第296話 はじめてのおでまし

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 皇帝と言えば王城から動かない。

 何かあれば報告を受け。臣下を通じて見舞いの言葉をおくる。

 たまに見舞金を出す。

 当事者と会うことはない。

 これは他国の王侯貴族も同じこと。

 小さな領地の領主であれば災害の時に見回りをすることはある。

 要するに一番上の者は表に出ることはない。

 ベナンダンティたちの提案は、それを覆すものだった。


「跪いた者を立たせるのではなく、その目線まで自分を下げる。考えたこともなかった」

「でもそれは、あたしたちにとってもありえないお振舞いだったのよ」


 大災害の被害者を慰めるために慰問に言った皇帝は、床で頭を下げる者たちに自分も膝をつき会話をした。

「おかあさん ! 」と泣きながら抱きついた女性を、皇后は優しく抱きしめた。

 上から目線ではない真の慈愛の姿。

 テレビや新聞、動画でその姿を見ていて、他国の王族や首脳陣の振る舞いとまるで違う姿に、皇后エリカノーマは感銘を受けた。

 確か海外のネットでもこれが真の上に立つ者かと評判になったと聞く。


「苦労をかけた。まだ時間はかかるかもしれないが、この差別は必ず撤廃する」

「心を強く持って下さいね。新しい時代は必ず来ます」


 夫婦は左右に分かれて広場で声をかけていく。

 同じ住民が二度も話しかけられないよう、かれらも自主的に入れ替わる。

 メインはお年寄りと子供だ。


「どうか長生きしてくれ。今年の祭は余もぜひ見てみたい」

「クレープとやらが美味しいと、ルチアさんから聞いています。わたくしもぜひ味わってみたいものです」


 話しかける人ごとに宰相夫妻のフォローが入る。

 え、なんで自分のことをと聞かれたら、ルーから聞いていると言えばいい。

 元の情報源がアンシアならああそうかと納得してもらえる。


「こーごーへーか、おはなをどーぞ」

「まあ、あなたがルールーちゃんね ? 」


 花屋の娘が差し出した真っ白な一輪の花。

 皇后はとても嬉しそうに受け取る。


「ルチアさんのために遠くまで歩いたと聞きました。お父様とお母様から叱られましたか ? 」

「・・・おしりペンペンされた」

 

 まあ、と皇后は笑う。


「内緒で出かけたのはいけませんね。でも誰かを心配する心は大切です。これからもその気持ちを忘れないように。そして大きくなるまでは必ずお父様とお母様にたくさんお話するのですよ」

 

 親に相談する。

 そんな言葉小さい子は知らないし伝わらない。

 相手がわかる言葉で話す。

 近侍達に繰り返し指導された。

 前世が日本人の皇后には簡単なことだが、皇帝にはとてもハードルが高かった。


「ルールーちゃんは大きくなったら何になりますか」

「おはなやさん」

「そう。では立派なお花屋さんになったら、またこの薔薇を贈ってくれますか」

「うん ! 」


 大きくお返事をした幼子に、皇后は楽しみに待っていますよと頭を撫でた。



 皇帝ご夫妻のシジル地区ご訪問はあっというまに城下町に広がる。

 門番の制止を振り切って地区内に潜入した瓦版の記者は、両陛下のお言葉を役割分担して聞きとり、その日のうちに全社が集まっての企画会議が行われた。

 老人、子供、女性、職人。各社が分担してお言葉を記事にする。

 そしてなぜ陛下がシジル地区にお出ましになったのか、そもそもシジル地区はどのようにして形成されたのか。

 今までの差別の内容など、書きたいことはたくさんあるのだが資料がない。

 今さら住民は説明などしてくれないだろう。

 だが、それらがなければ表面的な記事にしかならない。

 以前はあることない子と好き勝手書いていたのだが、記事の正確さや信頼性を知ったいまでは、もうそんないい加減な記事は書けない。

 その時トントンとドアが叩かれた。

  

「どうぞ」

「失礼いたします」


 扉を開けて現れた男を見て、集まった各社の編集長はザッと立ち上がって背筋を伸ばした。


「私はダルヴィマール侯爵家に仕えておりますスケルシュと申します。以後お見知りおきを」

 

 美しい所作で礼をする黒髪の男に、全員知ってます、あなたのことは知りたくないくらいお噂は存じてあげておりますと黙って頷く。

 漏れ聞こえてくる『近衛騎士百人切り』、『人間ロウソク事件』、『第四騎士団隊舎壊滅事件』。

 どれも詳細は伝わっていないが、聞くだけで何が行われたか想像できる。

 そんな『黒衣の悪魔ブラック・デビルズ』の筆頭が何をしに来たのか。


「記者様が陛下のお出ましを取材されていたということで、我が主よりこちらを預かってまいりました。ぜひ皆様の記事に生かして頂きたいとのことでございます。お受け取り下さい」


 それではと、男は分厚い封筒を置いて出ていく。

 静かに閉じられた扉に、一同ホッと肩の力を抜いた。

 もしかして宰相家には美形と悪魔しかいないんじゃないか。

 同じ平民のはずなのに、なんで上位貴族と会ったように緊張しなければならないのだろうか。

 そう話しながら残された封筒の中身を確かめると、その内容に一同目を見張った。


「シジル地区の歴史・・・」


 まず元々どんな建物があったのか。

 なぜスラムになったのか。

 どんな差別があったのか。

 どう改善されていったのか。

 欲しかった情報が全て書き記してあった。

 そし今回参戦する英雄マルウィンのシジル地区との関わり。

 今シジル地区の住民が王都でどのような活動をしているのか。


「書ける・・・」


 皇帝ご夫妻のお言葉とともに、シジル地区の秘められた歴史を加えれば、どれほど感動的な記事になるだろう。

 王都の許可証を持つ瓦版屋。

 全社が一丸となってこれを書け。

 宰相はそう言っているのだ。

 そして時代を動かせと。

 瓦版にはその力があるのだ。

 それを今、世に示せと。

 これは持てる力を全て使って、宰相閣下のお気持ちに応えなければ。

 編集長たちは資料の精査を始めた。



「アンシアちゃん、頑張っていますか ? 」

「お嬢様、なぜこちらに ? 」


 さすがにやることが無くなった私たちは、アンシアちゃんのいる魔法師団にやってきた。

 実はここを訪ねるのは初めて。

 どんな人たちがいるのかちょっと楽しみだ。

 去年もそうだが今年もエルフの皆さんも交えて、詠唱魔法の簡略化の研究が進められている。

 アンシアちゃんがどんな立ち位置にあるかも含めて、その現状の確認だ。

 というか、私は詠唱魔法についてほとんど知らない。

 実際に見たことがあるのは、アンシアちゃんの魔法だけだ。

 あの危機を知らせる魔法の花はすてきだった。


「皆様お疲れ様でございます。差し入れに参りました。一休みなさってはいかがでしょうか」

「おお、ありがたい。そろそろ休憩にしようかと思っていたところです」


 師団長さまがそう言うと、部屋にいた皆さんは手を止めて机の上を片付ける。

 アルとアンシアちゃんが手分けしてお菓子を配り、兄様たちがお茶の用意をしていく。


「ちょっと待ってくれ。今なにをした !」

「お茶を淹れておりますが」


 エイヴァン兄様の手元を見ていた団員のお一人が大きな声を出したので、部屋中の注目が兄様に集まる。


「そうじゃない、そうじゃないんだ。お前、今どこから湯と茶葉を出した ! 」


 兄様はポットの中のお茶を丁寧に注いでいく。

 そしてその蓋を開けると先ほどの団員さんに見せる。


「出切ってしまった茶葉はこのように処理して・・・、空になったところに茶葉を足してお湯を入れます」

「・・・」


 残りのカップにお茶を淹れ終わると、兄様ニッコリ笑ってお皿をその方に渡した。


「どうぞ、お召し上がりください」

「・・・どうも」


 団員さんはキツネにつままれたような顔でそれを受け取った。

 まあ兄様がやったのは使用済みの茶葉を冒険者の袋に入れて、新しいものを出して、水の生活魔法でお湯を出すっていう簡単な作業なんだけどね。

 

「なんであんな、侍従風情が無詠唱魔法・・・」

「一瞬でお湯を生成するなんて・・・」


 部屋の中がざわざわとする。

 雰囲気があまり良ろしくない。


「師団長様、私の近侍達は何か失礼なことをいたしましたでしょうか。それでしたらお詫び申し上げますが」

「いやいや、そのようなことはなさらないでくだされ。ここにいるのは無詠唱魔法を見たことがないものばかり。初めて見る魔法に驚いているだけですよ」

「・・・そんな難しい物ではないと思いますけれど」


 首を傾げているとアンシアちゃんが後ろから説明してくれる。


「お嬢様。お湯は沸かすもので出すものではありません」

「沸かす ? 」

「まず水の生活魔法でヤカンに飲料水を出し、火の生活魔法でコンロに火をつけて沸かすんです。はっきり言って兄さんたちのは反則技です」


 えーと、まず水を出す。

 私の前に大きな水の塊が現れた。


「ル、ルチア姫・・・」


 これを火の魔法で沸かす。

 水のボールがボコボコと音を立てる。

 違う。 

 アンシアちゃんが言ってるのはこういうのじゃないよね ?


「駄目だわ、アンシアちゃん。わたくしにはとても出来ない。詠唱魔法ってなんて難しいのかしら」

「ですからその認識が間違っているって、ずっと前から言ってるじゃないですか」

わたくしには魔法の才能がないのね」


 とりあえずこのお湯をどこにやろう。


「・・・地下に浴場がありますから、そこに移しては ? 」


 アンシアちゃんの声がなんか冷たい。

 まあ、そうね。

 冒険者の袋にしまってもいいけど、団員の皆さんに使っていただけたら無駄にならないわ。

 地下の浴場の場所は・・・。


「あそこね。じゃあ、移動して」


 お湯の玉はヒュルっと帯のようになってドアの隙間から出ていった。

 私はアンシアちゃんみたいにカッコよく魔法が使えたらと溜息をついた。

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