第308話 出来ないことはしないほうがいいと思う

「おい、じじいども」


 低い、だがはっきりと少女のものである声に、騎騎士団長たちはピタリと会話を止めた。

 その声の主に顔を向けると、そこには暗い瞳が待っていた。

 いつもは伏し目がちな大きな緑の目は、今は強い意志と怒りの表情で彼らを射抜く。


「いつまで過去の栄光を引きずってんだ。いい年しやがってよお」


 もしかして聞き間違いかと思ったが、続く言葉でそうではないとわかった。


「現場に出たいだと ? 二十年前ならともかく、その年で前線に出たら十分経たずにあの世逝きだぞ。てめえの体力と年くらい解っている思っていたが、その年で痴ほう症かあ ? 」


 姫はハッと吐き捨てるように言う。

 ここにいるのは誰だ ?

 その場の誰もが思う。

 先ほどまでの凛々しくも少女らしく未来を語っていた令嬢はどこに行った ?


「武功を焦るとか、新人のガキかよ。実戦経験の無い団長なんて言われてくやしかったか、ああ ? 」


 少女はゆらりと立ち上がると、団長たちの肩ほトントンと叩いて回る。

 その小さな体からは、今まで出会ったどんな者も敵わないほどの『圧』が放たれている。


「そんなもん、建国以来の騎士団長はみんな味わってんだよ。建国千年、自分たちだけ抜け駆けしようなんて、ちんけな根性だよなあ」


 全員の肩を叩き終えた令嬢は、円卓をバンッと叩いた。


「一番大事なのはなんだよ。それすらわからないくらい老いぼれたか ? 」


 自分たちよりも何十も若い娘の言葉に、その場に集まった全員がビクッと体を震わせた。


「てめえらは土台なんだよ、この帝国を守る ! 土台が揺らいだらあっという間に国が崩れるんだ ! その自覚はあるのかよ ! 土台は土台らしく、どっしりと構えておけばいいんだよ。わかったか」


 守れる祖国があるうちは幸せだと、守り切り、立て直してこその勝利。

 少女はそう告げる。 


「祖国の為に戦いたいという想いは痛いほどわかる。自分が動けないことを不甲斐ないと思っていることもな、だが実行するのは若者で、自分で判断できない奴らには明確な指示が必要なんだよ。そして、それを出すのは頭のてめえらだ」


 令嬢は大きく深呼吸すると、カッと目を見開いて大音声を上げる。


「その胸の中で燻ってるものに、ふいごの風をお見舞いしろ ! 」


 自分たちが訓示する時よりもはるかに大きな声。

 窓ガラスを、空気を震わせるほどの響き。

 言葉り一つ一つに込められた気迫。

 母国を追われ、命を狙われ、視線をくぐり抜けてきた者の鮮烈な想い。

 この国に根差し、この国を守るのだという決意。

 団長たちは己の中で何かが目を覚ますのを感じた。


「燃え上がったそれを、末端の騎士、兵士にまで託せ ! 」


 一人、また一人と立ち上がる。

 その声に応えようと。


「祖国を愛しているかぁぁっ ! 」

「おおぉぉぉっ ! 」


「王都を守りたいかぁぁっ ! 」

「おぉぉぉぉっ ! 」


「罰ゲームは怖くないかぁぁっ ! 」

「おぉぉぉぉっ ! 」


「我らの闘い、伝説にするぞっ ! 」

「おおぉぉぉっ ! 」


 侯爵令嬢は満足そうにフッと笑うと、近侍達を従えて部屋を後にした。

 と、扉が閉まりきる前に、廊下から侍女たちの悲鳴が響いた。


「姫、ルチア姫、どうされました ?! 」

「お気をたしかに ! 誰か、御典医を早う ! 」


 団長たちが慌てて入口に集まると、そこにはグッタリと倒れたルチア姫がいた。


「どうされたのだ。一体何があった ! 」

「突然倒れられたのです。皆様はどうぞお気になさらず。我らがついておりますので」


 お気遣いは無用。

 そう言われては手の出しようがない。

 団長たちは春風の君と呼ばれる近侍に抱きかかえられた姫を見送るしかなかった。



 王城を後にした。

 疲れた。

 本当に疲れたる

 感情を爆発させるって、どうしてこんなに疲れるんだろう。

 一生分を使いきった気がする。

 だって、今までこんな演技したことないもん。

 さっきのアレは『ルチア姫の物語・製作委員会』の皆さんが、兄様たち用に作ったセリフ集の中にあったものをアレンジしたもの。

 それにネット小説とかのセリフを加えてみた。

 どうしたら煮え切らない人たちに現状を自覚してもらえるか。

 拡声魔法で大声に聞こえるようにしたし、かなり強い『威圧』も使ったしね。

 きっと皆さんわかってくれたと信じたい。

 それにしてもさすが各騎士団の団長様たち。

 気絶しなかったよ。


「ルー、部屋に入るまで頑張って。その後だったら気絶していいから」


 ええ、気絶したいのは私のほうです。

 私は今、馬車の中でアルに膝枕してもらっている。

 会議室を一歩出たら、何か重い物がのしかかってきたように動けなくなった。

 去年の呪いを受けた時と似ているけれど、今回のこれは私自身の問題だと思う。


「がんばったね、ルー。あんなこと言わなければいけないなんて、辛かったよね」

「お姉さまにあんな話し方が出来るなんてビックリです。兄さんたちが黒子でついてたんですか ? 」


 いや、あれは私一人でやったのよ、アンシアちゃん。

 でもそれに返事をするのも無理なくらいきつい。

 馬車はやっくりと速度を緩める。

 ディードリッヒ兄様が扉を開けてくれる。

 アンシアちゃんが私のバックを持って先に降りる。

 アルが私をエイヴァン兄様に渡そうとするけれど、私はアルの袖を掴んで離せない。

 アルは仕方がないなという顔で私を抱え直した。

 ベッドに下ろされても、私はアルの服を離せずにいた。

 クラクラして起き上がることも出来ないのに、なぜかアルに縋る手だけは力が入る。

 というか、力を抜くことができない。

 三人がかりでアルから引き剥がされた私は、ナラさんとアンシアちゃんの手を借りて夜着に着替える。

 

「もう大丈夫だからね。誰も入れないからゆっくり休んで」

「後でご様子を見に伺いますね、お姉さま」


 夏の陽はまだ高い。

 二人は寝室の厚いカーテンを閉めると静かに出ていった。


 何だかフラフラする。

 夢の中にいるみたい。

 あれ、私は夢の世界にいるんだよね。

 ふふ、おかしいなあ。


がんばったな。


 ボーっとしている頭の中で誰かの声が響く。


ここまで無理をさせるつもりではなかったのだが。


 誰だろう。

 北でも南でもない、

 男の人でも女の人でもない、ただ『声』だけという声。


辛かったろう。

お前はいつでも全力投球。

手を抜こうとしない。

そしてこの世界は、お前には優しくはなかったようだ。


 そんなことない。

 嫌なことも辛いこともあったけど、アルがいて、兄様たちがいて、ギルマスがアンシアちゃんがいて。

 ベナンダンティの仲間がいる素敵な世界だわ。

 楽しいことのほうが一杯あったもの。

 私、ここが大好き。


そうか。

あの駄女神もたまには喜ばれることをするのだな。

だがもう一度言おう。

お前は頑張りすぎだ。

少しは手を抜くことを覚えろ。

出ないと今日の様に心が疲弊していまう。

もっと仲間を頼れ。

そして甘えろ。


 うーん、甘え方がわからないというか、十分甘やかされてる気がするんですけど。


・・・面倒くさい女という彼らの気持ちがわかるような気がするぞ。

今日はもう休め。

明日はまた、いつもの笑顔と元気で目を覚ませ。


 フッとその声が消えた。

 その日、温かい何かに包まれて、私は二年ぶりに『眠った』。


お前は幸せになる。

必ず幸せになる。


 トロトロとした闇の向こうで、そんな声が聞こえた気がした。

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