第297話 超越した人の考えは凡人には理解できない

 短いお茶の時間の後、私たちは早々に魔術師団を追い出された。

 夕方戻ってきたアンシアちゃんからの報告だと、無詠唱魔法を見てショックを受けて引き籠る団員さんが続出だったそうだ。

 治癒魔法担当の人たちはアルの魔法を見ているから、そんな彼らに何をいまさら驚いているのかと呆れているという。


「生活魔法だって何か言わないと発動しないのに、あれだけの量をポンっと出して沸かしちゃうし、色々と矜持が傷ついたらしいですよ。なにしろ自分のことを選ばれし人間だって思ってますからね、あの連中」


 何をそんなに驚いたんだろう。

 ものすごい勉強をして魔法師団に入った人たちだ。

 アルだって暇を見ては『お取り寄せ』した医学書を読んで、怪我を効率的に治せるように研鑽している。

 私なんて思いつきで使っているだけで、きちんと努力を積み重ねてきた人たちの足元にも及ばない。


「まあお姉さまの魔法で自分の無力を知ったら、もっと努力すればいいんですよ。それだけの話です。お姉さまが気になさることじゃありません」


 しばらくはナントカの遠吠えが聞こえてくると思いますけどね、とアンシアちゃんは私の夜着を整えて、御寝ぎょしんあそばしませと出ていった。



 バレエ公演が終わってからの私の日常は落ち着いてはいなかった。

 ドキュメンタリーが放映された後、雑誌や新聞からの取材申し込みがあった。

 テレビのインタビュー番組やクイズ番組。

 なぜか大食い大会のゲストなんていうのも。

 面倒くさいのでアルのおうちの顧問弁護士さん紹介の芸能プロダクションと短期契約し、その手の問題を丸投げした。

 受験に失敗したら責任取れるのかと言うと大体のところは黙った。

 タレントの絶対やりたくないことは無理強いしないというところだから、弁護士さんが勧めてくれた。それ、とっても助かる。

 忙しいんだから。

 一次試験まで二か月ちょっとしかないんだし。

 優雅にポーズとって半日潰すなんて出来ないのよ。

 だからと言ってお稽古はかかせない。

 私、止まると死ぬ体質らしい。

 午前中は予備校。

 午後はアルに紹介されたスタジオで基本レッスン。

 夕方からまた予備校。

 食事のあとは部屋で勉強。

 たまに犬のアロイス部屋で長刀、いやチャンバラの練習。

 なんて充実している花の女子高生生活。



 こちら夢の世界で目を覚ましたら、屋敷の空気が慌ただしい。

 起きて確かめてみたいが、貴族は召使が起こしに来るまでベッドにいなければならない。

 昔ある国で、いつまでも起こしに来ないので部屋から出たら、召使全員が持てるだけの物を持って夜逃げしていたなんて話がある。

 よっぽど嫌われていたんだろうなあ、その貴族。

 

「お嬢様、朝でございます」


 トントンとドアが叩かれ、ナラさんとアンシアちゃん、それに今日の当番の侍女さんが現れる。


「おはようございます。本日の天気は晴れ。暑い一日になりそうでございます。本日のご予定は午前中は城壁外で祠の修復。午後は王城にて訓練となっております」

「おはよう、皆さん。今日もよろしくお願いしますね。ところでなんだか騒がしくしているようだけれど、何かあったのかしら」


 アンシアちゃんの手を借りて朝の身支度をする。

 今日は爽やかなシャーベットグリーンのドレスだ。

 お出かけ前に着替えるけれど、それでも午前のドレスを着る。

 ちなみに今日はこの後戦闘服、昼のドレス、戦闘服、昼のドレス、夜のドレスと五回のお着換えだ。

 昼のドレスは同じ物だから、合計五着。

 その度に髪型も買えるので、日本人としてはかなり面倒くさい。


「実は夜中に青い狼煙が上がっていたそうでございます」

「まあ、それでお父様は ? 」

「明け方に王城に参内されたました。お嬢様は予定通りお過ごしくださいと言付かっております」


 なるほど。

 早朝からまた会議がはじまっているわけだ。

 今日は風もないし、狼煙で随分情報が集まるんじゃないかしら。

 訓練の後でお父様にお聞きしよう。

 それではがんばって祠の修理に行きましょうか。



 午前のお仕事を終え、軽くお昼を頂いてから着替えて登城する。

 今日はギルマスとの訓練なので、一室をお借りして戦闘服にお着換えする。

 ちょっと怖い名前だけど、見た目はベトナムの衣装アオザイっぽい。

 ただし上着はひざ丈だし、ズボンもハーレムパンツくらいの細さで動きやすい形だ。

 兄様たちとフロラシーさんたち洋装店の皆さんの力作だ。

 靴は半長靴はんちょうか

 底はしっかりしているけれど、上は柔らかく特に足首周りの動きを妨げない。

 あちら現実世界のものはごっつくて、戦場を駆け回るのにはいいけれど、魔物を相手にするにはかなり重い。

 ネット小説のように体を軽くするなんて付与魔術があればいいけれど、そう言った概念はこちら夢の世界にはないらしい。

 作ってみますかと言ったら兄様たちに反対された。


「おまえなら可能だろうが、その効果を検証するには時間が足らないし、こちら夢の世界にはゲームのようなステータスなんて物はない」


 確かに『防御+20』なんて数値がわからないと、危なくて使えないだろう。

 ネット小説家の皆さんのアイデアを形にするいいチャンスだと思ったのだけど、残念。


「やあ、きたね」


 第一騎士団の訓練場。

 今日もギャラリーが一杯だ。

 去年と違うのは立見席があるのと、エルフや魔法師団の皆さんが最前列にいることだろうか。

 前回は剣だけの指導だったけど、今日は魔法もありの実戦形式の訓練だ。

 全力でギルマスとぶつかる。

 ギルマスはいつもの服装ではなく、現役時代の冒険者装束だ。

 私たちもそうだが、ギルマスは鎧だの盾だの小手だのを身に着けていない。

 真っ白なマント、真っ白なシャツとベスト。

 真っ白なズボンとブーツ。

 髪も白いので『白のマール』と呼ばれていたこともあると、王都のグランドギルマスに教えてもらったことがある。

 身を守るものを一切に身に付けない。

 その潔さもその二つ名にはあったのだと。

 まあ、私たちがなぜ同じようにしているかと言うと、


「あんな物は壊れたら修理や新規購入に随分お金がかかるだろう ? 服だけなら洗ったり縫ったりすればいい。それならお金は貯まるし、第一あんな動きを邪魔するものを着けるって、面倒だし何もメリットはないよ。ケガ ? しなければいいだけさ」


 と言うギルマスの考えをそのまま実践していたに過ぎない。

 兄様たちも身綺麗になってからは以前の装備を止めてしまっている。

 ギルマスの言う通り、なければないほうが身軽に動けるとわかったからだそうだ。

 だけどそれが普通じゃないということを、去年王都のグランドギルドに来て初めて知った。

 ごっつい装備のお兄さんたち。

 へこんだり汚れたり錆びたりとあまり状態は良くない。

 女性はちゃんと体全体を覆っているけれど、やはり皮鎧などで守っている。

 どうやら私たちはイレギュラーだったと気付いた時には遅かった。

 グランドギルマスが色々と喋りまくった結果、私たちは英雄マルウィンの後継者と認識されてしまった。

 一切の装備を身に着けない冒険者は、ギルマス以外にいなかったからだ。

 ちなみにルチア姫とその近侍たちは、ヒルデブランドにおいて英雄マルウィンの薫陶を受けていたと噂を流してもらっている。

 そして未だルチア姫と疾風のルーは別人であると思われている。

 ・・・やっぱチョロいわ、この世界。


「さて、今日は指導ではなく訓練だ。だからいつもと違う感じになるよ」


 いつも通りの穏やかな笑顔のギルマス。


「まず、何でもありだね。だから君たちは全力で来なさい。そしてアンシアは魔法を使うこと」

「待ってください、ギルマス。アンシアは詠唱魔法しか使えません」

「それが、なにか ? 」


 ディードリッヒ兄様の反論にギルマスはサラッと返す。

 アンシアちゃんは真っ青になっている。

 だって、今までの活動で彼女が魔法を使ったことはなかった。

 発動に時間が掛かるというのもあるし、詠唱時間の長い物のほうが得意だったというのもある。

 どう考えても剣で戦った方が早いのだ。


「アンシア、君は詠唱魔法の天才だ。その才能を使わない理由はないし、『大崩壊』では必ず強い戦力になる」

「でも、詠唱に時間が・・・」

「それを考えるんだ」


 ギルマスはスラリと剣を抜く。

 去年と違い、今日は真剣だ。


「どうしたら戦場で魔法を使うことが出来るのか。大きな魔法を即時発動できるのか。詠唱魔法は役立たずじゃない。最大魔法を発動することが出来る君がそんな気持ちでは、この世界の詠唱魔法使いは浮かばれないよ。どんな手を使ってもいい。今日の訓練で五回、詠唱魔法をつかうんだ。いいね ? 」

「・・・」


 アンシアちゃんはそんなこと言ったってと小さくつぶやく。

 そして俯いている彼女を抱えてディードリッヒ兄様が横に飛ぶ。

 同じタイミングで、私たちは訓練場内に散開した 

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