第276話 突然の別れ

 ダルヴィマール騎士団のからの連絡。

 急いで戻った屋敷のエントランスは思ってもいなかった状態だった。


「・・・モモちゃん、リンリン」


 私の大切な二人が、矢を受けて横たわっていた。


「避難していた男たちが、高揚した気持ちのままで矢をはなったと」

「酒精が入っていたと報告もあります」


 避難訓練が終わり炊き出しが始まってしばらくした時、市民の中から自分たちにも魔物退治ができないかという声が上がった。

 そのうちの何人かが自分たちなら出来ると二匹を襲った。

 まさかそんな暴挙に出るとは誰も思わず、高笑いをしている男たちと子供たちの叫びに二匹の哀れな姿に気が付いたと言う。


 モモちゃんたちは避難してきた子供たちの相手をしていた。

 知らない場所に連れて来られて、何人かの子供たちはとても不安定になっていた。

 二匹はそんな子供たちの癒しになっていた。

 モモちゃんは抱っこされたり撫でられたり。

 リンリンは子供たちを背中に乗せて歩いたり。

 たまに桑楡そうゆも加わって鬼ごっこをしたり。


「犯人の男たちは以前から酒癖の悪さで有名だったそうです。何も持たずにという指示はしていたのですが、炊き出しを宴会と勘違いしていたようで、こっそり酒を持ち込んでいました」

「それと魔物からの避難なら武器があったほうが良いだろうと家にあった弓矢を・・・」


 酔っ払いがどれだけの腕があるのか。

 だが、反れた矢の先には子供たちがいた。

 モモちゃんもリンリンも、咄嗟に子供たちをかばったのだと言う。

 そうでなければモモちゃんがやられるはずがない。

 子供たちには怪我がなかった。


「モモちゃん・・・一緒に、ずっと一緒に頑張ってきたのに。リンリン、立派に育てるって約束したのに・・・」

「お嬢様・・・」


 モモちゃんは私が初めて出会った魔物。

 あの挑戦的な目は覚えている。

 戦って、お互いの腕を認め合って。


「ご老公様とも仲良しだった」

 

 ご老公様、年末から領都を離れるのを、とてもとても残念がっていた。


「お前だけでもここに残らないか。年寄りを見捨てるのか」

『また来るのね。それまで腕を磨いて待っているのね』


 二匹はピクリとも動かない。


「どうして、何故なの ? どうして、この子たちが死ななくてはいけなかったの ? 」


 悲しくて、悲しくて、悲しくて、涙が止まらない。

 矢を、抜いてあげなくちゃ。

 こんな悲しい姿のままはいや。

 深く突き刺さった矢を力を込めて抜く。

 隣ではあるがリンリンの矢を抜いてくれた。

 なによ。

 酔っ払いの素人が、どうして今日だけこんなに良い腕をしているの。

 私の大切な友達は、射的の的なんかじゃないのに。


「お嬢様、犯人の男たちがつるし上げになっております。本番の避難の時にこちらで保護するべきではない。今のうちに王都から追い出せ、と」


 セバスチャンさんがそう告げてくる。

 私の判断を待っているのだろう。

 両親はまだ王城にいる。

 指示できるのは私だけだ。


 悔しい。

 悔しい。

 悔しい。

 仇を取りたい。

 大切な二匹に代わって、あの子たちを殺した奴らに復讐したい。

 私の中にどす黒い気持ちが沸き上がってくる。

 放り出されて魔物の餌になってしまえばいい。

 あの子たちの苦しみ痛みを、その身で味わえばいい。


「ルー」


 優しい声が耳元でささやく。


「落ち着いて、ルー」


 肩が温かくなる。

 その方に触れた手を、ギュッと握る。

 わかってる。

 恨んでも、憎んでも、あの子たちは帰ってこない。

 でも、許すなんてできない。

 この気持ちを押えることなんてできない。

 でも、今の私に求められているのは、公爵家の娘としての判断と態度だ。

 その辺の激高した女子高生じゃない。


「判断は・・・司法にお任せします」

「・・・よろしいのですが、お嬢様」


 召使たちが不満そうな声をあげる。

 そうだろう。

 そうだよね。

 でも、私は、これだけは言わなくてはいけない。


「皆に伝えて下さい」

「・・・」

「ダルヴィマール侯爵家は、その人たちも守ります」


 集まったみんなが息を飲むのが聞こえた。

 きっと私が、彼らを放り出せと言うと思ったのだろう。

 でも、私は貴族。

 だから、平民を守らなければいけない。

 彼らは正式な法律で裁かれるべきなのだ。

 私の大切なお友達を殺したからと言って、不法に処罰していい存在ではない。

 どんなに憎くても。

 どんなに辛くて悲しくても。

 そうでなければ貴族ではない。


 アルの手を握り直す。

 守りたいと思った。

 この街を。

 この国を。

 家族を。

 仲間を。

 なのに、私はこんなにも簡単に大切な仲間を失ってしまった。

 傲慢だったる

 一人で守り切れるなんて、なんて思いあがっていたんだろう。

 私は、こんなにも弱くて、何もできない、つまらない人間だ。



 突然玄関ホールが目のくらむような光に包まれた。

 それがおさまった後には、令嬢と侍従が倒れていた。


「お嬢様 ! 」

「カジマヤー ! 」


『その二人を話してはならん』

『手を繋いだままで休ませよ』


 どこからか声が響いてくる。

 西と東に似ているが、さらに重厚で力強い。


『その二人は我らの力を受けただけだ』

『人の身では馴染むのに時間がかかる。落ち着けば目を覚ます。慌てる事無く待て』


 気が付けば横たわっていたはずのウサギと大熊猫が消えている。


『我れは北の王』

『そして我は南の司。その娘は四方よもの王となった』



 気が付いたらまた白い世界にいた。

 横にはアルが立っている。


「もしかして、また魔力の枯渇をおこしちゃったのかしら」

「いや、僕たち魔法は使っていなかったよね」

『ヘタレ、逆だ。魔力が溢れかえっている』

『娘、北と南に会ったろう。やれ、めでたや』


 北と南 ?


「会った覚えないけど。それより、ねえっ、モモちゃんとリンリンがっ ! 」

『会ったことがないだと ? 』


 白いフワフワとした西と東の横に、とても輝く光の玉が現れた。


『我らに名を奉じておきながら、会った覚えがないだと ? 』

『あのような名を与えておきながら、なんということか ! 』

『あ、北のじーじだ』

『南のじっちゃん、来てたのか』


 二人の口調が急にくだける。


「ルー、もしかしてこっちの大きいのって・・・。名前をつけたって言ってるけど、本当 ? 」

「ううん、本当に覚えがないのよ。誰かと間違っているんじゃないかしら」

『間違えてはおらん。早池峰はやちね由良ゆら。間違いなくお主のつけた名だ』


 早池峰はやちね由良ゆら ?

 えっと確か五分番組で紹介していた・・・。


「山と川 ? 」

『それだ ! 』

「そういえば、何か言われてつけたような気がする」


 あの二度寝したくてウトウトしてた時だと思う。


「北と南のお方 ? 」

『うむ、やっと出会えたな』

『話すことが出来るのを心待ちにしていたぞ』


 そっか。

 私、四方よもの王になったんだ。


「ごめんなさい」

『なぜ謝る』


 ここは心だけの世界のはず。

 前の時と同様、私とアルの身体はあちらにあるんだと思う。

 なのに、涙が出る。


『なぜ泣く』

「あなたたちと会いたいってずっと思ってた。嬉しいはずなのに、悲しいの。だってモモちゃんとリンリンが・・・。喜べなくて、ごめんなさい」


 ちゃんと笑顔で挨拶がしたかった。

 会いたかった。

 会えて嬉しい 

 そうやって喜びたかった。

 でも、二人のあの姿を見てしまっては無理。

 

『何か勘違いしているようだな』

『まあ、あの状況では仕方あるまい。よいか、娘。あの二匹は死んではおらんぞ』


 今、なにかとても大切なことを聞いた気がする。 

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