第279話 ゲネプロの果てに

【岸真理子記念バレエ団】ここは岸真理子記念バレエ団のファンが集うスレです【集まれ】

団員さんの情報から、押しに団員さん自慢まで、みんな集まれ!


・団員さんを貶めるような発言は禁止です。

・常識をもって書き込みましょう


:::::::::::::::


88:

 刮目せよ !


89:

 何 ?


90:

 明日、世界が変わる。


91:

 何言ってるんですか。


92:

 世界は日の出を待っている。


93:

 だから意味がわからない、


94:

 スレ違いの話題は禁止。


95:

 ごめん。つい興奮しちゃって。

 未公開ゲネ見てきた。


96:

 未公開って佐藤キトリ ?


97:

 報告。速やかに報告。


98:

 よくぞ戻った、我が勇者よ。


99:

 バイトの照明メンテで潜入に成功。

 ばっちり見てきたけど、その感想は上記の通り。


100:

 上の意味不明の書き込みが全て ?


101:

 ふざけてるんですか ?


102:

 真剣だって。

 どう表現していいかわからないんだ。

 実際に見た人の協力がないと伝えられない。


103:

 それってすごく上手かったのか、ドヘタだったのかどっち ?


104:

 自分のボキャ不足が恥ずかしい。

 ごめん、川口さん。

 俺、浮気する。


105:

 うわあ、それ、言っちゃう ?


106:

 俺、夜の部は取れたんだ。

 あれをもう一度見れるなんて、妹に借金した俺、最強 !


107:

 勇者が壊れたのは理解した。

 で、佐藤キトリ以外の情報が欲しい。

 バジル役はどうだ。


108:

 神谷さんと小笠原さんだよね。

 どっちも若手のトップだけど。


109:

 はいはい。

 神谷さん押しの私が通りますよ、

 バジルの感想よろ !


110:

 あ、神谷さんいなかった。

 別の人が踊ってた。


111:

 え、誰 ?


112:

 知らない人だった。

 研修生公演でも見たことがない。

 どっかの教室の生徒かな。


113:

 それ、おかしいでしょう。

 バジルが出来るのに教室所属って。

 その年までお教室に通う男の人なんていないわよ。


114:

 もっと詳しく !


115:

 そう言われても。

 ただ、佐藤キトリと踊って遜色がないとしか。

 キャラとしては王子様系。

 電車が止まって遅れる神谷さんの代役だって言ってた。


116:

 ・・・ねえ、今日首都圏で止まった路線ないわよ。


117:

 珍しく遅延証明書とらなかった。


118:

 どういうこと?

 ずる休み ?



 ゲネプロは滞りなく終わったけど、バジル役の神谷さんは来なかった。

 もしかしてぶっつけ本番 ?

 なんてことはなくて、明日の本役さんの本番前に時間を取ってもらえるそうだ。

 ただね、代役のアルとの出来がすごく良かったらしい。

 確かにアルとだとリフトもホールドもめちゃくちゃ安定してるし、なにより信頼というか安心して任せられる。

 記録用に録画してあるのを後でくれるって。

 アルと踊るなんてもう二度とないと思うから、ものすごく嬉しい。


「そんなわけで無事にゲネプロ終わらせられました。ありがとうございます」

『言った通りだろう。何も心配するな』


 疲れた体でベッドに入ると白い世界にいた。

 当然アルも一緒だ。


「あちらではどうなっているんですか。まだ寝たままですよね」

『ああ。だが仲間たちは働いている。準備は着々と進んでいるぞ』

『どのくらいで力が体に馴染むかはわからないが、それはあきらめろ』


 ハル兄様の時は一か月ずつだっけ ?

 目が覚めたら王都が壊滅してたなんて話にはならないよね。


『どうかのう。それは奴らのがんばりしだいだ』

『こればかりは我らも予測ができん。何と言っても二人も戦力が減ったからな』


 そこはあなた方の大雑把な力のせいではないでしょうか。

 微妙な時期に絆しやがって。


『かと言って今さらどうにもできんしの』

『早く体に馴染むよう祈るしかないの』


 無責任。

 そんな言葉が喉のところまで出かかったのをグッと飲みこんだ。



「あの二人はどうしている ? まだ眠ったままか」

こちら夢の世界では、ですが」


 王城の御所にある皇帝の引きこもり部屋。

 いつものメンバーが集まっている。


あちら現実世界では普通に生活しているそうです。ルーの公演にも出られると言っていました」

「元気ならいいけれど、本番前にもう少しつめておきたかったわ」


 侯爵夫人が残念そうに扇子を揺らす。


「ちゃんとゲネプロも終えたそうです。アルが代役でバジルを踊ったとか」

「カジマヤーね。なら安心だわ。あの子もそこそこに踊れますからね」

こちら夢の世界でもずいぶん練習していましたしね」


 毎日の基礎レッスン。

 お互いの正体がバレてからは、ルーとアルは特に力を入れて指導されていた。

 キトリ役に抜擢されてからは、暇を見つけては演技やパ・ド・ドゥの練習もしていた。

 なにしろ経験が足らないのだ。

 こちら夢の世界での練習のかさ増しの結果、二人はかなりの上達を見せた。


「でもね、それだけじゃないと思うの。あの子ってあちら現実世界でもお稽古に行ってるんじゃないかしら。こちら夢の世界で練習したからって、あちら現実世界でいきなりバジルが踊れるようにはならないでしょう」

こちら夢の世界での経験があちら現実世界での肉体に影響する。そんなことは今までありませんでした。その原則が崩れてきている。全ベナンダンティに自分たちの変化を記録させているところです」


 エイヴァンがアンシアからティーカップを受け取る。


「そういえば肉体改造されたんですって ? うらやましいわね。日本人の体型が欧米人と比べて劣るのは仕方がないもの。わたくしも随分と嫌味を言われたわ」

「え、君がかい ? 」


 宰相が驚いた顔をする。

 妻は初めて会ったときから美少女だったからだ。


「民族のせいだから仕方がないのよ。胴長、短足、チビ。色々言われたわ。ガニ股、のっぺり顔、黄色い猿。国に帰れってね。黙らせるためには技術と表現力を磨くしかなかったわ。ルチアちゃんも海外に出るようになったら言われると思うわよ」

「随分と恐ろしい世界だね」

「そんな悪口や嫌がらせに負けるようではプリマはやっていけないわ。清濁併せ吞むとまでは言わないけれど、それを乗り越えて夢を踊ることができたら勝ちなのよ。あの子ならそれが出来る。カジマヤーが傍で支えれば最強のペアになれるわ」


 ルーの希望職業を知っている二人の兄は、賢くも侯爵夫人の言葉に口を挟まなかった。


「それよりも最大戦力の二人が抜けたのは大きな痛手です。特にルーの魔法がないのがきつい」

「アルの治癒魔法もですよ。いなくなってあの二人の規格外振りがはっきりわかります」

「・・・あたしが無詠唱魔法が使えれば・・・。役立たずですみません」


 アンシアが悔しそうに言う。

 

「大きな魔法を使おうと思ったら、長すぎる詠唱を唱えるしかないんです。お姉さまのように無詠唱でバンバン発動できる人はいません。崩壊が始まったら詠唱の短い小さな魔法でないと対応できません。悠長にのんびり詠唱している暇はないんです」

「それでもお前は詠唱魔法の天才だ。それは誇っていい」

「誇ろうが自慢しようが、役にたたないって事実はひっくり返せないんですよ。それはあたしが一番わかってます」


 泣きそうな顔のアンシアに掛ける言葉もない兄たちは、眠ったままの妹たちの事を考える。


「今頃なにをしてるんだろうなあ、あの二人は」

『踊っておるぞ』

「え」

 



「やっぱりリフトからのポージングがぐらつくの。小笠原さん、少しだけ重心移動が合わなくて」


 ここ白い世界は魂の世界だから、服装も思うがまま、なんじゃないかなあって思ったら、お稽古着になっていた。

 アルも一緒。


「確かに一幕のはね。でも、ルーは力技で正しい位置に持って行ったでしょう。百合子先生は解っていたみたいだよ」

「やっぱりバレてた ? 後で注意されてたもんね、小笠原さん。あとポワントでの手離し、もう少しじっくり見せたいのよ。でもいつまでも離してくれなくて。振り払っちゃだめかしら」


 小笠原さんは過保護と言うか、新人の私を全力でサポートしようとしてくれる。

 残念ながらそれが邪魔な時がたまにある。

 アルに手を取ってもらってやってみる。


「一、二、三秒だと音楽と合わない ? 」

「二秒半ってところだね、ちょうどいいのは。やっぱり早めに手を離してもらうよう頼んだら ? それとホールド、すごくやり難そうだったね」

「しっかりしすぎてるの。ほっといてくれたらもう二回くらい回れるんだけどね」


 翌日は定期公演初日。

 お手伝いの傍ら舞台袖で見学。

 お姉さまたちの美しさとお兄様方のカッコよさ。

 明後日は私があそこに立つ。

 思うに私の人生って流されっぱなしな気がする。

 気が付いたらベナンダンティになり、気が付いたら冒険者になり、気が付いたら侯爵令嬢になり、気が付いたら主役になり、気が付いたら四方よもの王になり。

 私の自主性ってどこにあったんだろう。

 せめて今回のキトリ役だけは、自分の思うように踊りたい。

 バジル役がアルだったらよかったな。


 そんなことをつらつらと考えながら目を開ける。

 誰かと手を繋いでいる。

 横を見るとアルがいた。

 じゃあこの手はアルのだ。

 繋いだ手を離して、アルの肩に顔を乗せる。

 ああ、あちらのアルは爽やか系だけど、こちらのアルは美青年だなあ。

 ぼうっと見ているとアルの目がパチリと開いた。



 ダルヴィマール侯爵家に二種類の悲鳴が響いた。


「なんだ、今の声は ! 」

「二階の客間から聞こえました ! 」


 侍従や騎士、侍女たちが確認に走る。

 問題の発生個所で彼らが見たものは・・・。 

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