが・・・」
「すみません、ディー兄さん。その話、後でいいですか。そろそろ出ないと間に合いませんけど」
戸締り用心火の用心していたアンシアちゃんが、まだ準備していないんですかと声をかけてくる。
「髪の色、変えないと出かけられませんよ」
「忘れてた。ありがとう、アンシアちゃん」
あわてて変身魔法で髪と目の色をかえる。
騎士様たちはルチア姫一行を知っている。
だからバレないように外見をちょっと変えているのだ。
目と髪を変えるだけで全然違う人に見えるらしい。
「赤毛のお姉さまも可愛らしくてすてきです」
アンシアちゃんの言う通り、私の髪はアルの薔薇色に、目は紫系のアースカラーに変えている。
アルはエイヴァン兄様の黒髪とアイスブルーに、エイヴァン兄様は暁色の髪とアンバーの目に、ディードリッヒ兄様は銀髪に緑の目だ。
見慣れた色の方が変身しやすいだろうとお互いの色を交換したのだ。
アンシアちゃんはそのままだ。
「おい、ルー。わかっていると思うがルチア姫っぽさは出すなよ。あくまで平民の貴族との付き合いなんてまだ知らない小娘でいけ」
「いつものルーでいいからな。笑顔だけは忘れるな」
兄様たちから諸注意をいただいて、私たちはそれぞれの待ち合わせ場所に散って行った。
◎
自分は子爵家の四男坊だった。
当然爵位など来るわけがなく、十六で騎士養成学校を卒業すると迷わず騎士団に入団した。
それからは順風満帆な人生を送ってきた。
剣は好きだったし、上司とも同僚とも後輩ともうまく付き合えた。
人より遅くはあったが男爵令嬢を嫁にもらい、かわいい子供が何人か出来た。
その子たちは昔の自分のように別の騎士団で鍛えてもらっている。
手のかかる部下もいないし、このまま後数十年、第五騎士団団長として過ごせるはずだった。
「全員、失格 ! 」
『大崩壊』で押し寄せる魔物たち。
それとの闘い方を学ぶためにやってきたというのに、薔薇色の髪の少女からその場で訓練中止を言い渡された。
その件について、すぐに騎士団総長に呼び出されて鉄拳制裁を受けた。
近衛以外の団長がギルドに謝罪に行ったのだが、正直なんでそこまでしなければいけないのかわからない。
相手はただの冒険者だ。
それもまだ成人してすぐの年若い娘だ。
なぜ騎士団の重鎮が頭を下げなければならない ?
その娘はとっとと帰れというように恋人とイチャイチャしていた。
その態度の悪さに自分たちは辟易してその場を去った。
ああ、あれに比べて我らが『女神』ルチア姫のなんと清涼で高貴な事か。
正直言って明日また顔を合わせなければならないのは苦痛である。
が、確かにこの実戦訓練には意味があるのだ。
心を無にしてこなすしかない。
自分は諦めの境地で装備の再確認をした。
翌日、昨日の態度への注意から始まると思ったら、いきなり乗ってきた馬を隊舎に返され、積んでいた荷物を自分で持つように指示された。
これからいく場所は馬では途中までしかいけないし、近場へは基本
そうやって訓練が始まったのだが・・・。
「おい、おっさん」
訓練が終わりやっと王都に戻ってきた時、同道していた冒険者の男が声をかけてきた。
「なにか用か」
「ああ、ちょっとばかし知っといてもらいたいことがあってな」
自分より年かさの男はパイプに火をつけてフーっと煙を吐く。
「あのな、もう数十年も数字持ちの冒険者は現れなかった。だから忘れ去られているかもしれないから教えてやる。数字持ちの位階は知ってるな ? 」
「いや、数字持ちは知っていたが中身までは・・・」
そこから説明かよ、と男は頭をボリボリかく。
「いいか、下から
「ああ、わかった」
じゃあ続けるぞと男は言う。
「さらに日頃の振る舞いなんかも調べられる。乱暴な言動はないか、困っている奴を見かけても見ないふりをしていないか、高歌放吟、下ネタなんかもダメだ。そんなのが少しでもあれば数字持ちにはなれない」
「随分と厳しいのだな」
「ああ、なんたって、数字持ちになったら伯爵様と同じ扱いになるからな」
なんだって ?
「おい、どういうことだ。平民の冒険者が伯爵位持ちと同じだと ?! そんなことがあるわけがないだろう ! 」
「それがあるんだなあ。随分と昔からそういう決まりなんだよ。だから数字持ちには貴族社会に入っても恥ずかしくない人間しかなれない。それだけすごい奴らなんだよ、二代目たちは」
ふと見れば娘が騎士団員たちら囲まれて質問を受けている。
うちの団員は熱心だ。
そして娘はそれに丁寧に答えている。
「あいつらは他の冒険者が受けない教会や孤児院、養老院なんかの掃除や修理をドンドン引き受けてるし、一人暮らしの爺さん婆さんのところの話し相手とかもやってる。だが今日も見たろう。魔物相手に一歩も引かないだけの実力と胆力もある。そんなところが評価されての数字持ちなんだよ」
「だが、昨日はあの娘、想い人とはしたない姿を見せていたではないか」
「ばーか、あれはあんたたちのための演技だよ」
引き際を見失った我らのために、帰りやすい雰囲気を作っていたのだ言われ、そう言えば唐突にベタベタし始めたのを思い出した。
「あの二人は別に付き合っちゃいないが、何かあればああやって小芝居ができるくらいの信頼関係もある。俺たちにとっちゃ憧れのパーティだ。だからこそ昨日のあんたたちの態度は許せたもんじゃない」
「・・・確かに教えを受ける者として失礼だったとは思っている」
「ばーか、ちげーよ」
男はパイプの中身をポンと地面に落とすと足でもみ消し、水筒の水でさらに消す。
「数字持ちは俺たちにとって特別な存在だ。孤児だろうが出自関係なく貴族待遇になれる。真っ当な仕事をして懸命に生きてきた冒険者の最終形態だ。それをあんたたちは虫けらのように扱おうとした。俺たちが許せないのはそこだ」
「・・・」
「お貴族様からみれば学も立ち居振る舞いも知らない野蛮人かもしれないが、それでも集落を街道を守ってきたのは俺たち冒険者だという矜持がある。栽培できない薬草の類を集めて納入しているのも俺たちだ。貴重な毛皮なんかもな。せめてその仕事だけは評価してくれ。そして数字持ちの扱いには気を付けてくれ。でないとこの大陸全ての冒険者を敵に回すことになるぞ」
パイプが冷えたのを確認した男は、それをどこやらに仕舞って立ち去ろうとする。
自分はそれを慌てて呼び止める。
「貴重な話、感謝する。自分はまだまだ物知らずだったようだ。冒険者については改めて現状認識をし、部下たちにも態度を改めるよう徹底させる。不快な思いをさせてすまなかった」
「いいってことよ。国の大事だ。これからは上手くやっていこうぜ」
力強く握手した相手は名乗るほどの者じゃないと去って行ったが、立ち居振る舞いからかなりの手練れと思われる。
自分は己の矮小さと高位冒険者の心持ちに、改めて心身ともに鍛え直さなければと決意した。
そして全ての騎士の訓練が終わり数字持ちの一行が持ち場に戻った直後、四方に黄色い煙があがった。
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