第288話 それはあまりにさらりと話されるので

 もぐもぐハムハムと口を動かす北と南。

 男たちは五人分の茶菓子が消えうせる前に、とっとと自分たちの分を確保する。

 それを聖獣たちは恨めしそうに見る。


『少しは残しておいてくれても良いものを』

「これはおしゃべりしながら少しずつ摘まむもので、バクバクと食うもんじゃない。会話を楽しめ、会話を」


 皇帝陛下がメッと大熊猫を叱る。

 このあいだの醜態を聞いて、もう敬語を使うのを止めることにした。

 食べ過ぎで腹を壊すなど、幼い皇子とどう違うのだ。

 

『会話と言っても、我らが説明するだけであるが』

『聞くだけのお主らは腹も減らぬだろうに』


 ブツクサと文句を言いながら手についた食べかすを残さず舐めとる。


『さてと、この世界のなりたちとベナンダンティの存在についてだったか』

『おもしろい話はないぞ。お主らの神話伝承のほうがよほどに満ちている』


 神が世界を作った。

 そして途中でどこかへ行った。


『と、言うことだ』

「ちょっとまて、省略しすぎじゃないか ? 」

「もっと、こう、ひねった話はないのかい ? 」


 そう言われても、と北と南は話は終わったと菓子をせがむ。

 だが、ここで終わらせられても困る。


『ひねるも何も、事実その通りだから仕方がない。神はこの世界を作って種族や生物を適当に配置したら、それ以上は興味を失ってどこかへ行ってしまった』

『今頃また適当に新しい世界を作っては放置しを繰り返しているのだろうな』


 神とはみんなそのような者。

 きっぱり言い切る二人にそんな馬鹿なと説明を求める。


「まず聞きたい。神とは本当にいるのか ? 」

『いるに決まっている。もし神がいないのなら、我らはどうして存在しているのか』


 神は死んだとか、神はいないとか、あちら現実世界は無神論者の多い世界だ。

 神には冠婚葬祭に正月や受験シーズンくらいにしか頼らない。

 だからこう面と向かって神はいると言われてもピンとこない。


『そもそもお主らの世界の神が普通ではないのだ。気が長いというか手間暇かけすぎだ』

『星々をつくり、それの上にたった一つの命の欠片を置き、時間をかけて色々な種族へと進化させる。そしてその星の繁栄を温かく見守る。そのような神などいないぞ。大抵は子供の人形遊びのように作ったらそれっきりだ』


 お主らの神に感謝するのだなと菓子皿に手を伸ばすが、それはエイヴァンの手でサッと取り上げられる。


「もう少し詳しく話してもらおうか」

『・・・ここは放り出された世界。いびつで未完成の世界。我らは神が立ち去る前に作られた。そしてこの中途半端な世界をなんとかせよと押し付けられた』

『だが、我らとて当時は生まれたばかり。右も左もわからぬ中、手を差し出してくれたのがお主らの世界の神だ』


 わざわざ彼らのために用意された子供用の茶器が空になる。

 ディートリッヒはそこに少し薄めの茶を注いでやる。


『ここはお主らの世界と違い、進化して出来上がったものではない。まず設定ありきのゲームのように始まった。だからどのように生きて行けば良いのか判断すらできない生き物で溢れていた』

『そこであちらの神は自分の世界の人間を貸そうと言ってくれた。このままではせっかく生まれた世界があっと言う間に崩壊する。見捨てることは出来ないと。自分の作った世界ではないのにな』


 聖獣たちは続ける。


『異世界転生、異世界転移は知っておろう。そちらでは定番だ』

「ああ、聞いたことはある。だが、それは小説の中だけの話だろう」

『いや、結構頻繁に行われておるぞ。あれはな、結局のところ拉致、誘拐よ。上手く言いくるめて自分の世界の成長に使う。間に入るのはその世界の神だ。お主らの神ではない』

『あの神は自分の世界を愛している。愛し子をわざわざ他の世界に放り込むようなマネはせぬよ。だから度々攫って行く神々には仕返しをしているぞ』


 我は濃いめの茶が好きなのだがという大熊猫に、エイヴァンはその体では胃に負担がかかるとミルクを足してやる。


『まあ、そうして現れたのがお主らベナンダンティよ。こちらに来るのは魂だけ。決して傷つかず死ぬこともない。人々に混じって暮らしているうちに、こちらの生物にどう生きればいいか、どう笑えばいいか、どう楽しめばいいのかを自然に教えていった。今ではほれ、ハールの末のようにまともな生物が増えている。ドワーフもエルフも獣人も、お主らのような存在がこの世界を育ててくれた。どれほど有難く思っていることか』


 南北は感慨深そうに茶を口に運ぶ。

 若者は重い話に頭が一杯だったが、ギルマスはひとつ気にかかることを尋ねた。


「私たちの神がベナンダンティという形でこの世界の育成に手を貸したのは分かった。だけど、その対価はなんだい。ただ好意だけで私たちをこの世界に送り込んだわけではないのだろう ? 実際に人材をさらっていく他の神々を嫌っているようだし」

『その通り』


 ウサギの耳がプルっと震える。


『対価として我ら北と南は体を、東と西は命を差し出した。我らは不死ではあるが体は持たん。あれらは体はあれど千年ごとに生まれ変わらねばならん。以前の記憶は無くした状態でな』

『そして決められた期間にこの世界を完成できなければ、世界の全てを差し出す約束になっている。』


 この世界が消える。


「それは、俺たちが死ぬということか」

『違う。消えるのだ。何も残らずただの力になる』


 皇帝の質問にウサギは素っ気なく答える。

 期日がくれば、一瞬にして何もかも消える。

 残された力はあの神の世界のために使われるだろうと。


『これがお主らの神の復讐。大切に育てた子供たちを攫われた、な。適当に作って放置した世界。その世界の、つまり神々の力を自分のものにする。そうやってどんどん力をそいでいるのだ。いつか奴らは気が付く。作ったはずの世界がないことに。世界こそが神々の力の源。それが無くなれば、わかるだろう ? 』

『まあ、我らを見捨てた神の末路などどうでもよいがな』


 だから後はどうしたらこの世界が全きものになるか。


『あと少しなのだ。もう少しで手が届く。だが、決め手に欠ける。どのような条件であればこの世界が完成となるか。我らの神は何も告げずにいなくなかった。我らに許されたのは四方よもの王を選ぶことのみ。それ以外に何をすれば良いのか』

『我らはお主らの神同様、任されたこの世界を愛している。もし間に合わずに消えてなくなっても、あの神ならばこの世界の力を大切につかってくれるだろう。だが、やはり残って欲しいのだ』


 部屋の中にはパリポリと菓子をかじる音だけが響く。

 

「・・・どうにも、難しい話になったな。俺たちの世界が消える ? 」

「『大崩壊』などこれに比べたら些末な問題に思えてきましたよ、陛下』


 困惑する皇帝と宰相。

 同じように戸惑っているベナンダンティたち。


「この世界が無くなるということは、俺たちもまたベナンダンティではなくなるということですね」

「そうだね。そして最初からなかったことになるこの世界のことは、きっと忘れてしまうのだろうね」

「それはちょっと・・・。ギルマス、兄さん、こんなことは他の仲間には言えませんよ」


 特にルーたち年少組には。

 

『そうだな、それがいい。特に娘は四方よもの王となったことで、なんらかの貢献ができないかと思っている。これを知れば責任を感じるはずだ。もちろんそのようなものは必要ないのだが。我らの友というだけで十分なのだ』

「だが、神からは四方よもの王を選ぶことを指示されているんだろう ? 関係がないはずがないだろう」


 ディートリッヒはいつの間にかウサギにとられた自分の菓子皿を取り返す。

 人間が呆然としているうちに、聖獣二人は全員の茶菓子を集めて頬張っていた。


『仕方なかろう。今までも心を通わせた者たちがいた。だが、そこから先には進まないのだ。ハールならばと思ったが、やはり駄目だった。あれは精力的に動いたが、この世界の完成には至らなかった』

『約束の期日は近づいている。我らの望みはあの娘のみ。かと言ってすべきこともわからぬことに巻き込んで良いとは思えん』


 お主ら同様、我らもあの娘がかわいいのでな。

 そう言うと北と南はササッと持てるだけの茶菓子を抱える。


『では、娘の稽古を応援してくるとしよう』 

『この世界のこと、娘らにはくれぐれも秘密にな』


 現れた時と同じようキラキラと煌めきながら北と南が消えた。

 

「変だな、ディー」

「なんですか、兄さん」


 食い散らかされた菓子皿を片付けながら、エイヴァンは弟を情けない顔で見やる。


「壮大な話を聞かされたというのに、俺は世界の行く末よりもあいつらの腹具合の方が気にかかるのだが・・・」

「兄さん、直視したくない気持ちは俺にも十分わかります。今は放置でいいんじゃありませんか。どうせ出来ることもありませんし」


 問題の先送り。

 とりあえず『大崩壊』にだけ意識を集中しよう。

 男たちは気を取り直して新たな茶菓子の準備をした。 

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