第278話 バレエ板っていうのもあるんです
三月十五日にWOWOWで『ドン・キホーテ』全幕放映されます。
主役のキトリは日本人バレリーナです。
視聴可能の方、最初の方だけでもご覧ください。
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ゲネプロ。
正確にはドイツ語でゲネラルプローベ。
テレビとかでいう総リハーサル、ドレス・リハーサル。
要するに本番同様に行われる練習のこと。
昨日は本役さんの公開ゲネプロだった。
本番のオーケストラとの調整なんかもあるけれど、予めマスコミの人たちを入れて宣伝してもらうという意味もある。
それと二階席とかに正規料金より安いチケットで、お客さんを入れるところもある。
うちのバレエ団では、当日来られないご家族なんかがよく利用するそうだ。
だけど今回は少し様子が違う。
二階席はびっしりだし、一階席の後方と立ち見の人までいる。
「よく見ておきなさい。あの人たちの何割かは当日も来るわ」
舞台袖でアルと二人で見学しているところに百合子先生がやってきた。
「あの人たちはバレエファン。お気に入りのダンサーの舞台を追っかけたりする人。プリンシパルだけじゃなくて、新人や入団前の研修生を追いかける人もいるわ。その子たちが立派に育っていく様を見たいの。大体の人たちは暖かく見守ってくれるけど、中には狂信的なファンもいる。気を付けるに越したことがないわ。母もそういう人に殺されたの」
「ネットでは年明けから新人公演に誰が抜擢されるかって噂になっていたわ。お気に入りの子を押しのけて主役になったあなたのことを、よく思っていない人もいる」
「でもキャスティングしたの百合子先生ですよね ? 」
先生はフンッと鼻で笑う。
そして私の話は無視ですか。
「あなたのすべきことは、そういう人たちを黙らせること。技術でも演技でも、悔しいけれど認めざるを得ないと納得させなさい」
「無理です」
「無理でもやりなさい。ケチをつけたくて仕方がない連中を黙らせるのよ。あなたなら出来る。そしてこのバレエ団が完全な実力主義で、身贔屓などしない公平で公正な団だと証明するのよ」
・・・なぜ私の知ってる大人って、こういう無茶振りするんだろう。
元々プロを目指している子ならドンと来いなんでしょうけれど、私は春でバレエをやめるんだよね。
そして小さい頃からなりたかった職業につくの。
まあ、それをテレビの撮影クルーの前では絶対言わないようにとは言われてるけど。
そして今、この瞬間もカメラは回っている。
先生、放送時に映えるよう狙って言ってるでしょ。
もう一つ、なんでアルがいるんだろう。
部外者なのにおかしい。
開演五分前のベルがなる。
先生は秘策があるのよ、と客席の監督席に行ってしまった。
◎
「それで、明日は私のゲネプロなんですよ。困るんです。こっちでのこと忘れちゃうって、お母様からの指導もなかったことになるんでしょう ? 」
「僕だって困りますよ。色々予定があるんです。予備校とか文化祭の準備とか。同居してるんだから、ルーのこと忘れるとまずいんですけど」
『ふうむ、なるほど、なるほど』
なるほどじゃないですよ、北のお方
プロになるつもりはないけれど、任されたことはしっかりとやり通さなくちゃ。
中途半端なことはしたくないんですよ。
『それについては心配ない。眠っているのはこちらの世界の身体だけだ』
『あちらでは普通に過ごせる。眠ればここに来るだけだ』
え、でも前はそうじゃなかったよね ?
『小童どもに力が足らなかったな。まだ四百年ほどしか生きておらんのでな』
・・・四百年でも子供なんだ。
じゃあ何年生きたら大人になるんだろう。
『我らの力を甘くみるなよ ? こちらでは眠ったままだが、あちらでは普通にくらせる。もちろん記憶はそのままだ』
◎
【岸真理子記念バレエ団】ここは岸真理子記念バレエ団のファンが集うスレです【集まれ】
団員さんの情報から、押しに団員さん自慢まで、みんな集まれ!
・団員さんを貶めるような発言は禁止です。
・常識をもって書き込みましょう
:::::::::::::::
29:
公開ゲネプロ行ってきました。
30:
報告よろ !
31:
相原キトリは安定の強さ。
なんたって
安心して見てられる。
32:
久保田バジルはちょっと王子様過ぎる。
もっとラテン系な感じが欲しいかな。
33:
あの人お行儀いい役ばっかりだから、そろそろ守備範囲増やしたほうがいいんじゃない ?
34:
プリンシパルな皆さんはともかく、佐藤キトリはどうだったか教えて。
35:
そうそう。あの子って冬にイギリスで踊ってた子なんでしょう ? どうだった ?
36:
私も知りたいです。動画だと技術はしっかりしてるって印象。
37:
シルエットがよくわからないよね。あれ、こっそり撮影してるから手ブレ半端ない。
38:
佐藤キトリ見れなかった。
39:
えー、ゲネプロやらないの ?
40:
本人ナーバスになってるから、非公開だって。
当日を楽しみにして下さいって言われたよ。
41:
高三だっけ ? 舞台経験ってイギリスのあれだけだよね。
42:
去年のコンクールで初めて人前で踊ったって聞いた。それまでは舞台に立ったことないって、そんなことは聞いてる。
43:
あれだよね。留学辞退したから物凄い批判が集まった。
44:
副賞選ぶのは人それぞれだから。それにその枠は別の子に譲ったでしょう。
45:
そうなんだ。そういう話しは伝わってこないから。
で、それ見た人いる ?
46:
動画であがってない。あのコンクール禁止だから。
47:
確固たる技術と圧倒的な表現力、だったっけ?
48:
体幹がヤバイくらいに凄かったのは覚えてる。
表現力ってところは、なんていうか私を見なさいよ、私の前にひれ伏しなさいってビンビン伝わってきた。
49:
あれ友達も出たから見に行きました。あの子の後に踊った子たち、可愛そうでした。あの踊りの後だとぼんやりした印象しか残らなくて。
50:
そっかあ。じゃあ舞台でフラフラとかは見なくてすむね。
51:
でも正直言うと少し納得いかないかな。今年こそ五十嵐さん来ると思ってたから。
52:
私は中西さん押しだったから気持ちわかる。
53:
ぽっと出って印象は否めない。
54:
そこは超新星現るってことで。
55:
そうそう。本人も不安になってるだろうから、みんなで温かく見守りましょう。
56:
あ、私、昼と夜、両方とも席取れました。
57:
私は夜だけです。
仕事あるから昼は無理。
58:
見に行く人たち、最速で報告よろしく !
◎
「山」
「川」
夏休みに入ってから、朝食だけは一緒に取れるようになった。
その後はアルは予備校、私は公演準備で別行動だ。
今朝は昨日
北と南の言う通り、そのあたりは無事だったようだ。
「アル、なんで来てるの。予備校、大丈夫なの ? 」
「今日は休みの日。雑用を手伝って欲しいって頼まれたんだ。バイト代でるし。それに、ルーの踊り、見たいから」
少し顔を赤くしてアルが言う。
今日は私のゲネプロだ。
「一番。プリエ、ドゥミプリエ、グランプリエ」
基本レッスンが始まる。
なぜかアルも参加している。
先生がお母様なのもあるかもしれない。
足が長いし、侍従教育のせいか動きがエレガントだ。
お姉さまたちがチラチラと見ているのが気に食わない。
うん、気に食わない。
見るなら堂々と見て。
「先生、神谷君、来てません」
さあ舞台を始めようというとき、バジル役の神谷さんの欠席が告げられた。
「電車、止まったそうです。そこからだとバスを乗り継いでも二時間かかるって」
「あの路線、すぐ止まるのよね。だからバスかタクシー使いなさいって言っておいたのに」
神谷さんは夜の部でのパートナーだ。
先に昼の部の練習をするのかな。
「仕方ないわね。山口君、君、代わりに入って」
「え、でも昼の小笠原さんのを先にやっても・・・」
「後からやる予定だから、そのように調整してるのよ。体調を狂わせるのは避けたいわ。できるわね、山口君」
アルがめっちゃ嫌そうな顔をしている。
もちろん出来る。
「アル、無理しなくていいのよ。別に神谷さんの到着を待っても・・・」
「時間がもったいないわ。皆さん、位置について。始めますよ。オーケストラの皆さん、よろしくお願いします」
なんか問答無用でゲネプロが始まった。
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