第289話 祭りは続くよ もう少し

「グルグルグルグルまわらない ! 回るだけなら傘でもできます ! 緩急つけて物語りなさい ! トリプルは四回まで ! 足、九十度から下げない ! 」


 今日のお母様はいつものエンパイアドレスではなく、ストレッチパンツとバレエシューズ。

 髪はスカーフでグッと包んでいる。

 つまり、百合子先生と同じ姿。

 私もアルも逆らえる気がしない。

 ちなみに足を見せるのははしたないというこの世界なので、レオタードの上にスカートをはいている。

 三幕では練習用のチュチュだ。

 アルは普通にお稽古着。

 けれどこちら夢の世界にはピッタリと体についた服がないので、侍女さんたちにはとても刺激的なようで、時折黄色い悲鳴が上がっている。


「あー、うるさい ! あなたたち、仕事しなさい ! 」

「えー、そんなあ。あ、カーテン閉めないて ! もっと見たいです ! 」

 

 ブーブーと文句が上がる中、お母様に命じられてナラさんが廊下側のカーテンを引いてしまう。


「それで、あちら現実世界ではどんな感じになってるの ? 」

「一幕のバジルの頭をブッ叩くのと、二幕のドルシネア姫はそのまま残すことになりそうです。お母様のアドバイスの三幕までは出し惜しみっていうのも採用です」

「時代背景とかはどうするの ? 」


 うーん、原作者であるセルバンテスの時代ってスペインが衰退していくとっかかりで、ジプシー、今はロマ族って言うんだけど、そんなこんなで結構暗い感じたなんだよね。

 でも、そんなくらーい『ドンキ』なんて見たい人がいるわけない。

 だから、先人が提唱した『ドン・キホーテ』イコール『寅さんシリーズ』でいっちゃう。

 とにかく明るくて、楽しくて、ホロっと来るようなのがいいと思うの。


「一幕がワイワイと終わるから、二幕の初めはこう、私たち愛し合ってるわよねっていうだけじゃなくて、駆け落ちはしたけれど、親のことも捨てられないって言う、キトリの戸惑いのようなものが出せれば嬉しいです」

「そうねえ。短い時間でどれだけ出せるか、ね」


 時間はない。

 明日の夜には本番だ。

 狂乱の宴だった夜の部の評価を取り戻さないと。 


「そういえばギルマスさんが言ってたけど、明日の最終公演、ドキュメンタリーの放映後にテレビでやるそうよ。良かったわね」

「夜の部のデータが飛んだっていうのは聞いてます。テレビ放映があるっていうのは知りませんでした」

「無理矢理ねじ込んだって聞いてるわよ」


 テレビの編成なんてずっと前に決まってるのに、どうやったんだろう。


「策士ね、あの方」

「お母様 ? 」

「夜の部を見た新聞はあまりいい評価はしないでしょうね。その辺が出きったところでのテレビ。なんだ、マスコミ評と違うじゃないかってことになるわけ」

「そうなんですか」

「ネットの評判とも差があるってことで、随分と叩かれるんじゃないかしら。ついでの明日の公演、それなりの識者や専門雑誌の記者も招待してるらしいし。失敗したらギルマスさんの顔を潰すことになるわ。責任重大よ」


 あれ ?

 前売りは完売だって聞いてる。

 最終公演はバレエ団のトップのペアだし。


「ああ、なんでもあの劇場と年間で席を確保する契約をしているんですって。企業の接待用らしいけれど、わたくしのいたバレエ団の定期公演、かならずあそこを使っていますからね。今は知らないけれど、当時でも数百万かかったと思う。その権利を使いまくったのね」


 当日券と立見席を入れたら、随分な観客数になる。

 そうお母様に言われて、少し不安になる。

 それが踊りに出たのだろう。

 パンパンと手を叩いてお母様がストップさせる。


「良い ? 早いところでは明日の朝の文化欄に評が載るわ。それを見た人たちはどんな酷い踊りかとある種の期待をしてくる。だからまず登場シーンで印象付けるの。この子はどんなキトリを見せてくれるか、一気に期待させるのよ。そしてバジルとの掛け合いで物語に引きずり込む。そこまでできれば後は楽ちん。お客の望む新人キトリを踊りなさい」

 

お客の望む新人キトリってなんだろう。


「まず若さと勢い。多少舞台慣れしていなくても技術が未熟でも、この子はこれから伸びる。主役を張れるだけの魅力がある。そう言った期待と予感、そして応援したくなるようなキャラね」

「えーっと、具体的にはどういった」

「昼の部くらいがいいわね。相手の坊やが上手い具合にあなたの動きを押えてた。好き勝手できなかったでしょ ? 一幕二幕はあれでいきましょう。あとバジルのことが大好きだっていうのも前面にだしてね。バレエ漬けの子はそう言った恋心を表現するのが難しいのだけれど、あなたなら大丈夫」


 バジル、つまりアルが好きってことだよね。


「そう 、いつも通りのルチアちゃんで良いって事よ」

「あの、お方様。僕はどうすれば」

「カジマヤーもいつも通りで良いわよ。の二人で十分。高校生が色気出しまくりするより、わかりやすい恋心の方がうけるでしょう」


 確かに、結婚まで考えている恋人同士を演じ切るのは難しいかもしれない。

 でも、アルが大好きで、ずっと、一緒にいたいって気持ちは表現出来ると思う。

 よし、大丈夫。

 生きてきた年数は短くても、私には二つの世界で生きているって経験がある。

 ちゃんとキトリになってみせる。



【岸真理子記念バレエ団】ここは岸真理子記念バレエ団のファンが集うスレです【集まれ】

団員さんの情報から、押しに団員さん自慢まで、みんな集まれ!


・団員さんを貶めるような発言は禁止です。

・常識をもって書き込みましょう。


***************************************


160:

 さて、今朝の新聞評読んだ人。


161:

 はーい。

 ボロクソ書いてたね。

 

162:  

 文化欄って土曜の夕刊とか日曜の朝刊だよね。

 なんでわざわざこの日に枠とったかな。


163:

 誰よりも早く発信したかった ?


164:

 もしくは叩きたかった。


165:

 情報操作。


166:

 それな。


167:

 やっぱりそう思う ?


168:

 まだ公演終わってないのに、なんで最終日にぶつけてくるかな。

 あそこっていつも公演終了してからじゃなきゃ書かなかったじゃない。

 全公演を総合的に見てって。


169:

 やっぱり陰謀を感じるな。

 

170:

 でもさすがにテクニックについては書いてない。

 いや、書けなかったっていうのが正しい ?


171:

 あれを技術や演技不足なんて書いたら、見に行った人から叩かれるでしょう。

 だからアンバランスっていうのをしつこいくらい繰り返してる。


172:

 あの記事は他のスレで問題視されてる。

 あまりに一方的だって。

 

173:

 批判するための記事だもの。

 それを証拠に他のはまだ評論出てないよ。

 不自然すぎるよね。

 あからさますぎる。


174:

 新聞記事だけ見て叩くアホも現れてるしね。

 次回公演で取り戻すしかないかな。


175:

 夜の部の出演者変わった !


176:

 当日券三枚入手 ! 二名募集 !


177:

 立見席五枚 ! 四名カモーン !


178:

 ちょっと、何があったの ? 


179:

 祭りか ? 祭りが始まったのか ?


180:

 夜のキトリとバジルに変更有り。

 チケット売り場が争奪戦になった。

 すでに売り切れ。

 俺は当日券四枚取れた。

 三名、誰か来てくれ。


181:

 キトリがルーちゃんでバジルがアル君。

 私も立見席取れた。

 二枚だけど。


182:

 ホント ?!

 行くっ、行くよっ !


183:

 マジか ?! 俺も行く、立ち見でいいから譲ってくれ !


183:

 仕切らせてくれ。開場三十分前に会場の外。『三人のミューズ像』前に集合。

 厳選なるじゃんけんで勝ち抜け順に当日券ゲット。外れた連中は近くのコーヒーショップで待機しながらオフ会の予約。

 どうだ ?


184:

 乗った ! 


185:

 同意。


186:

 今月苦しい。食べ飲み放題の税抜き五千円以内でよろしく。

 

187:

 チェーン居酒屋でよかったら近くで知ってる。

 参加希望者は意思表示して。


188:

 ルーちゃん見れる。嬉しい !


189:

 俺、目印に今回のパンフレット持ってく。

 合言葉は『ルー、アル』で !


190:

 祭りじゃ、祭りじゃ ! ルーアル祭りじゃ !  

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