第274話 想いはとどくのだろうか

 早朝。

 アルの私室は悲しみに包まれていた。


「アル、泣いてもいいんだぞ」

「ディー兄さん、あっち現実世界でさんざん泣いたので大丈夫です」


 昨日の一件については桑楡そうゆ東雲しののめから近侍たちに報告があり、それを受けての集会だ。


「わかってはいたんです。いたんですが、まさかあそこまで届かないとは思ってもいなかったんです」

「あれだけストレートに告白したというのに、まさかあんな返しがあるとはなあ」


 君が、好きです


 そう言ったアルにルーはこう答えた。


「私もアルが大好き。だって、私たちってでしょう ? 」


 一世一代の勇気を振り絞ったと言うのに、あれだけ急接近したというのに。

 彼を見る彼女の緑の瞳には、絶望に突き落とされた自分が映っていた。


「辛気臭いわね。何ですか、このお通夜みたいな雰囲気は」

「そんなことを言われても、うわっ ! 」

「お方様、なぜここへ ?! 」


 そこには召使のプライベートエリアに入れないはずの侯爵夫人がいた。


「何を驚いているの。この子たちに呼ばれたからに決まってるじゃないの」


 神獣を何気にこの子呼ばわりする侯爵夫人は、詰めて詰めてとアンシアの隣に腰を下ろす。


『やはりここは奥方の力が必要かと思ってな』


「言っておくけれど、ここにわたくしたちが入ってはいけないなんてルールはないわよ。遠慮してこないだけ。いつの間にか暗黙の了解になっているけれど、小さい頃はよく遊びにきたものよ」


 六畳ほどのアルの私室に六人と二匹。

 狭い。

 

「それで、せっかく告ったのに無視されたんですって ? 」

「あいまいな表現をするからだ。抱きしめたんならキスくらいしておけばいいのに」


 真っ赤になったアルが勘弁してくださいと頭を下げる。


「抱きしめたって、ふだんパ・ド・ドゥの練習していますからね」


 そう。

 ルーの『ドン・キホーテ』の主役が決まってから、こちら夢の世界でも

アルを相手に練習しているのだ。


「恋人同士って役だから、抱き合うしキスの真似事もするし。今さらハグされたくらいじゃときめいたりしないでしょう」

「アル、お前・・・」

「う、そうなんです、ゴメンナサイ」


 お方様の説明にガックリと肩を落とす若者たち。

 ヒヨコ姿の東雲しののめがアルの頭の上で丸くなる。


『ヘタレよ。お前なりに頑張ったのだろう。だが、落ち込むことはない』

「タマ、珍しくやさしいね」

『アレをやられたのはお主で三人目だからな』


 三人目 ?

 近侍達がギョッとする。


「ちょっと待ってよ。三人目って、お姉さまに告ったのがあと二人もいたの ? 」

「この国にそんな命知らずがいたのか。いや、なんでそれを俺たちが知らないんだ」

『西の大陸でだからな』


 正月明けから三か月。

 ルーはイギリスに短期留学していた。

 眠ればそこは西の大陸。

 東の大陸とは違う魔物相手に大暴れし、ギルマス同様有名人になって帰ってきた。


『一人は獣人族の小童。もう一人は知っておろう。去年こちらに来ておる。エルフの、何と言ったか』

「アマドール様・・・」

『そう、その男だ』


 ルーの正体を知っている彼は、何かと理由をつけての冒険者に過ぎない彼女にくっついて回った。

 エルフの国の重鎮の跡取り息子の彼がルーに構う理由。

 周りの者にはバレバレだったその想いは彼女にだけは届かなかった。

 そして獣人族の若者の想いも。


 俺はおまえが、す、す、すきだっ !

 あら、私もよ。一緒に活動できて楽しかったわ。


 別れの挨拶の時にそう返され、泣きながら走り去っていった彼を慰めたのは、同じく玉砕してしまったアマドールだったのをルーは知らない。


『ヘタレ、友達とすら言ってもらえなかった奴らと違い、お主は親友と言われているではないか。誇れ』

『あ奴らは手すら繋げずにいた。お前はその点一歩も二歩も先にいる』

「・・・全然慰めにならない励ましをありがとう」


 外からは召使たちが動き出す音がする。

 今朝のミーティングはここまでだ。



 早朝の私の寝室。

 西と東の二人がやってきた。


『娘、お主、実はヘタレの気持ちに気づいておろう ? 』

「・・・うん」


 そっか。東雲しののめたちにはバレていたんだ。


『奥方も気づいておろう。さすが年の功だ』


 アルがラーレさんを拒絶した日。

 あの後浮かれた気持ちでいたのだけれど、落ち着いてみるとなんでアルがあんな言い方をしたのかと考えた。

 考えて考えて考えた末に、多分アルは私のことを好いてくれているだろうと結論を出した。


『わかっていてあの態度。やはりあれを気にしているのか』

「そうよ。二人とも知ってるのね」


 当事者だからなと二人が返してくる。


「私にはアルを巻き込む権利はないもの」

『マルウィンも同じことを言っておったな』


 ハル兄様から私だけにあてた手紙。

 正直あれをどう受け取っていいか悩んでいる。

 私一人の問題ではないからだ。


『しかし、ここまで来たら避けえないぞ。お主自身がもう覚悟が出来ておるのだから』

「私はいいの。でも、みんなは・・・」

『理由を知れば全力で巻き込まれに来る輩ばかりだからな』


 考えれば考えるほど答えが出ない。

何が一番いい判断なのか。


『我らが勝手に絆したせいでお主を苦しめる。そんなつもりではなかった』

『知ってはいたのだが、すっかり忘れていた。許せ』


 二人が頭を下げるけど、別に謝って欲しいわけじゃない。

 絆はともかく、その後を選んだのは自分だから。

 そして私は二人との絆を切るつもりはない。

 大切な、大切な友達だから。

 

 トントンとドアが叩かれる。

 朝一番で来るのはナラさんとアンシアちゃん。

 深呼吸して笑顔を作る。

 今日も一日が始まる。



「お取次ぎいたしかねます」


 財政省総裁の家令は玄関口でキッパリと断ってきた。

 お昼前、私はエウフェミア様のお見舞いに伺った。

 もちろん朝一番で先ぶれは出しているし、エウフェミア様からは待っているというお返事をいただいている。

 なのに、この家令は私を屋敷に入れようともしない。


「一体どういうことかしら。エウフェミア様からはどうぞとお返事をいただいているのに。あのお手紙は偽物なのかしら。このお屋敷ではあんな風におびき寄せておいて来客に恥をかかせるつもりなの ? 」

「我々は敬愛するお嬢様を罵倒するような近侍を持つお方はお客人とは認めません」


 つまりアルのことが気に食わないということか。

 玄関ホールにズラッとならんだ他の召使も私たちのことを睨みつけている。


 セバスチャンさんもそうだけど、家令というのは使用人の頂点。

 新しく雇い入れるのも解雇するのも彼の仕事。

 屋敷の管理に関しては、主人の許可なく行えることもある。

 お嫁に行ったら夫の家族より家令に気に入られるようにと言われるくらいだ。

 大貴族になると、腕もあるのだが領地経営まで手掛ける凄腕家令まで存在する。

 実際セバスチャンさんは特産物の管理までしている。

 だが、この扱いは許せない。


「あなた、大切なことを忘れていますよ」

「なんでしょう」

「その大切なお嬢様の命を救ったのもわたくしの近侍だと言うこと。その件に関してはどうでもいいのかしら」


 家令はウッと言葉を詰まらせる。


「彼が治癒魔法を使わなければ、今頃エウフェミア様は儚くなられていたわけだけれど、そのほうがよかったということね ? 」

「そのようなことはっ ! 」

「つまりこういうことかしら」


 私は扇子をパチンと閉じて軽く『威圧』を放つ。


「エウフェミア様とわたくしの友情はおしまい。それも一人の家令の独断と偏見でということね。残念だわ。財政省総裁閣下にはそのようにお手紙を差し上げましょう。ああ、でもお屋敷宛に出したらあなたに揉みつぶされてしまうかもしれないわね。王城のお仕事場に直接お届けいたしましょう」

「お待ちください、ルチア姫。そのようなことをされてはっ ! 」

「何を騒いでいる。娘がまだ休んでいるのだ」


 上の方から偉そうな声が聞こえてくる。


「こんなに集まって何を・・・ルチア姫 ? 」

「ごきげんよう、閣下。お嬢様のお具合はいかがでございましょうか」


 財政省総裁は急いで階段を下りてくる。


「何故玄関の外に ? お前たち、早く応接室に案内しないか」

「いえ、よろしいのですわ。わたくし、お客ではないそうですから。屋敷の中には入れませんのよ」

「なに ? 」


 私はアンシアちゃんに持たせた包みを床に置く。


「これは故郷の秘伝の造血剤。昨年深手を負った父も服用していたものです。エウフェミア様に差し上げてください。カジマヤーの魔法でも失った血は戻せませんから」

「待ちなさい、ルチア姫」

「大変残念ではございますが、これにてお別れでございます。では、ご機嫌よう」


 膝を折って礼をすると、さっさと馬車に戻っていく。

 

「待ちなさい、待ってくれ」


 総裁閣下が追いかけてくるが、アンシアちゃんと馬車に乗り込み扉を閉めてもらう。


「まだ、なにか ? 」


 窓から閣下を見下ろしてうかがう。


「娘を、娘を救ってくれて、ありがとう。心から感謝する」

「お嬢様を救ったのはわたくしではありません。お礼をいただく理由はございません」


 そう言うと馬車のカーテンを引いた。



 侯爵令嬢は馬車にこもってしまった。

 一体あの家令は何をしたのか。

 財政省総裁は従者席に乗ろうとする青年に駆け寄る。

 親として、公爵家の家長としてこれだけは言っておかなければ。


「昨日は瀕死の娘を救ってくれてありがとう。我が家は大切な娘を失わずにすんだ」

「・・・治癒魔法の使い手として当然のことをしたまでです」


 昨日の激昂した様子は姿を潜め、青年は静かに頭を下げる。


「君の言ったように、娘には命の大切さを改めて教えるつもりだ。そしてそれを我が家の家訓とする」

「・・・」

「これから先、何があっても我が家は君の味方をすると誓おう。カジマヤー


『春風の君』と呼ばれる侍従は頭を下げると従者席についた。

 小さな馬車を見送った総裁は、侯爵令嬢に無礼な態度を取った召使いたちをどうしてやろうかと屋敷に戻っていった。 

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