第294話 『漆黒の稲妻』の誘惑

大変な事態になっていますが、頑張って笑顔で乗り切りましょう !


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「はい、約束のチョコレート」

『おおっ、これはっ ! 』

『これこそはあの伝説の「漆黒の稲妻」 ! 食べてみたかったのだっ ! 』


 二柱の神獣は、アルが袋から出したチョコレートに飛びつく。

 ここはアルの私室。

 時間は早朝。

 毎朝のミーティングメンバーはまだ来ていない。


『うまいっ ! ハールの言う通りやみつきになる』

『お前たちにも食わしてやりたいと言っておった。これが奴の好きだった味か』


 二柱は感慨深げにあっという間にチョコをたいらげた。


『『おかわりっ ! 』』

「だめ。一日一個だけ」

『けちくさいのう』

『心が狭いのだ、こやつは』

「一日一個を毎日と、一度に十個もらっておしまいとどっちがいいの ? 」

『うっ ! 』


 朝三暮四。

 アルは濡れ手拭で汚れた手と口を拭いてやる。

 魔法を使えば一瞬だが、こういうのは人の手でやるのがいいのだ。

 ちゃんと手を掛けないと愛情も友情も育たない。

 桃色ウサギも大熊猫も黙ってアルの手を受け入れている。


「で、隠しキャラの消去はしてくれたの ? 」

『ああ。間違いなく消した。あの男はゲームには出てこない』

「よかった。いやだよ、あれが相手なんて」


 乙女ゲーム『エリカノーマ・ネクストジェネレーション」』。

 トゥルーエンドはアル・ルートだった。

 通常ルートからの派生イベントをクリアすると、エンディング用のスチルが数枚追加され、もちろん豪華絢爛なアニメーションも別に用意されている。

 全体の攻略対象は四人だが、その章のみの対象者もいる。全員顔見知りだ。

 そしてラーレがDVにあっていることに気が付かずに、真昼間から飲んだくれていたあの王子が隠し攻略対象だった。

 アルは『漆黒の稲妻』の無限供給を餌に、聖獣たちに彼の存在をゲームから消させた。


『何度も言うがお主、心が狭いぞ』

「なんとでも言ってくれていいよ。あれだけは許せないんだ。同情はするけれど、たとえゲームの中だけとは言えルーには近寄らせたくない」


 ルーに関することなら、僕の心はいくらでも広くも狭くもなれるんだ。

 そう言い切るアルに、神獣たちはアオハルよのうとあきれ返った。


「それよりも、良いの ? あっち現実世界の時間に干渉して。確かあっち現実世界の神様ってかなり厳しいんだろ ? 」

『それは大丈夫だ。一応許可は取ってある』


 ルーたちの神は発展や進化に関わらないことについては、ルールさえ守ればある程度は目を瞑ってくれる。

 歴史の分岐点にならないこと。

 あくまで人間の手で完成させること。

 

『我らはこの世界の時間は遡れぬが、お主たちの世界なら多少は許されている。もちろん対価は要求させれているが』

『今回のこともベナンダンティが気持ちよく過ごせるようにせよと言われておったからな。その範疇ということだ』

 

 あちら現実世界の神は放任主義でありながら子煩悩である。

 選りすぐりの魂が他の世界で苦労するのは許せないらしい。

 駄女神が他の世界作りで楽しんでいる間、せっせせっせと事象に介入している。

 今回の件に関しても、ゲーム関係者に夢でこちらの人物を見せ、起きたことを断続的に夢で経験させた上でどのキャラクターを登場させるかをに選ばせた。

 ただ主要対象とトゥルーエンドだけは指定させてもらった。

 もちろん可愛いルーの為だ。


『お主なあ、娘の悩みを知っておろう。それでもまだそばにいるつもりか』

「もちろん。僕以外の誰がルーと一緒にいられるっていうのさ」

『その傲慢さを娘が知ったらどう思うかの』

「永遠に知らせないから安心して」


 やれやれと神獣たちはベッドの上でゴロンとする。


「僕はね、頭が固いんだ。命に関わらないのなら、初志貫徹だよ」

『がっつり命に関わっているではないか』

「それでも僕の気持ちは変わらないんだから、それはそれ、これはこれ。僕はずっとルーの側にいる」

『頭が固いと言うか、柔軟性にかけるぞ、お主』


 そう ? 開脚なら百八十度以上開くよ。

 神獣たちがもう一言突っ込んでやろうとしたとき、トントンと扉が叩かれた。

 朝のミーティングの時間だ。



 白い狼煙が上がった翌日の早朝。

 やり過ごしたという二度目の狼煙が確認された。

 王都の四方から上がったそれで、壊滅した都市が無かったことが確認された。

 次に上がるのは青だ。

 白と青の間には馬車で十日ほどの距離。

 魔物たちの移動速度はまちまちだ。

 先に足の速い物が来るだろう。

 疲弊したところに中型と小型の群れが来る。

 そこからは数の勝負だ。

 王都に近づくにつれ、一か所に集まる魔物の群れも増える。

 下手をすれば建物すら残らない街も出るかもしれない。

 騎士団は魔物の群れを街から逸らす作戦だ。

 青、黄色はなんとかなるだろう。

 だが、赤はどうだろう。

 そして王都は大陸中から魔物が殺到する。

 狼煙で伝えられてくる魔物の数と種類に、王都の重鎮達は不安を隠すことができない。


「王都に残った騎士団は精鋭ばかり。衛兵隊も警備隊も冒険者で言えばへい以上の者たちです。ですが、やはり数字持ちの冒険者には残って欲しかった」

「言うな、彼らは黄色地帯を拠点を持たずに討伐に当たっているのだ。東奔西走している彼らに負けてはならぬ。そして断ったにも関わらず西の大陸からの救援もある。国に戻れば安全安心であるというのに、友好国であるというだけで残ってくれたのだ。彼らを一人も欠けることなく母国に返させねば」


 皇帝の言葉に集まった者たちは暗い表情で視線を落とす。


「正直弱音を吐きたいのは余も同じである。だが、我らが気弱な姿を見せれば民はどれほど不安になるか」


 皇帝はそこで一度言葉を切る。

 そして大きく息をすると、居並ぶ重鎮たちに向けて声を上げる。


「顔を上げよ。前を向け。部下に、民に笑顔を見せよ。戦いは始まっているが、まだ魔物に対峙してもおらぬ」


 我らこそが民を守る者。

 挫ける事無く希望を与え続けよ。



「とかカッコつけて言ったがなあ。やっぱり俺だって不安なんだよ」


 万能の引き篭もり部屋。

 御所で働く者たちはここが皇帝夫妻のリラックス部屋と知っていたが、昨年から宰相一家が入り浸っていることから、重要な国政に関する話し合いがされていると思っている。

 さぞかし大切な話しなのだろう。

 宰相夫人やご令嬢、近侍たちにたまにナイスミドルがいるのは目くらましのためだ。

 残念ながら実際は皇后陛下のドレスのデザインやリフォームとか、あちら現実世界の菓子の品評会。

 宴会に宴会に宴会。

 今日は皇帝の愚痴聞き会だ。


「王都に残った民がどれほど不安になっているか。出来れば直接会って励ましたい。だが、俺はこの王城から動けない。これが正しい皇帝の在り方なんだろうか。こんなところで弱音を吐くしかないなど、まったく情けない」

「陛下は正しく皇帝陛下であらせられます、僕たちの国の代々の陛下もまた、国民の心に寄り添って下さるお方です。ですからどうぞ、この部屋の中ではお好きなだけお気持ちをお話し下さい。そこから僕たちが出来ることも見えてくるかもしれません」


 でも僕たちの今上陛下は俺なんて仰いませんけどね。

 そうアルに言われて、皇帝はわかったと苦笑いをする。


「ダメだな。やはり心が弱くなっている。許せよ」


 昨年から帝国内の各冒険者ギルドから、魔物の種類と出現並びに討伐頻度についての報告を受けている。

 そこから導き出されたのは、王都に集結する魔物の数は数千どころではなく、地平線まで見渡す限り埋め尽くされるほどになるだろうということだった。

 作戦では白、青、黄の地帯を魔物が通り過ぎ、各地帯での安全が確認されれば派遣されている騎士団と冒険者が魔物の後を追うことになっている。

 前後で挟み撃ちにするのだ。

 だがそれだと後方にいるのは低級などの弱い魔物。

 高位の魔物はまず先頭にいるだろう。

 各町村への被害は免れない。

 援軍は期待できない。

 騎士団長たちが戦力不足を心配するのは当然だ。

 だが、それでも王都を守らなければならない。

 ヒルデブランドに疎開させた皇女たちが生き残れば、ヴァルル帝国という国体は守られるだろう。

 それでも、残ってくれた者たちを守らなければならない。

 決して王都を魔物たちに蹂躙させてはならない。


「いかがでしょう、陛下」


 静かにお茶を飲んでいたギルマスが手を挙げる。


「王都民を慰問されては」

「慰問 ? 」

「はい。あちら現実世界の皇族の方々がよくお出ましになるのですよ」


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こんな世の中ですので、我が家の一台しかないパソコンが取り合いになっています。

更新がおくれますことをお許しください。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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