第306話 ヤンデレの『ヤン』はヤンキーではありません

「それでルチア姫のご婚約はおきまりですか」

「意中の方は ? 」

「お身近のお方はいかがですか ? 」


 お茶会会場ではありません。

 もちろん夜会でもありません。

 ここは間違いなく魔法師団の訓練場です。

 今日は先日発動させた『魔法詠唱十倍速・二十四時間戦えます』の改良版をお試しに来ました。

 実際使ってもらって、『大崩壊』の時に無理なく運用出来るようにするためです。

 が、蓋を開けたらまあ、休憩と言う名のお茶会が何度も開かれます。


「だって私たち、姫様のように魔力は多くないんですもの」

「すぐに息切れしちゃうんです」


 魔法師団、何気にお荷物団体になりそうだ。

 少しお話合いが必要かも。


「それにしてもルチア姫は結婚とか興味はないんですか。貴族のご令嬢は成人前から婚約が決まってる方も多いのに」

「・・・今はそういうお話は。王都の一大事ですから」

「いけません、そんな弱気では。良い男なんてとっとと持ってかれちゃうんですから ! 」

「姫様は次期女侯爵なんですから、大物貴族は選び放題ですよ。婚約解消してでも婿入りしてくれますよ」


 そんな横取り系の婿取りなんてお断りします。

 魔法師団のお姉さま方は肉食女子でした。


「あら、でも姫様には、ねえ ? 」

「そう言えば、ウフフ、素敵でした、あれ」

「私もついときめいちゃった」


 私は皆さん何を言っているのだろうと小首をかしげて見せる。

 わかってます。

 アルのことを言いたいんだよね。

 このところ皆さん私とアルをくっつけようと、あの手この手で私から情報を引き出そうとしている。

 そして私たちの仲を取り持とうとする。

 有難迷惑だ。


 私とアルは来年の秋に婚約して、その一年後に結婚することが決まっている。

 だから特に心配してもらうことはない。

 偽装結婚だけど。

 問題は、私がアルの想いに応えられないということだ。

 ・・・。

 アルとずっと一緒にいたい。

 でも、それだとアルが幸せになれない。

 だからあちら現実世界で希望の職業につけたら、アルとは疎遠にするつもりだ。

 お世話になってる山口家アルの家には申し訳ないが、それが一番いい選択じゃないかと思っている。

 こっち夢の世界で友達として仲良くしながら、あちら現実世界でアルが誰かと幸せになるのを見ていなくちゃいけないなんて、罰ゲームどころか拷問だし。

 いっそこっち夢の世界では西の大陸に移住するっていうのはどうだろう。

 いや、現役侯爵が国を離れるのは無理だ。

 まして夫婦別居なんて世間体が悪い。

 領地経営でヒルデブランドに引き籠るというのはいいかもしれない。

 アルには王都でお仕事してもらうことにして。

 冬の間に戻ってきてもらえば問題ないよね。

 ・・・なんで付き合ってもいないのに、別れて暮らす方法を考えてるんだろう。

 それもアルが私から離れない前提だ。

 前提というか、多分アルは私の側にいる。

 ずっといる。

 そして離れない。

 どこまでも追いかけてくる。

 そんな気がする。

 こういうのなんて言うんだっけ。

 ヤンデレ。

 そうヤンデレだ。

 でもヤンってどういう意味だっけ。

 ヤングかヤンチャか、もしかしたらヤンキーかも。


 あーあ、なにくだらないこと考えてるんだろう。

 いや、真面目に考えたら泣きたくなる。

 おバカなこと考えて忘れないと。

 アルのことは、考えたくない。

 だって、たった一つのことしか浮かばないんだもの。


「ね、ルチア様。スケルシュさんってお付き合いしてる方はいらっしゃるんですか」


 魔法師のお姉さまの一人がキラキラ目で聞いてくる。


「いえ、そのようなお話はなかったと思いますが」

「まあ、あなた。あんな恐ろしい大魔王様がいいの ? 」

「あのアイスブルーの瞳で睨みつけられたいのよ」

「私はカークスさんがいいわ。失敗しても優しく指導してもらえそうですもの」

「私もカークスさん。いつもの穏やかな表情と剣を持った時と、全然違うんですもの。かっこよくて溜息が、ああ」


 お姉さまたち、一体あなた方はこの間の訓練で何を見学していたのですか。

 今日は『大崩壊』の時の魔法の使い方を検証するために集まったんですよね。

 一体なんて会話をしてるんですか。

 そうでなくてもアルの事で暗い気持ちになりかかっているから、こんな話題を出されるとイラッとする。


「あのお、ルチア様」

「なんでしょう」


 内気そうなお姉さまがおずおずと声をかけてきた。


「あの、訓練に参加されていた白い服の方はどんな方でしょう」

「白 ? ギルマス、ヒルデブランドの冒険者ギルドのギルドマスターですわ。わたくしたちの剣の師匠です」

「まあ、剣の。でも魔法も素晴らしかった。すごい人ですね」


 その方はポッと頬を染める。

 これは、そのう、もしかして ?


「そう言えば、あなた枯れ専だったわね。父親くらい離れてる人が好きだって」

「だって、素敵なんですもの。大人の魅力っていうか、佇まいも穏やかで、でも強くて。あんなカッコいいおじ様、初めて見たわ。あ、宰相様も素敵ですけど、私としてはあと十くらい上が好みです」


 そう言えば確かに、とお姉さま方が盛り上がり始める。


「ルチア様、あの方のお名前を教えてください。お年は ? 奥様はいらっしゃるのかしら、お住まいはどちら ? 」


 お姉さま方の矢継ぎ早の質問に、別に隠す必要はないだろうとお答えする。


「お名前はマルウィン様。奥様は若い頃に亡くされたと伺っています。以前は城下町にお住まいでしたけれど、今は我が家にご滞在いただいております。お年は九十をいくつか越えておられたかと」

「「「 九十 ???!!! 」」」


 お姉さま方はポカーンと口を開けて固まってしまった。


「き、九十 ? 」

「嘘・・・なんであんなに若々しいのよ」

「師団長様が六十過ぎで、あのお顔で」

「なのにあたしの父より若く見える。どんな美容法なの」


 いや、ギルマスが若く見えるのはベナンダンティだからだし。絶対美容なんてしてないし。

 魔法師団の訓練室が大騒ぎになってしまった。

 これはもう訓練どころじゃない。

 私はアンシアちゃんに目配せして、こっそりと失礼した。

 二人とも怒りマックスの状態で。



「というわけで、魔法師団は役に立ちません」

「いや、そんな簡単に言い切らなくても」

「恋だの美容だの言っていて、まだ現状を理解出来ていません。真剣さが足りません」


 あの後作戦会議の場に赴いた私は、居並ぶ皆さんにはっきりと言った。

 魔法師団長はため息をついて頭を抱えてしまった。


「始めのうちはいいでしょう。城壁の上から魔法を使えばいい。ですが、門は必ず破られる。乱戦になった時に攻撃魔法を使われては味方を巻き込んでしまいます。魔法師団員は適当なところで引き揚げさせるべきです。さよう進言いたします」

「しかし戦う手は多い方が・・・」

「覚悟の決まっていない者が加わって、錯乱して攻撃魔法を発動しないと言い切れますか」


 検証とは名ばかりのお茶会。

 恋バナに美容方法。

 なにをのほほんとしているのか。

 この間の訓練を見て、まだ自分たちが何を求められているのかわかっていない。

 エリートの名に胡坐をかいている。

 当日になったらなんとかなると高を括っているのだ。

 私には見える。

 魔物におびえてパニックを起こす姿が。

 使えない魔法使いなんて最初からいなくていい。

 

「訓練で魔物討伐に出ないものは前線には送らず、救急隊などで働かせるべきです。今まで無駄に禄を食んでいたのです。その分は後方支援でしっかり働いてもらいましょう。出で来られても邪魔なだけです」

「ルチア姫、そこまでおっしゃらなくても ! 」


 魔法師団の副師団長がバンと机を叩いて立ち上がった。

 そんな睨みつけても私には響かない。

 

「信頼できない人とは共に戦えない」

「・・・」

「はっきり言いましょう。この戦いに役立たずはいりません ! 」

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