第277話 新しい絆

「死んでないって、どういうこと ? 」


 私たちが見た二匹は間違いなく絶命していた。

 この手で矢を抜いたのだから間違いない。


『我らは依代がいなければ顕現できん。やっと見つけた奴らをみすみす死なせるものか』

『我らが宿っているかぎり簡単には死なん。お主らが矢を抜いた時に傷も治してある。安心しろ』

『さすが、じっちゃん』

『すごいぞ、じーじ』


 死んでない。

 生きている。


「アル・・・」

「よかった。ルー、よかったね」


 アルが私の肩をポンポンと叩く。

 私は今度は嬉しくて涙を流す。


『傷の方は治したが、魂の方はそうもいかん』

『突然矢を射かけられ、二匹の心は酷く傷ついている。癒えるまでしばらくかかる』

「魂 ? 心 ? 」

『我らが保護した。今は静かに眠っている』


 死んだように見えたのは魂が抜かれていたから。

 心の傷が癒えればすぐに戻ってくると、そう大きな光の珠たちは言う。

 一連の出来事で一杯一杯だった私も、少しだけ落ち着くことが出来た。


『さて、それでは現状を説明しよう』

『説明、説明』

『じーじの説明』

『うるさいわっ ! しばらく黙っておれ、小童どもがっ ! 」


 その辺を飛び回っていた東雲しののめ桑楡そうゆがピタッと止まる。


『少しは成長したと思ったに、相変わらずわらしのままではないか』

『だって三百年ぶりで嬉しいし』

『じーじもじっちゃんも全然会いに来てくれないし』


 ブーブーと文句を言いながら二人がはねる。


「ねえ、あれ、東雲しののめ桑楡そうゆよね ? 」

「信じられないけど、まちがいなくタマの声だ。田舎のおじいさんにあった孫みたいだね」


 小さな玉は大きいのに睨まれているようで、床に正座しているかのように並んでいる。


『まったく東雲しののめ桑楡そうゆという良き名をもらいながら、そのように浮かれた態度では立派な大人になれぬぞ』

『その名に相応しい品格と態度を身に付けねば、絆した新たな王に恥をかかせることになるぞ』


 しょぼんとしているような二人をほっておいて、北と南が私たちの前に移動してくる。


『座りなさい。長くなる』


 アルの顔を見ると、座ろうよと言うように頷く。

 私たちは真っ白な床に腰を下ろした。


『まずは我々と絆してくれたことに礼を言う。我は早池峰はやちね。北を司る者』

『そして我が名は由良ゆら。南の王。我の依代は大熊猫だ』

「あの、えっと、はじめまして。ルーです。こちらがアル。大切なお友達です」


 私たちはペコリと頭を下げる。


『ここはお主らがはざまの部屋と呼んでいる場所と似たようなところだ。体から切り離された魂の居場所となる。一度来た経験があるな ? 』

「はい、アルが魔力枯渇を起こしたときに」


 あの時は本当に心配で心配で、ここでアルに会えた時には嬉しくて抱きついて、勢い余って押し倒しちゃったんだ。


『今、お主らの身体はあのとき同様、あちらで眠った状態にある。なぜここにいるかと言えば、我らの力にお主らが耐えられなかったからだ』

『そこで魂だけをこちらに呼んで、馴染むまで休ませることにした』

「馴染むまで・・・」

『本当は時をあけてゆっくりと進めるつもりだったのだが、我らが絆するに丁度良かったのでな』


 兄様たちには指示を出してあるからと言われ、なら今頃ベッドに放り込まれているのだろうと思った。

 だけど一つ疑問がある。


「絆した私が力を馴染ませないといけないのはわかりました。でも、アルは? アルは関係ないでしょう? 」

『その男はおまけだ』


 おまけってお菓子についてきたり、買い物に行くと「めぐみちゃん、お使いえらいねえ。コロッケ一個おまけしておくよ」とかいうあれ ?


『おまけというのは例えだ。以前その男に魔力の供給をしておろう。お主に向けた力を共に受けたのよ』

『手を繋いでいたのも運がなかった。同じ魔力を持つ者として、しっかり巻き込まれてしまったのだ』


 離れていればお主だけが来たはずだと言われたけれど、北と南の力ってけっこう大雑把なのかもしれない。


『まあ絆とは勢いと弾みもある。恋した相手にいきなり告白するのと似ている』

「・・・」

『司だの王だのと名乗っているが、我らはただの守護者。東西南北を守るだけの者よ』

『ゆえに守ろうとする心に魅かれる。ハールと絆したのもあれがまっすぐに何かを守ろうとしていたからだ』


 その心に魅かれたのだと、そして私にも同じように感じたからと言われて、あの時の気持ちは守りたいというより守れなかったという後悔のほうが大きかったと反論してみる。


『それもまた守りたいという気持ちの現れ。まあどちらにしても絆することは以前から決めておったのだ。お主がこちらの世界に来てから、ベナンダンティとやらになった日からな』

『ハールからもいつか来るお主について頼まれていた。だからいつ来るかいつ来るかと待ちわびていたのだ』

『そして初日のあの鬼ごっこを見て絆しようと決めた』


 初日のって、チュートリアルの ?


『あれは傑作だった。楽しませてもらったぞ』

『その後のウサギと妹分とのチュートリアルも。我らは大笑いして見ていたぞ』


 そ、そうですか。


『その時もお主は妹分を守ろうとしていたろう。お主の根幹には誰かを守ろうという心が一番強くあるのだ。気に入るなというほうが無理だ』

『そしてただ守る心だけでなく、己の力不足も認めている。傲慢な心では誰かを守ることはできぬ』


 あの、私、そんな偉そうで立派な人間じゃないです。

 すごく恥ずかしいから持ち上げるのはそのへんにして欲しいんですけど。


『まあ、絆するとは恋に落ちるようなものだ。それほど特別な理由や条件があるわけではない』

『それを証拠に、そのチビどもが最初に絆したのはネコとモグラだったぞ』

『じっちゃん、なにばらしてるんだ ! 』

『ナイショにしてって言ってたのに ! 』


 小さい玉が跳ねる。

 恥ずかしがってるような怒っているような、そんな跳ね方だ。


『子供を産んだばかりのガルガル期の母ネコと絆するとは愚か者め』

『餌を取られまいとするモグラとは。簡単に想いに引きずられおって』


 なんだろう。

 玉なのに感情がわかる。

 怒られてショボンとしているのがわかる。


「かわいい・・・」

「うん。かわいいね、ルー」

『黙れ、ヘタレ。お主に言われたくはないわっ ! 』


 東雲しののめがポカポカとアルにぶつかる。

 私はそれをヒョイと捕まえ、浮いてる桑楡そうゆと一緒に抱きしめる。


「今までの偉そうな口ぶりもいいけど、今の二人のほうがステキだわ。そのままの話し方でいいのに」

『う、しかし、それでは威厳というものが ! 』


 先ほど色々と怒られたせいか、口調については思うところがあるらしい。

 でも、私にはあのおじいさんに久しぶりで会えて嬉しいみたいな姿の方が魅力的に見える。


「うーん、だったら私たち二人の前でだけってどうかしら」

『うん ? 』

「皆の前では今まで通り。だって確かに威厳って必要よね ? だからそちらは勉強も兼ねて、ね ? 私とアルの前なら気を抜いてもいいんじゃないかしら。ねえ、北と南もそれでいいですか ? 」


 大きな光珠はなにか相談しているようだったが、意見がまとまったのか『よかろう』と言った。

 よかった。

 これで私たち、もっと仲良くなれるよね。

 カッコ付けではなくて、本当のお友達になれる。


「あの、それでお伺いしたいのですが」


 アルが挙手して発言を求めた。


『なんだ』

「力が体に馴染むまでって、どれくらいかかるんですか ? 僕たちにも予定があるんですけれど』


 そうだ。

 前回アルがこの世界に来た時、一週間くらい目を覚まさなかった。

 そしてあちら現実世界ではこちら夢の世界の記憶を忘れていた。


『うーむ。ハールの時はどうであったか』

『たしか一か月ほど寝ていたか。つがいの娘が泣きわめいていたのう』


 一か月 ?


「一か月も眠っていたのですか ? 」

『ああ。我ら一人につき一か月。合計で二か月だな』


 ちょっと待って。

 私、これから二か月も眠っていなくちゃいけないの ?

 困る。

 困るよ、それ。


「私、明日ゲネプロで、明々後日が本番なんですけど ! 」

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