第293話 乙女ゲームと運命の迷走
乙女ゲーム『エリカノーマ』
家庭用ゲーム機用のソフト。
皇太子妃候補に選ばれた庶民出身のエリカノーマが妃殿下を目指してライバルの侯爵令嬢シルヴィアンナとがんばる物語。
各教科担当の教師との授業を通して、最もよい成績を残したどちらかが皇太子の婚約者となる。
少女たちの絶大なる支持を得、ノベライズ、アニメ化、コミカライズ、シリーズ化を続け、30年近く続く人気シリーズとなっている。
◎
「女神がゲームを知ったのは二十年前 ? おかしいね。私はここでもう八十年近くも過ごしている。そして始祖陛下は千年前のお方だ。年数がおかしい」
この世界は二十年前に作られた。
それはいい。
ではこの時間軸のいい加減さはなんなのだろう。
『神にとっては時間軸の変更など朝飯前だぞ。あの駄女神、と今は呼ぶそうだな。ゴールをゲーム終了時に設定して、後はあちことにそれらしい国や街を作っておしまいだ。千年、二千年も過ぎて、時間になればゲームがはじまり、終わると女神の元に知らせがくる』
『そして楽しんだ後は元の力だけに戻すのだ。我らはそんな世界をたくさん見てきた』
神獣たちはフンッと忌々しそうに言う。
「ゲームのダブルヒロインたちはよかった。死んだ後で魂をさらっただけだからな。だが、もう一人。ファンディスクのヒロインを選ぶとき、あのバカはおかしなことを考えた。異世界転生にはトラック事故が必要だと』
男たちはルーがトラックの暴走に巻き込まれて覚醒したのを思い出した。
ただし転んで頭を打ったせいというある意味自業自得であったが。
『駄女神は事もあろうにわざとトラック事故を起こした。前代未聞、自宅の中でひかれて死ぬというな』
暴走した軽トラは縁側を乗り越えて、居間でゲームをしていた少女を潰して殺した。
『寿命の尽きた者の魂を連れて行くならともかく、死ぬはずの無い者を死なせ、いるはずのない犯罪者を作った。結果として犯人の家族は一家心中し、娘の家族は先祖伝来の土地を追われた。お前の娘が殺されなければこんな騒ぎにはならなかったと罵られてな』
『お主らの神の怒りはすさまじかった。あれは自ら手を貸さず、自然な進化と発展を観察するのが好きなのでな。以来せっせと駄女神の世界を吸収し続けているということだ』
そこでお主らベナンダンティの出番よ、と北は続ける。
神は少しの資格、羊膜を身に着けて生まれた者を自動的に送り込むことにした。
その数は多くても少なくてもいけない。
そして一番大切なのは道理を弁えた善良な魂であること。
突然作られて自分の存在理由も喜怒哀楽もわからぬ住民が、ベナンダンティの影響で少しずつ人間として成長していく。
そうやってただゲームのためだけに作られた生物が、一人一人個性を持った存在になっていく。
そして女神の思惑から微妙に外れたところでゲームが始まった。
『この世界の時間で数千年。お主らの影響でただお妃教育をするだけの話が少しずつ変わった。あのコミック版を読んだろう。似たような事はあってもまるで同じではない。妃たちは前世の記憶を持ち、この国の文化の向上に貢献した。攻略対象は早々と奴隷に売り飛ばされて行方不明』
『ゲームに出てこないはずの皇太子が現れる。駄女神が数にいれなかった別ストーリーのイベントが起きる。今のこの世界はバカの望んだ通りではない』
話しすぎて疲れたと神獣は茶を強請る。
皇帝と宰相は先ほどから聞かされる真実に打ちのめされかけている。
「つまり俺たちは、女神を楽しませるためだけに生まれてきたのか ? 」
『いや。そう生まれてくるはずだったというのが正しい』
顔色の悪い皇帝の握りしめた手を、大熊猫がピタピタと叩く。
『皇帝も宰相も攻略対象ではなかった。宰相などチラリとも姿を見せん。お妃選定の結果が出るまで伴侶とは出会わないはずだった。だが実際はどうだ。二人とも最初から最後まで一緒だった。今この世界は駄女神のものではない。ここで生きて死んでいった者たちが作り上げた、紛れもないお主らの世界だ』
お主らは決してゲームのキャラクターではない。
生きてきたこれまでを信じろ。
大熊猫の言葉に皇帝はそうかと頷いた。
『さて、皇太子妃が決まり、これでこの世界も終わりだと覚悟した。たが、あのバカは来ない。何をしているのかと探しに行けば、また新しいゲームの世界作りに没頭しておったわ』
『こちらのことに気が付かないのなら、我らはまだゲームが終わっていないと勘違いさせれば良い。そこで「エリカノーマ・ネクストジェネレーション」を思いついた』
「待ってくれ。それは何年前だい ? 」
『こちらでいうと去年の秋だな』
構想六年の新作ゲーム『エリカノーマ・ネクストジェネレーション』。
それが考えられたのが一年前 ?
『言っただろう、神に時間は関係ないと。我らとてこの世界の神の一部。時間を遡るくらい大したことではない。夢を使ってイマジネーションとやらにガンガン干渉しておいた。まあ、お主らの容姿を伝えるのは難しかったがな』
『新たに候補になった絵描き共が、やたら胸を強調したがるは露出の多い服を着せたがるは。アレらを外して元の絵描きに戻すのに骨が折れた
◎
乙女ゲームの新作『エリカノーマ・ネクストジェネレーション』。
エリカノーマは皇太子妃になり、今や皇后として二児の母となった。
シルヴィアンナも宰相の妻となり、その娘であるルチア姫は領都の館で成人まで静かに暮らしている。
元気一杯のルチア姫は館の中の暮らしに飽き足らず、冒険者『
彼女を支えるのは三人の麗しい近侍達。
彼女の冒険が今、始まる。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「どうりでイラストがやけに似ていると思った」
オリジナルから数十年。
新しい絵描き候補は男性向けのものばかり。
今の流行りはそうかもしれないが、女性が見たいのは巨乳でもミニスカでもなく、麗しく妄想を掻き立てられそうな男性キャラなのだ。
経費節減のための新人イラストレーターの起用は早々に諦め、無難に元のイラストレーターに依頼されることになった。
「巨乳のルー・・・」
「見たいような、見たくないような」
「ん ? 見たいのか ? ホレ、こんなふうだ」
机の上にヒラヒラと数枚の紙が舞う。
描かれているのは銀髪の女冒険者と言うコンセプトだけはあっているイラスト。
ミニスカとか、レオタードとか、ビキニアーマーとか。
「・・・陛下。禁書庫行きでお願いいたします」
「いや、これはこのまま焼却処分でいいんじゃないか ? 」
権力者と父親の判断で、これらはエイヴァンの手でその場で灰になった。
『そんなわけで、このゲームがクリアされるまでは駄女神が来ることはないだろう。一日二日では全ルートクリアは難しいはずだ』
「ルートとはなんだ」
『今回は恋愛関係がメインだから、誰を恋人にするかで多数のエンディングがある。そのすべてをクリアする者が現れない限り、あのバカに連絡が行くことはないはずだ』
全五章の物語。
全編を通じての攻略対象は四名。
その章のみの対象も数人いる。
全員の攻略は至難の業だ。
「それで、メインの攻略対象って誰なのかな」
不安そうな表情を隠せずアルが聞く。
なにしろヒロインはルーなのだ。
ゲームの中だけとは言え、誰と恋人になるかくらいは知っておきたい。
「僕の知っている人かな」
『何を言ってる。お主ら全員だ』
「は ? 」
『だから、お主ら近侍と英雄の四人だ』
目が点になるとはこういうことなのか。
皇帝と宰相は口を開けたまま凍り付いたベナンダンティの姿に、同じような風景を先ほどみたなあと眺める。
四人の男たちは数秒、いやたっぷり三十秒ほど硬直した。
「はっ ! 」
最初に覚醒したのはギルマスだった。
「いやいやいやいやいや、私はないだろう。こんな老人が相手ではルーがかわいそうだ」
「ルーはかわいい。かわいいが妹だ。何が嬉しくてそんな関係にならなきゃいけないんだ」
「やばい。フローが知ったら絶対おもしろがる」
年長組が混乱しているうちに、いち早く頭の冷えたアルは桃色ウサギを捕まえて笑顔で睨みつける。
「ねえ、トゥルーエンドは誰かな」
『トゥ、何のことだ』
「ごまかさなくてもいいんだよ、北」
あのパンフレットを見てから、アルなりに乙女ゲームについて調べた。
攻略対象と同じ数だけあるエンディングだが、恋人にならない友情エンドの他にこれこそ真のエンディングというのがある。
スチルもアニメーションも他のルートとは違う。
その分難易度が高いので、行きつくには廃人になる覚悟がいるという。
「それと隠し攻略対象もいるんだろ。
「そ、そんなものは・・・」
「教えてくれたら、君たちが名前で呼んでもらえるよう、ルーに頼んでもいいんだよ ? 」
僕のお願いなら大抵聞いてくれるんだ。
チョコレートもつけるよ。
アルのそんな甘い誘惑に、神獣は逆らえなかった。
◎
そのころ医療奉仕の間では綺麗なコーラスが流れていた。
「ホータイまきまき、ホータイまきまき」
「子供によく歌ってあげたわね」
「なつかしいわ」
「なんだかこの歌を歌っているとお仕事がはかどりますわね」
『大崩壊』を目前に控えて、王都は緊張に包まれていた。
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