第299話 なんでもかんでも作ればいいってもんじゃない

「『魔法詠唱十倍速・二十四時間戦えます』です ! 」


 せっかく新魔法を披露したのに、なぜか反応がない。

 場内シーンと静まって、誰も何も言ってくれない。

 横を見るとアンシアちゃんは口をパックリ開けてるし、兄様たちはいつもの両手の平を上に向けて首を振っているし、アルはよしよしみたいに私の肩をトントンと叩く。

 おかしいな。

 私、今、画期的な魔法を構築したよね ?


「君ね、今日の訓練の意味を理解しているかな ? 」

「 ? はい、もちろんです。アンシアちゃんが戦闘中に魔法を使えればいいんですよね ? 」

「まあ、確かにそうなんだけれどね」


 ギルマスはヒョイと高さ二メートルの観覧席の縁に腰かける。


「まず、これはアンシアが魔法を戦闘中に使えるようにするための訓練であるのは理解しているね」

「はい」

「と、言うことはだ。君が傍にいないと魔法は使えないということだよ」


 え ?


「『大崩壊』の時はいいだろう。だが、アンシアだっていつか結婚して君の専属を離れるわけだし、魔法が必要になったとき、君抜きでやっていけるだけの力と技術がなければ命とりだ。そしてアンシアにはその方法を後輩たちに伝える義務がある」

「あ・・・」

「その場限りで切り抜けようなんて、安きに流れる考えは改めなさい。たとえそれがアンシアを思う気持ちから出たとしても、決して彼女の為にはならないよ」


 ・・・私、やっぱり考えが足らないや。

 ギルマスは『大崩壊』の後のことまで考えている。

 私はこの大災害を乗り切れさえすればいいって考えてる。

 最初から立ってる場所が違うんだ。

 年の差・・・いえ、経験の差 ?

 もっと、もっと、遠い先まで見据えて動かないと。


「ギルマス、わたくしが間違っていました」

「うん、君はまだ若いからね。色々な経験をして成長しよう。時間はたっぷりある」


 手を伸ばしてアンシアちゃんにかけた魔法を解く。


「ごめんなさいね、アンシアちゃん。わたくし、考えなしだったわ」

「いいんです。お嬢様があたしのことを思って作って下さった魔法ですから」


 がっつり落ち込んでいる私を励ますように、ギルマスの手がパンッと明るく鳴った。


「それじゃあ、続けようか」



「あら、あなたたち。訓練を見に行かなかったの ? 」


 許可を取って皇帝陛下の引き籠り部屋に来たルーの筆頭専属侍女のナラは、テーブルの上でゴロゴロしている北と南を発見した。


「どうせ皆がいないうちにここでこっそりお菓子を食べようとしてたんでしょう」

『よいではないか、よいではないか』

「どこでそんなセリフ覚えてきたの。残念だけど、ギルマスたちが来るまでお菓子はでないわよ」


 ナラはテーブルクロスをバサッと広げて神獣たちを床に落とす。


『なにをするっ ! 』

「邪魔。どいて」


 我らは神獣ぞ。四海の王ぞ。

 ぶつくさ言いながら部屋の隅に移動する二柱を無視して、ナラは毛の付いたテーブルクロスを交換し、机の上に資料を並べる。


「じゃあ、始めましょうか。お二人とも元日本人ということで、二重敬語つかわなくてもいいですか」

「ええ、かまわないわ。あれだと仕事が進みませんものね」


 ナラは貴婦人たちが出してきた古い資料を手に取る。


「素晴らしいですね。これをお若い頃に ? 」

「と言っても合計で六十は軽く超していたし、そもそも学生の時の活動を思い出しながらやったから、今見るとあちこち酷いわね」

「なのにこれを見て感激しているんですもの。この世界ってこれでいいのかって心配だったわ」


 結婚前の冒険者活動の一環で製作したタイムテーブルや作戦要綱。

 この後でこの国の訓練や行事の進め方が変わった。


「お二人のご婚約のきっかけになったんですよね。確かに、以前見せて頂いたそれ以前の訓練計画書しか知らない人たちには驚きだったでしょうね。では今回もこの形で各担当の動きをまとめていきましょう。もちろん前線は無理ですから、後方支援をメインということで」


 ナラはルーにお取り寄せしてもらったタイムテーブル用紙を取り出す。

 あちら現実世界では小さいながらもイベントプランニング会社の社長。

 ここからがその手腕の見せ所だ。



「アンシア、どうしたね。魔法を使いなさい」

「ひっ ! 」


 詠唱途中のアンシアちゃんに向けて、ギルマスが小さい魔法を打つ。

 彼女は間一髪で避ける。

 ギルマスは大きな魔法は使わない。

 怪我をしない程度の威力で詠唱中のアンシアちゃんをピンポイントで狙ってくる。

 避けるたびに中断しなくてはならない彼女は、攻撃をさけて別の場所で再び詠唱する。

 兄様たちにギルマスへの攻撃をまかせて、私はアンシアちゃんの防衛を引き受けている。


 式神しき用の紙を観戦武官さんの皆さんから提供していただいていると、ギルマスから注意が飛ぶ。


「紙は高価なんだよ。仕事用の紙を横取りするんじゃない。自前の物を使いなさい。持っているはずだろう」

「はいっ ! 」


 冒険者の袋の中にA4のコピー用紙を大量に『お取り寄せ』して観戦武官さんたちにお返ししていく。

 もちろんお礼を言うのを忘れない。

 その間もギルマスの攻撃は止まらない。

 その隙をぬって続いて大量『お取り寄せ』したのはお花紙。

 運動会とかで飾りに使うお花の材料だ。

 それを使って式神しきをガンガンとギルマスにぶつける。

 本当は和紙で人型に切った物を使うらしいけど、いいんだ。

 だって、これは私の魔法。

 私の思う通りにできる。

 だけど・・・。

 不思議だ。

 どうして全部ピヨコ隊なんだろう。

 ここは桑楡そうゆの方が見栄えがすると思うんだけど。

 今は検証している時間はない。

 とにかくアンシアちゃんが詠唱を終えるまでの時間を稼がなければ。

 

「魔法はどうしたね、アンシア。後四つ残っているよ。そろそろ時間切れかな」

「む、無理です ! 出来ませんっ ! 」


 涙を流しながらもギルマスの攻撃を避け、何度も詠唱を繰り返すアンシアちゃん。

 初めてヒルデブランドで会った時の自信満々の姿はもうない。

 おまえのせいだとディードリッヒ兄様に言われたことがある。

 私があまりに簡単に無詠唱魔法を使うから、アンシアちゃんは自分の魔法に自信が無くなってしまったのだと。

 確かに血の滲むような努力をして得たものを、別の誰かが軽々とやってのけたならどうなるだろう。

 悔しがる ?

 妬む ?

 陥れたくなる ?

 私の服を切り刻んだあの子たちがそうだ。

 週三のお稽古に来ていただけの私が主役になったから、自分たちが毎日続けてきたことは何だったろうって思ったんだろう。

 お稽古の先に叶う夢があるはずだったのに。

 それが全て無駄だったと、このバレエ団では日の目を見ないのだと絶望したんだろう。

 だからと言って彼女たちのしたことを肯定はしない。

 理解もしない。

 だって、同じ状況でもアンシアちゃんはそんな卑屈な態度を取らなかったもの。

 ただ、彼女は溢れる才能を使うことを止めてしまった。

 王立魔法学園のテキストを見せてもらったことがある。

 厚さ五センチくらいのが十冊。

 中は日本の教科書と違い、段落だの箇条書きだのなく、ダラダラと細かく文章が書かれているだけ。。

 アレを見た後は高校の教科書ブラボーって思った。

 見やすいように丁度いい行間やイラスト。

 注釈に例題。

 恵まれてる。

 あの武器になりそうな魔法のテキスト。

 あれを再編集して読みやすくしたら、もう少し習得が楽になるんじゃないかしら。

『大崩壊』の後に提案してみよう。

 なんて考えながらも式神しき追尾ホーミング機能をつけてギルマスの魔法を叩き落としていく。

 アンシアちゃんは訓練場の隅に立って詠唱を続けている。

 兄様たちとその時間を稼いでいるが、もうアンシアちゃんの心が折れかかっている。

 駄目だ。

 あのテキストを全部暗記して、上位魔法を発動できる才能を埋もれさせせちゃいけない。

 

「アンシアちゃん、詠唱、続けて ! 」

「お嬢様、でもっ ! 」

「あの時の、空に咲かせた赤い花 ! 走りながら出したアンシアちゃん、とてもカッコよかった ! あれをもう一度見せて ! 」



「皇后陛下、素晴らしい集中力ですね」

 

 一心不乱にタイムテーブルを清書している皇后を見て、ナラは感嘆の溜息をついた。


「うちの子もこれくらい仕事に向き合ってくれたら。パソコン使ってるから簡単なのに」

「単純作業はあきるわね。若いうちは仕方がないわ。彼女、前世では『丸ペンで点描を十時間打つ女』って呼ばれてるくらい気がそれないから」

 

 清書は皇后陛下に任せて、侯爵夫人と筆頭侍女は片づけを始める。


「今はイラストも漫画もパソコンでできますから、手描きを見ると感動しますね」

わたくしの学生時代はスクリーントーンもありませんでしたからね。クラスメートが網掛けの練習しているのをボーっと見ていると癒されたわ。懐かしいわね」


 もう少しすると訓練を終えた一行が戻ってくるはずだ。

 美味しいお菓子と軽食と。

 ゆっくりと休んでもらおう。

 約一名殺気立っているが、皇帝引きこもり部屋は今日も穏やかな空気に包まれていた。

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